「見えた!帝都だ!・・・・・・あれ?」
「おいおい!結界がないぜ」
アレクセイを追いかけて帝都ザーフィアスについてみれば、
帝都ができてからというものの、絶対に消えることのなかった結界が綺麗さっぱり消えうせていた。
「アレクセイの野郎の仕業か」
「このまま行くわよ?」
ジュディスがユーリを振り返る。
「頼む」
「エステル、どこにいるの?」
「どうやって探そう・・・・・・こんなおっきい街・・・・・・」
「ちゃん、何かわかんないの?」
「え、どうして・・・・・・?」
帝都の上空をじっと凝視していたは、レイヴンのその言葉に目を瞬いた。
「ヘラクレスでちゃん、御剣の階梯がどうのっていってたじゃない」
「ああ、そのことね・・・・・・・」
てっきり自分のエアルの乱れを読みとる力のことがレイヴンにばれていたのかと思った。
はそれが全く見当外れだったことに、ほっと安堵の息を漏らした。
まぁ、実際自分に出来るのはエアルの乱れを読みとることではなく、魔導器によるエアルの乱れを感じとることだけなのだが・・・・・・。
ともかく、アレクセイが使っている力がエステルの力だけなら自分が追うことは不可能だ。
「私が知ってるのはその存在のみよ。
残念だけど、どこにあるかは知らないの。
城にあるのは間違いないと思うのだけど・・・・・・・」
が首を振ると、
「エアルの流れを追うわ。
アレクセイがエステルと聖核を使って何かしようとしてるのなら、
必ずエアルの乱れが生じてるはず。
バウル!」
ジュディスがバウルを見上げ、ナギーグで彼に話しかけた。
バウルはそれに応えるように一声鳴くと、城の上空に向かって飛んでいく。
「見つけた・・・・・・!」
「あそこ!」
カロルが指差す先、そこには確かにアレクセイとエステルの姿があった。
「エステル!」
「アレクセイもいやがる」
はそちらを凝視して身を乗り出し、ユーリはアレクセイの姿を目にして眉を顰める。
「ジュディ、近づけてくれ!」
ユーリがそう言ってジュディスを見ると、ジュディスはすぐに頷いてバウルに合図を送った。
バウルで御剣の階梯の頂上に近づいていくと、聖核を掲げて笑みを浮かべるアレクセイと、聖核によって作られた球体の中に閉じ込められて、宙に浮かんでいるエステルが見えた。
「エステル!!」
それを見たユーリはエステルの名前を叫び、船首に向かって駆け出していく。
「ああっ!」
「エステル!!」
「てめえ、アレクセイ!」
アレクセイがにやりと笑い、聖核を操作すると、エステルの体から赤い光が迸り、彼女は苦痛に悲鳴をあげる。
それを見ていられなくて、リタはエステルから目を逸らし、ユーリは険しい目つきでアレクセイを睨んだ。
「いや!力が抑えられない!
―――怖い!!」
自分の意思に反して湧き上がる力に恐怖して、自身の体を抱くように、両腕でぎゅっと握り締めるエステル。
「弱気になるな!エステル!
今助けてやる!」
ユーリはそんな彼女を叱咤するようにそう叫ぶと、船首から駆け出して空に跳躍し、エステルに手を伸ばした。
それを見たエステルも、ユーリに向かって手を伸ばす。
互いに伸ばしあう二人の手は届いたかのように思われた。
が、アレクセイの持つ聖核が光ったかと思うと、それによって操られたエステルの力に、ユーリは寸前で弾き飛ばされる。
「うわあああああ!!」
「ユーリ!!」
宙に放り出されたユーリを助け出そうと、はユーリに手を伸ばしたが、その手は虚しく宙を切った。
それを見たエステルは、自分のしでかしてしまったことに口元を押さえ、涙を流した。
しかし、その時、
「エス・・・・・・」
というユーリの声が後方から聞こえてくる。
はっとして後ろを見やると、ユーリは辛うじて船の後方のロープを掴み、ぶら下がっていた。
はそれに安堵の息を漏らし、涙を流すエステルの顔をじっと見つめた。
「これ以上・・・・・・・誰かを傷つける前に・・・・・・。
お願い・・・・・・
殺して」
エステルはの顔を見つめ返し、最後は小さく囁くようにそう言った。
「!!」
が驚きに目を見開くと、ユーリにもその言葉が聞こえたのか、息を呑むのが分かる。
自分の手でユーリを殺しかけてしまった事がよほど堪えたのだろう、エステルはついにその決断をしてしまったようだ。
誰よりも心優しい彼女にそんな辛い決断をさせた。
それは決して許される事ではない。
がキッとアレクセイを睨むと、アレクセイは口元に深い笑みを浮かべ、聖核を高く掲げる。
「いけない!!」
それに気付いたは、耳元のイヤリングをかなぐり捨て、術の詠唱を始めた。
「ああああああ!」
エステルが苦しげに叫び、アレクセイの持った聖核が光り輝くと、バウルに向かって衝撃波が襲い掛かってくる。
それは思っていたよりも強大なもので、間に合うか、とは持てる力を振り絞った。
の体から発動された術は、次の瞬間、バウルと船全体を包み込むように覆い、光り輝く。
衝撃波はそれにぶつかると、その勢いを急速に失った。
しかし、やはりそれは相殺しきれるものではなかったようだ。
ぶつかり合った力の波動は、バウルをその場から弾き飛ばした。
閉じた瞼の奥で何か温かい光が自分に降り注がれてくる。
それはあたたかな太陽の光のようで、また、何か懐かしさを感じる光でもあった。
その光が自分の体を包み込むと、重かった体がふわりと少し軽くなる。
手や足が、確かに動く事を確認すると、ユーリは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
「ん・・・・・・生きてる・・・・・・」
目に映るのは澄み渡るような青い空。
自分達は確か、ザーフィアスにおいて、エステルの満月の子の力で攻撃されたのではなかったか。
あの衝撃は到底無事で済むものではなかったはずだ。
しかし、自分の手足は確かに動いていて、自分の目はしっかりとこの世界を映し出している。
それを不思議に思い、何度か目を瞬いたあと、
「・・・・・・・・・・・!」
ユーリははっとして起き上がる。
「っ!!ってえ・・・・・・」
「ユーリ!まだ起きちゃダメよ!!」
胸に走った鋭い痛みに、膝に手をついて息を深く吐き出すと、どこからかが走ってきてユーリの背中を支える。
「応急処置はしたんだけど、完全には治ってないのよ。
無理はしないで」
「ああ・・・・・・。
―――そう言うの方こそ大丈夫なのか?」
先程の光はやはり、が治癒術を使ってくれたのだろう。
そして、エステルの力が発動する直前、白い光が自分達を守るように包み込んだのも彼女のしわざなのだろう。
それに思い当たったユーリは、の方に顔を向けた。
「私は人より頑丈に出来てるから・・・・・・」
自身が人でない事を暗に憂いているのであろう。
目を伏せがちに、そう言うであったが、
ユーリはそれよりも目の前の光景が信じられなくて、目を大きく見開いた。
「っ!?、おまえその髪、どうしたんだ!?」
「ああ、これ?
・・・・・・ちょっと力を使いすぎちゃったみたい」
長かったの銀の髪が、何が起こったのか、肩口まで短くなっていた。
それをユーリが問うと、は軽くなってしまった頭の後ろに手を回し、ふっと視線を横に逸らした。
「どういうことだ?」
「それは・・・・・・」
「ぅ・・・・・・」
ユーリの険しい視線に射抜かれて、が続きを言いかけた時、後ろの方から、仲間の呻き声が聞こえた。
ははっとして、後ろを振り返る。
「みんな、大丈夫!?」
「私はなんとか」
「クゥー・・・・・・ン」
ふらりとジュディスとラピードが立ち上がる。
「生きてるっちゃ生きてるけど、無事かと言われると微妙よ。
何本か骨いっちゃったっぽいわ」
「ユーリ・・・・・・痛いよ・・・・・・」
「エステルのあれ・・・・・・宙の戒典と似てた・・・・・・。
多分、幾つも聖核集めて同じことやろうと・・・・・・」
「リタ、無理に喋っちゃダメよ。
あなたとカロルが一番重症なんだから」
自分を含めた最初の3人は比較的軽症のようだが、レイヴン、カロル、リタは少々重症のようだ。
特にカロルとリタは起き上がるのも辛そうにしている。
が治癒術をかけたものだと思っていたが、少々様子がおかしいようだ。
そういえば、先程彼女は、応急処置と言っていた。
自分の怪我も完全には治っていない。
の髪が短くなった事と何か関係しているのだろうか。
ユーリがそれを問うように、再びじっとの顔を見つめると、
「そう、そうね。
さすがにもう言わないわけにはいかないわね」
の長い睫毛が伏せられる。
「え、・・・・・・?」
「あんた、その髪どうしたのよ!?」
「ちゃん!?」
やはり、思うことは同じのようだ。
の短くなった髪に気付くと皆、その事を口々に問い詰める。
「・・・・・・この髪はね、力を使いすぎた代償なの。
アレクセイは勘違いしてるみたいだけど、私の力は無限ではないのよ。
魔導器は周りのエアルを強引に変換してその力を発動するけど、
私は単に、体に溜め込んで凝縮しておいたエアルを使っているだけ。
溜めていたエアルがなくなれば、力を使う事は出来ない。
だからそれ以上の力を無理に使おうとすれば、代償を失うのは当然のことよね」
「それがの場合、その髪だったってことか?」
「そういうことね」
エアルの吸収が顕著に現れるのもこの髪だし、一番影響が出やすいのだとは言う。
確かに以前、エアルクレーネにおいて、の髪が萌黄色に染まるのを何度か見た。
ユーリはその様を思い出す。
しかし、力を使い果たす事の弊害がそのようなものとは、到底知り得ることではなかった。
「もう、元には戻らないのか?」
「そんなことはないわ。
人と一緒よ。年月がたてば元の長さには戻るわ」
「でも、それは・・・・・・」
「そんなに心配しなくても、大丈夫よ、ユーリ。
私がしたくてした事なんだから。
―――ただ、ごめんなさい・・・・・・。
そんなわけだから応急処置程度にしか今は術が使えないの・・・・・・」
今も少しずつではあるが、エアルを取り込んではいる。
それを凝縮して力として使えるようになるまではまだ少し時間がかかりそうだ。
始祖の隷長とは違い、自分の意志でエアルを吸収することの出来ない自分の中途半端な力に、悔しげには歯噛みした。
「いや、それは別にいいんだが・・・・・・」
「綺麗な髪だったのにねぇ・・・・・・。
おっさん悲しくて涙が出ちゃいそうよ」
レイヴンがそう言って、眦に手を当て拭う真似をする。
彼の言ったことは、正にユーリが言いたかったことだ。
自分達との旅の最中でも、は髪の手入れを怠らなかった。
よほど思い入れがあるのだろう、彼女の様子からそれが十分に窺い知れた。
しかし、だからこそ、彼女の艶やかで長い銀糸の髪は、風に靡くたびに見るものを魅了した。
自分も何度その髪に触れたいと思ったことか。
ユーリはに差し伸べかける手を堪えるように、静かに目を伏せた。
「レイヴン・・・・・・」
レイヴンを瞳に映すと、は一瞬顔を俯かせたが、すぐに小さく首を振る。
「いつまでもこうしていても仕方がないわ。
さっき周辺を見てきたけど、ここはカプワ・ノールの近くみたい。
とりあえず、ノール港に行きましょ。
皆をお医者さんに見てもらわないと・・・・・・」
「そうだな・・・・・・。
ふたりとも、すぐ医者見つけてやっからな。
ちょっとだけ辛抱してくれ」
はっとして周りを見渡すと、未だ仲間達は辛そうにしている。
確かにの言うとおりだ。
今は皆の傷を治すことが先決だ。
ユーリは数々の想いを遠くに追いやり、に向かって頷いた後、カロルとリタに顔を向け声をかけた。
するとジュディスが、奥で横たわっていたバウルに近寄り、その体をそっと撫でる。
「ありがとう、よく頑張ってくれたわね」
「バウルの怪我・・・・・・しばらくは運んでもらうのは無理だな」
「ええ。傷が癒えるまで、どこかで休んでもらうわ」
「無理させちまったな。ゆっくり休んでくれ」
力の矛先はバウルに向けられていた。
直接攻撃を受けてない自分達でさえ、ほぼ満身創痍だ。
それを考えれば、バウルの怪我はいかほどか。
考えずとも分かりきったものだった。
これで、もしのとっさの守りの術がなかったらと思うと、ぞっとしなかった。
ユーリがバウルに労わりの声をかけると、彼は一声鳴いて何処かへと飛び去っていった。
「エステルは・・・・・・」
「そうよ・・・・・・!急がないと」
「エステルの心配より、自分の心配しろ」
カロルとリタがエステルを心配する声をあげたが、ユーリはそれを制する。
「カロル、リタ、歩ける?」
は起き上がろうとする二人に駆け寄り、その背中に手を添えた。
二人は多少回復したのか、辛そうにはしていたが、歩けないほどではないようだ。
それを確認したは、二人ほど重症ではないが、やはり怪我の酷いレイヴンを振り返る。
「いやな空だね。エアルが雲みたく渦巻いてやがる」
帝都の方向の空を見上げ、そう呟くレイヴン。
あのままでは帝都ザーフィアスは人が住めぬ地に成り果てるだろう。
アレクセイは一体何を考えているのか。
嘗ての上司の掲げていた理想を思い出し、レイヴンは深く溜息をつく。
「・・・・・・災厄、か・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
小さく呟かれたレイヴンの言葉を耳にしたは、眉をすっと顰めた。
始祖の隷長が恐れていた事態は、もう、すぐ目の前まで来ている。
アレクセイが引き起こそうとしているものは、考え得る限りでも最悪の事態だ。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
はこれから自分がしなければならないことを憂い、目を静かに伏せた。
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