「それでちゃん、どうやって青年達に追いつくの?」
「んー・・・・・・」
いつもの紫の羽織に着替え終え、レイヴンはに顔を向けた。
はそれに生返事で答えながら、床に術式を描き始める。
「まぁ、大人数はやった事がないんだけどねー・・・・・・」
「なにしてるのだ?」
それを見て、ボッコスが首を傾げた。
「さ、これでよし」
術式を描き終え、はパンパンと手についた埃を払うとにっこり笑う。
「失敗しても怒らないでね?」
『えぇ!?』
顔をさっと青くしたレイヴン達の声がはもる。
しかし、は笑顔で術式の上に彼らを追い込むと、
「さぁいくわよ!」
と言って、術を詠唱し始めた。
一瞬の後、レイヴン達はヘラクレスの甲板に立っていた。
「ほえ〜。一回体験してたけど、これホント凄いよねぇ」
もっぱら最近はバウルで移動していたから、それも早いとは思っていたが、これは正に一瞬だ。
レイヴンは感心してを見やった。
「で、ここはヘラクレスのどこら辺なのであ〜る」
「どこなのだ?」
「・・・・・・さあ?」
『えぇ!?』
が無責任に言ってのけた言葉に、アデコールとボッコスの声がはもる。
「ちゃん、知ってて飛んだんじゃないの?」
「んー・・・・・・ユーリ達がここにくるには砲撃が邪魔でしょ?
だから、ダングレストで見たときの大砲の位置を思い浮かべて飛んだんだけど・・・・・・。
どうやら間違ったみたい?」
調整むずかしいのよねぇ・・・・・・とは続けて言った。
大雑把な所は昔から変わっていないようだ。レイヴンはそれに苦笑する。
「ま、いいじゃない!たぶんあっちのほうよ、うん」
「そんな適当な・・・・・・・」
「固いこというんじゃないの。
それだからユーリに馬鹿にされるのよ!」
「それとこれとは話が違うのであ〜る」
が適当に上の方を指差すので、アデコールが抗議したが、彼女はそれをさらりと受け流して、さらにはユーリのことまで持ち出した。
アデコールは眉を顰めたが、はそらっとぼけて歩き出す。
「んじゃ、さっさといくわよー。
親衛隊の奴ら、今度こそぶっ飛ばしてやるんだから」
やたらはりきって拳を握り振り回す。
レイヴンはお手柔らかにねぇ、と笑いながらの隣に並ぶ。
ルブラン達は青くなりながらも、隊長達だけに無理はさせられない、と駆け出した。
「ふー、すっきりした」
「ちゃん、いくらなんでもやりすぎ・・・・・・」
レイヴンの目の前にはによって瞬殺された親衛隊が何人も転がっていた。
それは自分たちが手を出す暇もないほどで、ルブラン達はの圧倒的な力に口が開きっぱなしだ。
「あら、これぐらいやらないと、こいつら懲りないでしょ?」
は満足げに腰に手を当てると、にっこりと笑った。
それにレイヴンは苦笑しながら、大砲の方を見やる。
ここからの砲撃はもうされないだろう。衛兵はすでにが倒した後だ。
「ま、これで青年たちもここに突入できるかねぇ」
「そうね・・・・・・」
そう返すの顔色はどことなく悪い。
レイヴンはそれに気付くと、ルブラン達の方を振り返る。
「おい、お前等、ここの警備は任せた!」
「了解!」「了解なのだ」「了解であ〜る」
ルブラン達が敬礼するのを確認すると、レイヴンはもと来た道を少し戻り、階段の影にを座らせた。
「、大丈夫か?」
「んー・・・・・・まだ大丈夫」
「そうか」
未だその顔色は悪く、大丈夫そうに見えなかったのだが、彼女がそう言うなら仕方がない。
レイヴンはの横に座ると、自分の肩にの頭を寄せさせた。
すると、がくすりと笑う。
「ふふ、レイヴンがこうして隣にいるなんて嘘みたい」
「・・・・・・・・・・・・」
「私たち、すれ違ってばかりね」
「・・・・・・そうだな」
そう、自分たちはいつもすれ違ってばかりだ。
よかれと思ってやっていたことが全て裏目に出てしまっていた。
はレイヴンが死を望んでいると思っていたが、実際レイヴンは生を望んでいた。
確かに最初レイヴンは死を望んでいた。
しかし、が自分を追いかけてきてくれたとき、自分の死んだ心に一陣の風が吹き抜けたのだ。
彼女が振り向いてくれなくてもいい、ただ傍に居られるだけでいい。そう、レイヴンは思ったのだ。
それが結果アレクセイに利用されることになり、彼女は捕らわれた。
それは自分の甘さのせいであり、彼女には何の罪もなかった。
だからこそ、自分はアレクセイに彼女を開放することを条件に--そう簡単に手放すとも思えなかったが、ユーリ達と戦ったのだ。
との生を望む自分にとって、逆にそれが死に繋がる事も覚悟して・・・・・・。
「・・・・・・ちょっと、疲れちゃったみたい・・・・・・。
ごめん・・・・・・少し寝ていい?」
「・・・・・・ああ」
レイヴンの肩に頭をもたれさせたまま、が小さく息を漏らした。
それにレイヴンが頷くと、は「ありがと、レイヴン」と言って目を閉じ、そのまま深い眠りに落ちた。
暫くの寝顔をじっと見つめると、レイヴンはその肩にそっと手をやり抱き寄せた。
彼女の温もりと、小さな寝息が間近で感じられる。
きっとなんだかんだで一番疲れていたのは彼女なのだろう。
今まで気が休まる事がなかったはずだ。心配させまくってしまったしな、とレイヴンは小さく笑う。
そして未だこの生が--それは偽物の生ではあるが、自分の下にあることを感謝し、澄み渡る青空を見上げた。
弾幕の薄かった左舷後方を狙って、ユーリ達がヘラクレスの甲板に飛び降りると、
何者かに倒されたのか、そこには親衛隊の騎士達が何人も転がっていた。
「衛兵が倒されてる・・・・・・」
「だからここだけ弾幕が薄かったのか」
ユーリはしげしげと、倒れている騎士達と、大砲とを見比べた。
その時、ジュディスが奥のほうに顔を向け、
「誰?」
と、誰何の声をあげた。
そちらを見やると、ルブラン達が奥から歩いてくるのが見える。
「まったく無計画な連中だな。強行突破しか策がないのか」
「その通りであーる」
「ここで会ったが100年目なのだ!」
「また出たの?あんたらしつこすぎ!」
ルブラン達はバクティオン神殿で吹っ切ったはずだ。
なのにまた目の前に彼らが現れるのを見て、リタは呆れたように腰に手をあて怒鳴る。
「・・・・・・シュヴァーン隊か。
あんな事があったってのにまだアレクセイにつくのか?
「我らは騎士の誇りに従って行動するのみ!」
ユーリは低く唸るようにルブラン達を睨んだが、ルブランはそう言って姿勢を正し、真っ直ぐな視線を向けてきた。
それに泣きそうになりながら、カロルはルブランを見上げる。
「・・・・・・もうボクたちの邪魔しないでよ!」
「そうよ!」
リタが顔を歪ませながら手を振り上げ、
「あんたらの顔見てると、思い出したくない顔が浮かんでくるのよ!」
と言うと、ルブラン達の後ろの方から、
「どんな顔なんだろうなぁ。よっぽどひどい顔のやつなのね」
という飄々とした声が響いた。
すると、ルブラン達が直立不動になる。
「レイヴン・・・・・・!」「あなた・・・・・・!」「レイヴン!」「おっさん!」
突然のレイヴンの登場に、皆が驚きの声をあげた。
レイヴンは口の端を持ち上げ、
「おう。レイヴン様参上よ」
片手をあげてそれに応えると、宙返りして親指を立てた。
しかし、ユーリ達が未だに声を失っているのを見て、彼らの顔をにやにやと覗きこむ。
「なになに?感動の再会に心いっぱい胸がどきどき?」
「おっさん。何しに来た?」
皆より一足先に正気を取り戻したユーリは、冷ややかな目でレイヴンを見つめた。
「冷たいお言葉ね・・・・・・。
ちゃんと一緒にせっかく来たのに・・・・・・」
すねたようにそう言うと、レイヴンはユーリの方に向かって弓矢を放った。
「レイヴン!?」
カロルがそれに驚いて声をあげたが、レイヴンの放った矢は、ユーリに襲い掛かろうとしていた騎士に命中し、騎士はその場に倒れた。
それをじっと見つめるユーリ。
「おう、おまえら!ここは任せるぜ!」
レイヴンは弓をしまうと、ユーリに背を向けルブラン達に指示を送った。
「はっ!」「了解であります!」
ルブラン達が自分に敬礼し、向こうに走り去っていくのを見届けると、レイヴンは片目を瞑り振り返る。
「ま、こういうワケ」
「レイヴン・・・・・・」
「そういうことでよろしく頼むわ」
手をひらひら振り、飄々とした態度を取ると、
「何言ってんのよ!信用できるわけ・・・・・・ないでしょ!」
リタが腰に両手を当て、レイヴンに噛み付いた。
「おっさん、自分が何やったか忘れたとはいわせねぇぜ」
「そっか。なら、サクっと殺っちゃってくれや」
ユーリが険しい目つきをしてレイヴンを睨んだ。
それに肩を竦めると、レイヴンは腰のベルトに差していた小刀を引き抜き、ユーリに放った。
小刀は綺麗な放物線を描き、ユーリの手元に収まる。
ユーリはそれをくるりと一回転させ、じっと見つめた後、厳しい目をレイヴンに送った。
リタがレイヴンの行動に目を見開く。
「ばっ!なんのつもりよ!」
「命が惜しかったわけじゃないはずなのに、
なんでかこうなっちまった。
ちゃんに助けられた以上、俺は死ねない。
けれど、ここでおまえらに殺られっちまうのならそれはそれ」
未だ生きているとはいえ、自分にあるのはただ、仮初めの命だけ。
それだけでも今のレイヴンにとっては失いたくないものだが、ここに来た以上、ケジメはつけなければならない。
には怒られるとは思うが、彼女もある程度予想していたはずだ。
レイヴンは目を閉じると、好きにしてくれ、と言うように両の手のひらを広げて見せた。
じっと静かにレイヴンを見つめていたユーリはそこで小さく息を吐く。
「はあんたと一緒に必ずここに来ると言った。
そしてあんたは約束どおりここに来た。
レイヴン。あんた、ケジメをつけにきたんだろ。
じゃあ凛々の明星の掟に従ってケジメをつけさせてもらうぜ」
そう言って、手に持っていた小刀を再びくるりと回転させるユーリ。
そしてそのまま小刀をぎゅっと握ると、レイヴンに近づき、その柄でレイヴンを殴った。
「って〜」
そのあまりの痛さに、レイヴンは顔を抑え、眉を顰めた。
ユーリは口の端を持ち上げると、小刀をその場に投げ捨てる。
「あんたの命、凛々の明星がもらった。
生きるも死ぬもオレたち次第。
こんなとこでどうだ?カロル先生」
「えへへ。さすがユーリ。ばっちりだよ」
嬉しそうにユーリに返すと、カロルはレイヴンの所まで走って、飛び上がり様、拳を打ち下ろした。
「あだ!」
再び襲い掛かった痛みに、レイヴンはその場にしゃがみ込む。
「とりあえずこれが罰ね」
にんまりと笑うカロル。
次にジュディスが手を差しのべて近づくが、レイヴンがその手を借りて立ち上がる前に、彼女の右ストレートがレイヴンの頬に見事に決まった。
堪らず、仰け反るレイヴン。
それに追い討ちをかけるように、笑みを浮かべて近づいたリタの拳がレイヴンの腹に叩き込まれる。
「せっかくだから、あたしもぶっとくわ」
リタはにこやかに手のひらをぱんぱんと払った後、そう言った。
「ひ、ひどい・・・・・・」
所謂、レイヴンはユーリ達全員にフルボッコにあったのだ。
リタの攻撃に腹を押さえ悶絶していたレイヴンは、最後にラピードにまで止めを刺され、ついにはその場に座り込んだ。
「それで、レイヴン、はどうしたんだ?
一緒に来たんだろ?」
「うう・・・・・・。ちゃんなら疲れて向こうで寝てる・・・・・・」
滲み出てくる涙を堪えながら、レイヴンはユーリに返した。
「寝てる?こんな所で?」
「よっぽど疲れてたんじゃないかねぇ、ありゃ当分起きそうにないわ」
「そうか・・・・・・」
「どうするの?ユーリ」
カロルが首を傾げユーリを見上げる。
「・・・・・・背負っていくわけにもいかないし・・・・・・。
ここに置いていくしかないわね」
「そうだな・・・・・・」
ユーリはジュディスに頷くと、ラピードを振り返る。
「ラピード、頼めるか?」
「ワン!!」
任せろ、というように、ラピードは大きくユーリに吠えた。
「ま、心配ないと思うわ、ここらへんの敵、全部ちゃんが倒しちゃったから」
「・・・・・・何やってんだか・・・・・・」
レイヴンが肩をすくめて言った言葉に、ユーリは呆れ、溜息を吐いた。
「レイヴン。アレクセイのヤツがどこにいるかわかるか?」
「作戦司令室だと思うわ」
「じゃ、行きましょ」
「ああ」
ジュディスに頷き、仲間が先に進むのを見届けると、ユーリはに近寄り、顔を覗きこんだ。
少し顔色は悪いが、よほどいい夢を見ているのだろうか、幸せそうな顔をしていた。
それにユーリは小さく笑うと、
「お疲れさん」
その頭をぽんぽんと撫でた。
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