最初はちょっとした興味半分だった。
はある日、始祖の隷長が恐れる満月の子の力とは、エアルを乱す最もたる要因なのだという事を知った。
エアルの乱れは星喰みの再来を引き起こし、またエアルを体内に蓄積し、調整する始祖の隷長にとって、その力は害にしかならない。
始祖の隷長と人との半々の存在であり、人に混じって生きてきた自分にとっては、あまりそれは実感の沸かないことであったが、エアルを鎮めるために世界中を放浪しているデュークに、は付いて回っていた。
だから少しでも彼の役に立てばと思い、満月の子であるエステルに近づいたのだ。
ユーリ達は得体の知れない自分に対して、笑顔を向け、手を差し伸べてくれた。
旅をしている中、エステルは人ならざる力を宿しながらも、それに目を背けず、人として精一杯生きようとしていた。
それに同行するユーリも、人の世の不条理さに憤り、それを変えようと、背負わなくてもいいものまでその背に背負い、その辛さを不敵な笑みに隠して仲間を守ってきた。
二人のその強さは、中途半端な立場である自分を憂い、ふらふらしているだけであったには到底ないものだ。
また、ユーリ、エステルの二人はもとより、他の仲間も自分の進む道を信じてそれを貫き通している。
それは自分が喉から手が出るほど欲しいと思った強さではないか。
彼らは歩む道が困難だと知っていても尚、笑顔を浮べ続けた。
そんな彼らの傍にいて、は初めて人として、本当の笑顔を浮べる事が出来たのだ。
広間の入り口に立ったは、ユーリ達の相手をしているシュヴァーンの背中をじっと見つめた。
ユーリ達4人を相手に、シュヴァーンの体はすでにぼろぼろであった。
このままでは彼はその命を失ってしまうだろう。
は拳をぎゅっと握り締めると、そちらに駆け出していった。
「!?」
ガキィンと鈍い音がユーリの剣と自分の放った手刀との間で響き渡る。
はエアルを自分の手に凝縮させ、硬質化し、それを武器としたのだ。
の突然の行動に驚いてユーリは身を一歩引いたが、それに構わずにが踏み込む。
それを間一髪のところで避けるユーリ。
「、おまえ、どうして!」
「ユーリ、あなたは私がお相手するわ」
はユーリの問いには答えず、彼を鋭く睨み、構えなおした。
ユーリ達を失うのは怖い、しかしそれ以上にシュヴァーンを失うのは身を引き裂かれるほど辛かった。
シュヴァーン、いや、にとっていつも傍にいてくれた彼はレイヴンで、彼は惜しみない愛情を自分に注いでくれていた。
それはドンの様に親が子に抱くものではなく、異性に対しての愛情だと気付いていたが、自分は見てみぬ振りをした。
それが尚更彼を傷つける事とも知らずに。
は傷つき膝をついたレイヴンをじっと見つめた。
「私は一度彼が差し伸べた手を拒絶してしまった。
そのときの傷ついた彼の目を忘れない。忘れる事は出来ない。
だから、もう、私は彼を傷つけたくないの!!
彼を放っておけないの!!」
そして全てを拒絶するかのように目を伏せる。
「だから、彼の邪魔をする者は許さないわ。
たとえそれが嘗ての仲間だったとしても・・・・・・。
―――ねぇ、ユーリ?彼の為に、死んで、くれる・・・・・・?」
そう、レイヴンの命を握っているアレクセイがユーリ達の死を望む以上、自分は彼を守る為にユーリ達と戦うしかないのだ。
は目を開け、艶麗な笑みを浮べると、ユーリに向かって走り出した。
ぱらりと銀糸の髪の数本が宙に舞い散る。
それを眼の端に映しながら、は後ろに跳び、すれすれのところでユーリの剣を避ける。
ユーリは困惑しながらも、の攻撃に倒れる仲間たちを目にして、手を出さずには済まなかったのだろう。
どうやら本気になったようだ。徐々に鋭くなる剣筋がそれを物語る。
人一倍仲間を守る意識の強い彼だ、仲間を攻撃すれば本気で相手をしてくれると思っていた。
無抵抗の仲間たちを斬るのは忍びなかったが、ユーリには本気で相手をしてもらいたかったのだ。
しかし、さすがのも自分の体力の限界を感じ取っていた。
ましてや、障壁を抜け出すためにありったけの力を込めた後だ。
それは思ったよりも消耗が激しかったらしい。
ユーリと数度打ち合った後、は息を切らして立ち止まった。
そこには一瞬の隙が生まれる。しまった、と思ったときにはもう遅く、
行き場を失ったユーリの剣はそのまま銀の奇跡を残し、の体にむかって奔っていく。
「・・・・・・?」
死を覚悟したのに、いつになっても痛みはやって来ない。
はそれを不思議に思い、固く閉じていた目を開けた。
「っ、レイヴン!!・・・・・・どうして、どうしてこんな事・・・・・・」
目の前にはの代わりに刃を受けたレイヴンが立っていた。
ぽたり、ぽたりと、彼の体から真っ赤な血が滴り落ちる。
こんなはずではなかった。彼を守るために自分は戦ったのに、何故自分ではなくて彼が傷を負っているのだろうか。
は口に手をやり顔を歪ませた。
それに微笑を浮かべたレイヴンは、の頬に震える手をやり、涙を拭う。
「俺がお前を守るって誓ったからな」
「でもそれは・・・・・・!」
はあの時、彼のその手を拒絶してしまった。その誓いは無効なはずだ。
「いいから、お前はユーリ達のところに行け」
「でも・・・・・・!」
「ユーリ、は何も悪くない。悪いのは全て俺さ。
だから、を許してやってくれねーか」
が泣きながら首を振るが、レイヴンはそう言って、の背をユーリの方に押し出した。
その時、アレクセイが達を宙の戒典もろともに埋めようとしたのか、爆発音がし、建物全体が揺れた。
「・・・・・・っ!!」
その衝撃で、天井全体の岩盤が崩れ、それは達を目掛けて落ちてくる。
それにいち早く気付いたレイヴンは達の頭上に弓矢を放ち、それを粉々にした。
しかし、レイヴンの頭上には崩れ落ちた天井が容赦なく迫り来る。
もう間に合わないと悟ったレイヴンはじっとを見つめ、優しい笑みを浮べた。
その笑みは死を覚悟した者の浮かべる安らかな微笑み。
彼はここで死ぬつもりなのだ。
それを感じ取ったは髪を振り乱し、レイヴンに駆け寄ろうとしたが、寸前でユーリに取り押さえられる。
「ユーリ、を任せた」
最後にそう、レイヴンがいい残すと、瓦礫は容赦なく彼を埋め尽くしていく。
「レイヴンー!!!!」
その光景を目に映し出したは、悲痛な叫び声をあげ、その場にくずおれた。
「ごめんなさい、気絶するだけに留めたのだけど、痛かったわよね」
気を取り戻したは、涙を拭うと、彼女が攻撃してしまった仲間たちの傷を癒していた。
治癒術をかけると、皆はすぐに意識を回復し、起き上がった。
それを静かな目でじっと見つめていたユーリはおもむろに口を開く。
「本当に斬っていたわけじゃなかったんだな」
「ええ、そう見せかけただけ。
そうでもしないと、ユーリ、本気で相手してくれなかったでしょう?
私が本気であなた達を相手にする以上、あなた達にも本気で相手してもらいたかったのよ」
確かにいつもの武器は使わないし、術は詠唱しないしで、おかしいとは思っていたのだが、の言うとおり、彼女のしたことで自分は本気にならざるをえなかった。
それは正にの思惑に見事に嵌ってしまったということだ。
ユーリは自分のいたらなさに小さく溜息をつく。
「そもそも、、あなたもレイヴンも私たちを相手にする必要は無かったんじゃないかしら?」
「いいえ、レイヴンはアレクセイに命を握られていたの。
彼が生きるためにはアレクセイの命令に従うしかなかった」
ジュディスの問いには首を横に振った。
それにカロルが首を傾げる。
「どういうこと?」
「レイヴンは10年前の人魔戦争で一度死んだ人間なの。
けれど、アレクセイが心臓魔導器というものを彼の胸に埋め込み、生き返らせた。
それ以来、彼の体は生きるも死ぬもアレクセイの意次第なのよ」
「そんな・・・・・・」
「・・・・・・なら、それもヘルメス式ということ?
なぜバウルは気付かなかったの・・・・・・?」
の言葉に、ジュディスはじっとを見つめた。
「それは多分あの魔導器が彼の生命力によって動かされているからよ」
はそう言って目を伏せた。
「・・・・・・生命力で動く魔導器、そんなものが・・・・・・」
リタやカロルが息を呑むの聞きながら、はユーリの方を見やる。
ユーリのその体には無数の細かい傷が奔っていた。
自分自身が一番傷を負っているというのに、彼は仲間を癒すのを先にしてくれと言ったのだ。
彼らしいといえばそういえるが、自身がつけた傷とはいえ、見ていて痛々しかった。
「・・・・・・ほら、ユーリ、あなたの番よ」
は溜息をつきながら、ユーリに近寄り、手を翳した。
すると、手からあふれ出た治癒の光が、ユーリの体を癒していく。
それを見たユーリが軽く、「サンキュ」と返してきたが、はじっと真剣な目でユーリの目を見つめた。
「ユーリ、あなた達はエステルの所に行って。
手遅れになる前に」
「おまえはどうするんだよ」
「私は・・・・・・レイヴンを助けるわ」
「でも、レイヴンはもう・・・・・・!!」
カロルの悲痛な声に、は確固たる意志を持って首を振る。
「いいえ、彼は生きてる。
瓦礫に埋もれる前、彼の心臓魔導器が光るのを見たの。
きっと彼はまだ生きてるわ」
そう、あの瞬間、瓦礫の間を紅い光が奔るのが見えた。
それはまだ彼が生きていると言う証拠である。
だからこそ今、は気が触れずにいられるのだ。
「じゃあボクたちも・・・・・・!」
「ダメよ。こうしている間にもアレクセイは着々と計画を進めている。
アレクセイは帝都に向かったわ。
ユーリ達はそれを早く追って」
「でも・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
カロルはに急かされても躊躇ったが、ユーリはじっとを見つめる。
本来ならば彼女はすぐにでもレイヴンを助けに行きたいのだろう。
しかし、それを堪えて自分達を癒してくれた。
それは彼女なりの断罪も含むのであろうが、なりよりもエステルを救いたいという気持ちが強かったのだろう。
その意志のこもった彼女の眼差しからそれを感じ、ユーリは頷く。
「わかった」
「ユーリ!?」
カロルが驚きの声をあげる。
それには「大丈夫よ」と言ってカロルを諭すと、ユーリの顔を見つめた。
「ありがとう、ユーリ。
許してくれなんて言わないわ。
でも、必ず彼とあなた達の後を追うから」
「ああ」
ユーリはに頷き返すと、仲間の顔を一人一人見やった。
自分達がするべきことは今、アレクセイを追う、それだけだ。
「くっ・・・・・・」
苦しげに呻くのその額には汗がふつふつと湧きあがっていた。
ユーリ達との戦いで疲弊した力では、瓦礫を浮かすだけで精一杯で、瓦礫をどかす事も、レイヴンの体をその下から引っ張り出す事も出来ないのだ。
それでもどうにかしなければ今度こそ彼は死んでしまう。は持てる力を振り絞ろうと、歯を食いしばった。
その時、
「嬢!?これは一体・・・・・・」
「隊長はどこなのであ〜る!!」
「シュヴァーン隊長ー!!」
と、祭壇の入り口の方から見知った声が響いた。
驚いて後ろを振り返ると、ルブラン達がこちらに走ってくるのが見えた。
はそれを天の助けと目を輝かせる。
「お願い、私の力が持つ間に彼の体をこっちに引っ張って!!」
の傍に駆け寄ったルブラン達は、宙に浮く瓦礫に一瞬目を丸くしたが、その下に横たわっているレイヴンを見るとすぐに慌てて駆け寄り、その体を持ち上げ引っ張り出す。
傷ついた彼の胸では心臓魔導器が赤く光を発している。
「シュヴァーン隊長は助かるのか?」
ルブランは得体の知れない赤い光に目を細めたが、にそう尋ねる。
「助けて見せるわ」
瓦礫を下ろしたはレイヴンに駆け寄り、彼の心臓に手を添えた。
すると、の髪が白く光り輝き、その光は徐々にの手の中に集まり始める。
凝縮した光は一瞬一際強く輝くと、レイヴンの心臓魔導器に吸い込まれ、消えた。
「どうなったのだ?」
「嬢?」
光が消えてしまったことを不思議に思ったのか、息を殺してその光景をじっと見つめていたルブラン達が声をあげた。
は目を閉じ肩で息をすると、彼らを見上げる。
「大丈夫よ。彼は生きてるわ」
そう言った瞬間、レイヴンが閉じていた目を開けた。
レイヴンは生きているのが信じられないというように、目の前に手を翳すと、それをじっと見つめ、目を瞬いた。
「シュヴァーン隊長!!!!」
ルブラン達が叫び、我先にとレイヴンの顔を覗きこむ。
その光景に苦笑すると、安堵と力を使い果たしたからか、不意に体の力が抜け、はその場にへたり込んだ。
それに気付いたレイヴンは起き上がり、の頬にそっと手を添える。
「、お前が助けてくれたのか」
レイヴンのいつもと変わらないその声に、は涙腺が緩むのを感じた。
しかし、それを必死で堪え、頷くと、
「・・・・・・心配、したんだからね」
と言い、自分の頬に添えられた彼の手に自身の手を重ねた。
レイヴンはをじっと見つめる。
「すまない」
「あなたが死んだと思って、逆に私のほうが心臓が止まるかと思ったんだから。
・・・・・・もう、死のうなんて考えちゃダメよ、レイヴン」
「・・・・・・」
「・・・・・・無事でよかった・・・・・・」
重ねた手のひらからレイヴンの温もりが伝わってくる。そう、それは確かに彼が生きているという証である。
それを実感したはついに涙を堪えきれず、レイヴンに抱きついた。
自分に縋り泣き続ける彼女の姿は愛おしいもので、レイヴンはの体を優しく包みこむと、彼女の頬に流れる涙を拭い、そこに唇で触れた。
「隊長も隅におけないのであ〜る」
「羨ましいのだ」
「こら、おまえたち!!」
ルブランは上司であるシュヴァーンのラブシーンの気配を感じ取って、回れ右をして耳を塞いでいたのだが、部下であるアデコールとボッコスはそんな気配もなんのその、じっと達をみつめ、感想を漏らした。
それに驚き、部下の二人を叱責するルブラン。
本人達は聞こえていないと思っているのだろう。
ムードも何もないその会話に苦笑すると、レイヴンはルブラン達を見やった。
「おまえたち、全部聞こえてるぞ」
「す、すみません隊長!!こやつらは後で言って聞かせますので。
ささっ、続きをどーぞ」
ルブランはそう言って、ボッコス達を奥へと引きずっていった。
「続きって言ってもな・・・・・・」
「あははっ、ルブラン達は相変わらずね」
レイヴンはと顔を見合わせ、は目をぱちくりさせて笑った。
がひとしきり笑うのを見届けた後、レイヴンは、
「では、行くとしますか、お嬢さん」
と言って立ち上がり、に手を差し伸べた。
「隊長!どこへ!?」
「ユーリたちのとこ、でしょ?」
ルブランが疑問の声をあげたが、はすかさずそう返し、レイヴンの顔を見上げた。
レイヴンはそれに「ああ」と頷く。
「その前にその格好どうにかしたら?」
はレイヴンのぼろぼろの服を指差した。
レイヴンは顎を摩ると、にんまりとした笑顔を浮かべる。
「そうだねぇ、ちゃんがお着替えさせてく・・・・・・
―――ぐはぁ!」
皆まで言わせずにの拳がレイヴンの腹に炸裂する。
「馬鹿言ってないでさっさとする!!」
「ごほっごほっ。
・・・・・・ちゃん魔導少女に似てきてなぁい・・・・・?」
痛みで目尻に浮かび上がった涙を拭いながら、レイヴンはを見た。
それには「さあ、どうかしら?」と肩を竦めてみせる。
「それより、その格好でその口調はやめて頂戴。部下が幻滅するわよ」
そう言ってはルブラン達を見やったが、既にそれは遅かったらしい。
ルブラン達はポカーンと口をあけて呆然と佇んでいた。
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