神殿の奥の祭壇には、アレクセイによって追い込まれたのだろう、鹿に良く似た姿の始祖の隷長、アスタルが傷つき、横たわっていた。
それに気付いたは球体の中で目を見張ったが、アレクセイは微笑を浮かべる。
「アスタルよ。
自分を祀った神殿で最後を迎えるというのはどういう気分だ?
くっくっく」
「おの・・・れ・・・・・・に・・・んげ・・・ん・・・・・・」
「まってて、アスタル、今私が・・・・・・・!」
アレクセイをキッと睨んだ後、は両手を胸の前で組み、術を唱え始める。
その詠唱に合わせての髪が光ると、その光はアスタルを包み込み始めた。
「これは・・・・・・!銀の力は始祖の隷長をも癒すというのか・・・・・・!!」
その光景をみたアレクセイは驚きに目を見開き、「素晴らしい・・・・・・」と口角を上げて笑った。
「しかし・・・・・・」
アレクセイは自身の手に持つ聖核を高く掲げる。
「アスタルを癒すのはご遠慮願いたい」
掲げられた聖核は光を発し、を囲むように紅い光を生じさせた。
「う・・・・・・ぁっ!」
襲い来る激しい痛みに、は頭を抑え蹲る。
その瞬間、アスタルを包み込んでいた治癒の光は掻き消えた。
エステルの力もエアルも、自分には効かないからと高をくくっていたが、聖核によって増幅し、操られた満月の子の力がこれほどのものとは、判断を見誤ったようだ。
は自分の思慮の浅さを呪い、唇を噛み締めた。
「どうやら姫の力はあなたにも有効のようですな」
「・・・・・・!
―――やめて!もうやめてください、アレクセイ!」
苦しむの姿を悲痛な目で見つめ、エステルはアレクセイに懇願した。
アレクセイは皮肉な笑みを浮かべ、エステルに振り返る。
「心配せずとも、この者も姫と同じ貴重な道具。
丁重に扱って差し上げますとも」
「くっ・・・・・・、こんなもの!!」
自分とエステルの二人が揃うのはあまりにも危険だ。
このままアレクセイの元にいて使われるわけにはいかない。
はアレクセイを鋭く睨むと、自分を囲む障壁に向かって、術を放った。
しかし、放たれた術は障壁に緩和され、やがて霧散する。
「そんな・・・・・・」
「くくく、無駄な抵抗はよしたまえ」
それにオルトレイン君がどうなっても良いのかね、とアレクセイは言葉を続ける。
はその言葉にはっと目を見開き、胸の前で拳を握り締めると、その場にへたり込んだ。
アレクセイはそれににやりと笑い、に近づいた。
その時、広間の入り口から、複数の足音が響いてくる。
「エステル、、無事か!」
向こうからやってきたのはユーリ達であった。
は力なく顔を上げ、そちらを見つめる。
「また君たちか。どこまでも分をわきまえない連中だな」
アレクセイは声だけでユーリ達と断定したらしく、振り返らずにそう言った。
「ユーリ!みんな!」
「エステル、今助けてあげる!」
エステルが嬉しそうに、皆に向かって叫ぶと、リタはエステルに向かって手を伸ばした。
「ふん。おまえたちに姫は救えぬ。
救えるのはこの私だけ」
「ふざけろ!」
ユーリはアレクセイの言葉に拳を振り上げ、怒鳴る。
「道具は使われてこそ、その本懐を遂げるのだよ。
世界の毒も正しく使えば、それは得がたい福音となる。
それができるのは私だけだ。
姫、私と来なさい。私がいなければ、あなたの力は・・・・・・」
エステルに微笑を向け、聖核を高く掲げるアレクセイ。
「きゃあああ!」
「くっ・・・・・・」
エステルの周りを囲んでいた聖核が光を発すると、エステルは苦しみに身を仰け反らせた。
は自分の体から力が吸い取られそうになるのを必死でこらえる。
「やめなさい、アレクセイ!」
エステルとの苦しむ姿を見たジュディスはそう言ってアレクセイに向かって走り出した。
しかし、その瞬間、エステルの体から紅い光が発し、それは衝撃波となって周囲に広がった。
それに踏鞴を踏むジュディス。
「ぐ・・・・・・あ」
赤い光が消え失せると、広間には呻き声が響く。
「アスタル!!」
先程の力の矛先はアスタルだったのだ。
はアスタルの体が光り、消え始めたのに気付き、彼に向かって叫んだ。
「ははは、なにが始祖の隷長か。何が世界の支配者か。
―――死んだか。あっけなかったな」
アレクセイは心底愉快そうに笑うと、祭壇に向かって歩いた。
「そんな・・・・・・」
エステルは呆然として聖核と化してしまったアスタルを見る。
「アスタル・・・・・・」
は自分の無力さを恨み、顔を歪ませた。
また自分はベリウスと同様に同胞を救う事が出来なかったのだ。
自分には彼らを癒す力があるというのに・・・・・・。
「思ったより小ぶりだな。まあ使い道はいくらでもある」
アレクセイはアスタルの聖核をしゃがんで拾うと、それを眺めた後、懐にしまった。
「貴様・・・・・・」
ユーリがそんなアレクセイを鋭く睨みつける。
アレクセイはそれを受け流し、に顔を向けた。
「それにしても・・・・・・・。
まだ自在に力を操れないとは・・・・・・。
原因はあのイヤリングだけではなかったという事か・・・・・・」
そう言いながら、アレクセイは自身の顎に手を当てる。
「まあ、いい。今は姫の力だけで十分だ。
あなたの力は、後々研究を重ねるとしよう」
自分に向けられたその言葉に、はキッとアレクセイを睨みつける。
アレクセイはふっと笑うと、に背を向け、祭壇の階段を下り、ユーリ達の方に歩いていく。
「そうだ、せっかく来たのだ。諸君も洗礼を受けるがいい。
姫が手ずから刺激したエアルのな」
アレクセイが聖核を再び高く掲げると、エステルを囲った球体はユーリ達の正面まで移動して、赤く光りだす。
「うわあぁぁぁ!」
「ううっ!」
「いや!もうやめて!!」
カロル、リタ、エステルの悲鳴が聞こえる。
はそれをじっと見つめる事しか出来ず、歯を食いしばった。
しかし、ユーリは痛みを堪え、赤く光る剣を取り出すと、立ち上がる。
「く・・・・・・っだらぁ!」
高く掲げられた剣は光を発し、ユーリ達を蝕んでいたエアルを霧散させた。
とアレクセイはその見知った剣に目を見張る。
「それは・・・・・・」
「なんだと?なぜ貴様がその剣を持っている?
デュークはどうした?」
「あいつならこの剣寄越してどっかいっちまったぜ」
ユーリは乱れた息を整え、不敵な笑みを浮べる。
「てめえなんぞに用はないそうだ」
「デュークが・・・・・・」
デュークがエアルを鎮める役割の持つ大事な剣をユーリ達に託したという事は、彼はユーリ達を認めてくれたようだ。
普段の彼からは考えられない行動に--しかし、それはが深く望んでいたことである。
この状況下であっても、はその嬉しさにふわりと微笑んだ。
「・・・・・・皮肉なものだな。
長年追い求めたものが不要になった途端、転がり込んでくるとは」
アレクセイはそう言いながら目を伏せる。
「そう、満月の子と銀の力、それに我が知識があればもはや宙の戒典など不要」
「何、寝言言ってやがる。つべこべ言わずエステルとを返しな」
アレクセイがにやりと笑うと、ユーリはアレクセイを鋭く睨んで剣を構え、一歩前に出た。
「ふん。彼女らがそれを望まれるかな?」
「どういうこと!?」
ジュディスがアレクセイの言葉に驚きの声をあげ、ユーリ達はとエステルを凝視する。
「私は・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
は下を向いて俯き、エステルは胸の前で手を握り締め、ユーリ達から目を逸らした。
「エステル!も、一体どうしたのよ!!」
リタが顔を歪め、こちらに叫んでくるが、はぎゅっと目を瞑る。
シュヴァーンの命がアレクセイに握られている以上、にはどうすることも出来ないのだ。
横ではエステルが、「一緒にいると皆を傷つけてしまうからどうしたらいいのかわからない」とユーリ達に叫んでいる。
ユーリがそれにも構わず、「四の五の言うな!二人とも来い!!」とこちらに手を差し伸べ、また一歩前に進むと、エステルの体から発した紅い光が衝撃波となってユーリ達に襲い掛かった。
ユーリ達はそれに耐え切れず、苦痛の声を上げて、後ろに吹き飛ばされた。
「もう・・・・・・イヤ・・・・・・」
自分の力で傷ついていくユーリ達をそれ以上見ていられなくて、エステルはぎゅっと目を瞑った。
その様子を面白そうに眺めていたアレクセイはユーリを呆れたように見下ろす。
「いかんな、ローウェル君。
ご婦人のエスコートとしてはいささか強引すぎやしないかね。
紳士的ではないな」
「生憎、紳士と無縁の下町育ちでな。行儀と諦めの悪さは勘弁してくれ」
「今となってはその剣は邪魔以外の何物でもない。
ここで消えてもらう」
あくまでも余裕のある態度のユーリにアレクセイはふん、と鼻で笑いそう言うと、外に向かって歩き出した。
アレクセイの動きに合わせて、エステルとの球体も浮かび上がり、そちらに移動する。
その入れ違いになるように、親衛隊の騎士達がアレクセイを追おうとするユーリ達の前に立ちふさがった。
は遠くなっていくユーリ達の姿をじっと目に映していたが、目の端に、オレンジの影が映ったのに気付き、そちらに顔を向けた。
「シュヴァーン!?」
それはここにいるはずのないシュヴァーンであった。
が驚きに目を見開き、それ以上声を出せないでいると、シュヴァーンはアレクセイに小さく頷き、の方は一度も見ずにユーリ達の方に向かっていった。
「アレクセイ、どういうこと!?
彼がここにいるなんて、約束が違うわ!!」
ははっと我に返り、アレクセイに問い詰めた。
シュヴァーンは以前から自分自身を死人と言い、終わることのない生に絶望していた。
そしてその絶望はいつしか死への渇望へと変わり、彼はエステルを攫う事で、ユーリ達に討たれようと考えたのだ。
アレクセイもユーリ達が追って来た時のために、シュヴァーンを足止めに使おうと考えていた。
それを知ったは、彼をその任務に付かせない事を条件に、アレクセイに捕らわれたのだ。
それはすべてシュヴァーンを救うため、しいては仲間同士で戦うことを避けるためであったのに・・・・・・。
「彼がそれを望んだからですよ」
「どういうこと・・・・・・?」
「彼はあなたとの生を望んだ。
だから私は『君がそれを望むなら追っ手を足止めしろ』と言った。
ただ、それだけです」
「そんな・・・・・・」
要するに、アレクセイはシュヴァーンの命の源である心臓魔導器を盾にとったのだ。
シュヴァーンはアレクセイに命を握られている。
自分のしたことは全て裏目に出てしまったのだろうか。
は笑みを浮べるアレクセイを鋭く睨むと、自分の行く手を塞ぐ忌々しい障壁に向けて両手を当てた。
すると次の瞬間、の髪は眩い光を放って逆立ち、重ねた手の平からは蒼い閃光が迸る。
術により砕け散っていく障壁から飛び出すと、シュヴァーンが向かった先には走り出した。
「ふむ・・・・・・。
先程破れなかった障壁を壊すとは・・・・・・。
まだまだあの力は未知の力を秘めていそうだな」
アレクセイはしばらくが向かった先を惜しむように見つめていたが、手に持つ聖核とエステルとを見やると、
「まあ、いい。今は時間が惜しいのでな。
あの娘はまた今度手に入れることにしよう」
と、言い、神殿の外に向かって歩き出した。
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