バウルでバクティオン神殿に近づくと、アレクセイが呼び寄せたのであろう、神殿の横にはヘラクレスがつけてあった。
バウルがヘラクレスに撃墜されては堪らないので、ユーリ達はバウルから降り、徒歩で神殿で向かった。
すると、ヘラクレスがその主砲で上空を飛んでいた始祖の隷長のアスタルを神殿に追い込んでいるのが見える。
何を企んでいるかは分からないが、ここにアレクセイがいることは間違いないようだ。
ユーリ達は互いに頷きあうと、神殿の道へと駆け込んだ。
神殿の入り口の階段付近に、アレクセイは親衛隊を従えて立っていた。
その傍にはエステルとを封じた青く光る透明な球体が浮かんでいる。
の方の球体の周りには何もなかったが、エステルの方には大振りの聖核がいくつも周りを囲っていた。
アレクセイはそれらと自分の持つ小振りの聖核を満足げに見やり、笑みを浮かべた。
「エステル!!」
ユーリの叫ぶ声が聞こえる。
は項垂れていた顔をあげ、そちらを見やった。
ユーリが剣を構えながらアレクセイの方に駆け出すと、アレクセイの傍に付き従っていた騎士達がそれを遮るように武器を構え前に出た。
そこでやっとアレクセイはユーリ達を振り返り、目を細める。
「イエガーめ。雑魚の始末も出来ぬほど腑抜けたか」
「エステルとを返せ!」
「エステル、目を覚まして!エステル!」
リタがエステルに向かって叫ぶ。
は起きていたが、エステルは気を失っていた。
先程アレクセイがにも眠るように聖核を操作していたが、それはには効かなかったのだ。
「よかろう」
アレクセイはそれを冷ややかな目で見つめ、エステルとの方を見やった。
彼はエステルと自分の力をここで使うつもりだ。
それが意図するものを察し、はぎゅっと目を瞑り、身構えた。
それをみたアレクセイは鼻先で笑ったあと、聖核を高く掲げた。
すると、聖核とエステルの体が赤く光り、の体からは眩い光が発せられる。
「うあ!
―――あ・・・・・・あああ!!」
聖核によって操られたエステルが苦しげに呻き声を上げると、彼女の体からユーリ達に向かって衝撃波が発せられた。
ユーリ達はそれに弾き飛ばされ、神殿の石畳に叩きつけられる。
しかし、エステルの力に吸い寄せられるようにの体から立ち上っていた光はの耳元に吸い込まれるようにして消えた。
ははっとしてイヤリングを握りしめた。
「なんだと・・・・・・!?」
アレクセイが驚きの声をあげてに近寄り、彼女のその手を払った。
髪に隠れて見えていなかったが、このイヤリングには見覚えがある。
確か、自分が追い求めていた宙の戒典には及ばないが、これもエアルを鎮める特殊な力があったはずだ。
それを思い出したアレクセイは、の耳からイヤリングを奪い取り、それを地面に叩き付けた。
「まさかこんなものに邪魔されるとはな」
「どういう、ことだ・・・・・・?」
今正にアレクセイが投げ捨てたイヤリングは、フレンが言っていた、副帝の証であるイヤリングに違いない。
それに--今は不発に終わったみたいだが、が見せた力はいったい何なのだろうか。
ユーリは石畳に叩きつけられた痛みを堪え、険しい視線をアレクセイに送った。
アレクセイはそれに冷笑で返す。
「ふん、そのイヤリングにはエアルを拡散させる力があるのだよ」
「それが、どうと関係あるのよ・・・・・・!」
リタも同様に痛みに顔を顰めながら、アレクセイに向かって叫んだ。
「これはおかしなことだ。この娘と一緒にいながら諸君は何も知らないのだな」
そう言いながらに視線を向けるアレクセイ。
はそれから目を逸らすように顔を背けた。
それにアレクセイはにやりと笑みを浮かべる。
「・・・・・・いいだろう。冥土の土産に教えてやろう。
この娘はな、始祖の隷長と人間との間に生まれた子供なのだよ」
「なんだって・・・・・・?」
「始祖の隷長はエアルを蓄積し、死と引き換えに聖核を生み出す。
しかし、この娘はその特殊な存在故、人の体を媒体として、自在にエアルを取り出すことができる。
いわば体そのものが、聖核ということだ」
「!?」
ユーリ達はアレクセイの言葉に愕然とし、声を失った。
その時、アレクセイの傍に一人の騎士が駆け寄り、何かを囁いた。
それにアレクセイは頷くと、ユーリ達に背を向ける。
「諸君の始末は部下達に任せるとしよう。
私はこれでも忙しいのでな、くくく・・・・・・」
「く・・・・・・そ・・・・・・」
の力というものが加わらなかったお陰か、なんとか意識は保っていられるが、体はとても動きそうにない。
エステルとを封じた球体と共に、アレクセイが神殿の奥へと向かうのを見ているだけしか出来ないユーリは悔しげに呻く。
アレクセイの姿が視界から消えると、待ってましたとばかりに親衛隊の騎士達が武器を構え、こちらに襲い掛かってきた。
キン、キンと剣の交じり合う音が響く。
ユーリ達の目の前には、親衛隊を相手にするソディア達の姿。
親衛隊の最後の一人を倒すと、ソディアは剣を鞘に仕舞い、ユーリを怒鳴るように振り返った。
「起きろ!いつまで寝てる!」
先程より体が回復してきたようだ。ユーリはその言葉に起き上がる。
「あんた、フレンの・・・・・・。なんでここに?」
「フレン隊長の命令です。ヘラクレスの動きを知って僕たちを向かわせたんです。
隊長のご厚意に感謝して欲しいですね」
「ったくフレンのやつ・・・・・・余計なお世話だっつっとけ」
自分の身も危ないというのに、フレンはどうやら一小隊をこちらに寄越してくれたようだ。
相変わらずの彼の配慮に、ユーリは小さく苦笑する。
それにソディアは眉を顰め、
「隊長はあれから寸刻を惜しんで奔走している。
それなのに貴様のザマはなんだ。散々大口叩いたくせに」
ユーリの目の前で歩いてくると、彼をキッと鋭い目で睨んだ。
「お前の隊長と違ってこっちはデキが悪いんだよ。
―――おい、みんなしっかりしろ」
ユーリは皮肉げな笑みを浮かべそれに答えると、立ち上がり、仲間達に声をかけた。
「ん・・・・・・あれ、あんたたち」
「助けてくれたらしい。フレンに言われたんだと」
リタが何故ソディア達がここにいるのかと首を傾げたので、ソディア達を見やりながらそれに答えるユーリ。
「・・・・・・なぜおまえなんだ。
なぜおまえみたいなやつがフレン隊長の友人なんだ!
隊長は私たち騎士の憧れだ。あれこそ帝国騎士の鑑だ。
なのに!」
今まで溜め込んできた言葉が、ユーリを目の前にして爆発したのか、そう言いながら、ソディアは目尻を下げる。
「お前と一緒だと隊長は隊長でなくなってしまう。
今回のことだって・・・・・・」
「くだらねぇ。そんな話ならそのリンゴ頭とでもすりゃいいだろ。
オレたちゃあんたの愚痴に付き合ってる暇はないんだよ」
「り、リンゴ頭ぁ!」
「貴様!!」
ユーリの言葉にウィチルが声を張り上げ、ソディアは怒りを露にして剣の柄に手をかけた。
ウィチルがソディアの目の前に慌てて飛び出して、それに制止をかける。
ソディアはそんなウィチルを目に映すと、やっと剣を下ろし、
「・・・・・・これだけは言っておく、ユーリ・ローウェル。
おまえは・・・・・・おまえの存在は隊長のためにならない!」
と言って、奥にいる部下たちの方へ向かっていった。
ユーリの横でジュディスが「激しい人ね」とソディアの感想を漏らす。
ウィチルはわざとらしく咳払いをすると、フレンからの伝言を伝えた。
それは『頼んだ』という短い言葉であったが、フレンの想いが凝縮された言葉で、ユーリは口の端を小さく持ち上げた。
「こ、これで僕らの任務は果たしましたからね。
後は勝手にしてください」
「小隊、撤収するぞ!急いで本隊に戻る」
ソディアが指示を出すと、フレン隊の騎士達は隊列を組み、神殿の外へ出て行った。
「ユーリ・・・・・・」
アレクセイの言っていた事がよほど衝撃的だったのだろう。
ソディア小隊が去る姿を見送ると、カロルが泣きそうな顔をしてユーリを見上げてくる。
「―――それにしても、が始祖の隷長と人との子ってどういうこと?
それにあいつの体が聖核そのものだなんて・・・・・・」
テムザ山の時になんとなくの力に予想をつけていたリタだが、彼女が人ならざる者で、しかもその体が聖核そのものだとはさすがに思いもしなかった。
予想外のその事実にリタは眉間に皺を寄せた。
ユーリはアレクセイが投げ捨てたのイヤリングを拾い、握り締めると、顔を上げる。
「・・・・・・詮索は後だ。
今はアレクセイを追おう。急がないとな」
色々と自分も思うところはあるが、今は二人を助け出すのが先決だ。
分からない事があるなら後で本人に直接聞けばいい。ユーリはそう言って皆を促した。
いくつもの似たような部屋を進み、階段を下ると、親衛隊が厳重に警備している所に出くわした。
しかし、ここまで旅を続けてきたユーリ達の敵ではなく、彼らは難なくそれを退ける。
部屋の奥を見ると、そこには何か鎖で縛られた扉のような物が、侵入者を阻むかのように、立ちはだかっていた。
リタはそれに近寄ると、
「これって・・・・・・
暗号化した術式を鍵として使った封印結界・・・・・・?」
「開けられるか?」
「ろくに研究された事のない未知の古代技術よ」
腕を組みながら結界の上から下までをじっと見つめ、考え込むように頬に手を当てた。
「あたしも本で見たことがあるだけ。
まともに解析しようと思ったら、どれだけ時間がかかるか見当もつかない」
「力づくで破れないかな」
「鍵を掛けるようなものは普通、簡単に破れるようにはできてないでしょうね」
「そっか・・・・・・。
―――あれ、でもアレクセイはどうやって通ったんだろ?」
カロルは持っていた武器を結界に当てるような仕草をしたが、ジュディスがそれに首を振った。
それもそうだ、と俯き、カロルは武器を下ろしたが、ふと、アレクセイのことを思い出し、首を傾げた。
「多分、エステルの・・・・・・満月の子の力で無理矢理鍵を組み替えたんだわ」
「つまりまた力を使わせた、ってことだよな」
「・・・・・・・・・・・・」
ユーリの言葉にリタは目つきを険しくさせた。
神殿の入り口で、アレクセイはエステルを道具のように扱っていた。
エステルの力はエアルを乱す。
確かにその力を使うことは危険なことだが、なによりも大切な仲間がそのような扱いを受けるのが許せなかった。
「誰?」
ジュディスが部屋の入り口の方に向けて誰何の声をあげた。
ラピードは尻尾をピンと伸ばして構え、ユーリは剣に手をやり振り返る。
「デューク・・・・・・なんでここに」
そちらからやってきたのは赤く光る剣を手に持ったデュークであった。
「おまえたちか・・・・・・あの娘、満月の子はどうした?」
「アレクセイがこの奥に連れ去っちゃったんだ!」
「・・・・・・なるほどな。そういうことか」
「あんたは・・・・・・を助けに来たのか?」
デュークはカロルの言葉に納得したかのように小さく頷いたが、続くユーリの言葉は予想していなかったもので、
それに少し目を見開き、デュークはユーリの顔を見る。
「・・・・・・?どういうことだ?」
「あんた、と知り合いなんだろ?
アレクセイのやつ、も一緒に奥に連れて行きやがった」
「・・・・・・そうか」
「・・・・・・じゃあ、やっぱりを?」
ユーリの言葉を聞いてそれきり黙りこんでしまったデュークに、カロルがそう尋ねるが、彼は首を振る。
「・・・・・・いや、私はこの地のエアルクレーネの乱れを収めに来た」
「・・・・・・収めにって、あんた具体的になにするつもりよ」
リタが訝しげに首を傾げた。
デュークはそんなリタの姿を目に映し、静かに口を開く。
「エアルクレーネを鎮め、その原因を取り除く」
「はっきり言ったらどう?エステルを殺すって」
「ったくどいつもこいつも・・・・・・
よってたかって小娘ひとりに背負い込ませやがって」
デュークの言葉にジュディスが呆れたように腕を組み、ユーリはデュークを咎めるような声をあげた。
「暴走した満月の子を放置してはおけん」
デュークはきっぱりとそれを寸断する。
「あんたもフェローと同じ石頭かよ。
同じ人間同士もう少し話が通じるかと思ったんだけどな」
「人間同士であることに意味などない。ひとりの命は世界に優越しない」
「その世界ってのもバラしゃ全部ひとりひとりの命だろうが。
いいか、あの馬鹿で世間知らずのお嬢様はオレたちの仲間なんだよ。
部外者はすっこんでろ!」
ユーリのその力強い言葉は、誰であっても仲間に手出しはさせないという決意の現れで、
他の仲間もデュークを睨んだ。
デュークは小さく息を吐く。
「あの娘がどれほど危険な存在か、知った上で言っているのか?」
「知ろうが知るまいが、義を持って事を成せ、ってのがウチのモットーなんでな。
どうしてもってなら、悪いが相手になるぜ」
そう言って、険しい目つきでデュークを睨むユーリ。
デュークはそんなユーリをじっと見つめ、一瞬目を瞬くと、
「・・・・・・いいだろう。
ならばフェローが認めたその覚悟のほど、見せてもらおう」
手に持っていた剣を、彼はユーリの方に放った。
「宙の戒典だ。エアルを鎮めることができるのはその剣だけ。
掲げて念じろ。そうすれば後は剣がやる」
「宙の戒典・・・・・・」
「待てよ、デューク」
ユーリは踵を返そうとするデュークに制止の声をかける。
そして、デュークが放った宙の戒典を手に持ち、それをじっと見つめた。
「宙の戒典といや行方知れずの皇帝の証の名前だ。
なんであんたがそれを持ってる?
なんでそれがエアルを制御できる?」
あんた、一体何者だ?とユーリはデュークの方を見やり、問う。
それに足を止めるデューク。
しかしその時、何かの爆発音が轟き、建物全体が揺れた。
何事か、とカロルやリタが周りを見やる。
それをデュークは一瞥し、
「その問いの答えを得ることが今のお前たちの願いではあるまい。
行け。手遅れになる前に」
彼はそれ以上の追随を許さず、歩き出し、
「始祖の隷長が背負う重荷、それがどれほどのものか身をもって知るがいい」
と、言い残していった。
始祖の隷長の背負う重荷とは一体何のことだろうか。
さっぱり見当も付かず、ユーリ達は首を傾げたが、とりあえず、詮索は後だ、とユーリは結界に向き直り、剣を構えた。
すると、ユーリの周りを術式が取り巻き、剣をそのまま掲げれば、それは眩い光を発して宙に立ち昇る。
目の前にあった結界の赤い光はそれに合わせて徐々に光を失い、しまいには綺麗さっぱり立ち消えた。
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