見渡す限りは、全てが瓦礫と化していた。
かろうじて前方に建物のような形のものが残っているが、以前来た時の街の面影の影も形もない。


「これは・・・・・・」
「どうなってんの?完全に廃墟だよ・・・・・・?」


変わり果ててしまったヨームゲンの街を、呆然とした顔で見渡すユーリ達。


「昨日今日ってものじゃないわ・・・・・・。
 もう何百年も経ってる痛み方よ」
「静かに。誰かいるわ」


ジュディスが注意を飛ばす。
そちらを見やると、町の奥に長い銀の髪の男と、大きな翼を持った魔物の姿が見えた。


「デューク・・・・・・!」
「リゾマータの公式の手がかり!」


ユーリとリタがそれに声をあげる。


「あいつは・・・・・・カドスの喉笛のヤツだ」
「デュークのツレだったとはな」


遠くて会話の内容は聞こえないが、デュークは魔物と何か話をしているようだ。
そういえば、はデュークの知り合いだった。
彼はの素性を何か知っているのだろうか。
多分はエステルと共に姿を消した。
ミョルゾの長老は心配ないとは言っていたが、何が起きているのか分からない以上、些細な事でも知っておいたほうが良い。
デュークに詳しく話を聞こうと、ユーリはそちらに向かって歩き出した。


「ユーリ!?」


その行動に驚いて、声をかける仲間達。
しかし、ユーリがデュークの元に辿りつく前に、デュークは魔物の背中に乗り込み、そのままどこかに向かって飛んでいってしまった。
それを見たユーリは立ち止まり、小さく溜息を吐いた。
それは単純にのことを聞く前にデュークが去ってしまったことへの溜息なのか、聞かなくてすんだ事への安堵の溜息なのか。
ユーリには分からなかった。
がひた隠しにしていたそれを聞いてしまったら、もう後には戻れない気がする。
それだけは感じていた。





「逃がしたか」


その時、後ろからアレクセイの声が聞こえた。
それに驚いて、ユーリ達は後ろを振り返る。


「時間がない。残念だが、こうなればもはや止むをえんな」


アレクセイは自分の直属の部下である親衛隊を引き連れて、町の入り口付近であった場所に立っていた。


「アレクセイ。何でこんなとこに・・・・・・」
「ほう、姫を追ってきたか。
 よくここが分かったな」
「エステルがどこにいるか知ってるの?!」


リタがそう言って、アレクセイに駆け寄ろうとすると、彼の傍に控えていた騎士がその前に立ち塞がり、武器を構えた。
それを見たリタはすぐに足を止め、後退りする。


「な、何するんだよ!」
「ふん」


カロルが抗議の声をあげるが、アレクセイはユーリ達を冷たい目で見やり、鼻で笑った。
ユーリはそれを険しい目つきで見つめる。


「何の冗談だ?騎士団長さんよ」
「君たちには感謝の言葉もない。
 君たちのくだらない正義感のおかげで私は静かに事を運べた。
 ラゴウもバルボスもそれなりに役に立ったが、諸君はそれを上回る、素晴らしい働きだった。
 まったく見事な道化ぶりだったよ」
「・・・・・・え?え?」


満足そうに口元に笑みを浮かべるアレクセイに、状況が分からず、カロルはアレクセイとユーリの顔を交互に見た。


「だがもう道化の出番は終わりだ。
 そろそろ舞台から降りてもらいたい」
「そういうことかよ。
 ・・・・・・何もかもてめぇが黒幕・・・・・・?
 笑えねぇぜ!アレクセイ!!」


アレクセイを鋭く睨みつけると、ユーリは吐き捨てるようにそう言って、剣の鞘を飛ばして、武器を構えた。
その時、アレクセイの後ろの方からフレンがこちらに駆けて来るのが見えた。


「騎士団長!!」
「ふん。もう一人の道化も来たか・・・・・・」
「フレン・・・・・・」


ユーリはフレンを静かに見やった。


「騎士団長!何故です!
 帝国騎士の誇りといわれたあなたが、何故謀反など・・・・・・」
「謀反ではない。真の支配者たるものの歩むべき覇道だ」


フレンが肩を怒らせながらそう説くが、アレクセイはそれに顔だけ向けて冷ややかな笑みを浮かべた。


「ヨーデルさまの信頼を裏切るのですか!」
「ヨーデル殿下・・・・・・ああ、殿下にもご退場願わないとな」
「ばかな・・・・・・」


アレクセイの謀反を裏づけするその言葉に、フレンは胸の前で拳を握り締め、悔しげに呻いた。


「マイロード。準備が整ったようでーす」


いつのまにそこにいたのか、イエガーが崖の上に現れ、アレクセイに声をかける。
キュモールについていた時やドンを陥れた時といい、イエガーもまた、ユーリ達の行く手を遮る者だ。
そのイエガーがアレクセイの元についているとなると、それも全てはアレクセイの指示だったのだろうか。
ユーリ達はその事実に驚き、目を見張った。


「ご苦労。では私は予定通りバクティオンへ行く。
 ここはお前に任せる。
 ・・・・・・ヨーデルの始末もな」
「イエス。マイロード」


アレクセイが指示を飛ばすと、イエガーは頷く代わりに自分の前髪をさっと払って答えた。


「まて!アレクセイ!」
「逃がすかよ!」
「―――通さない」


そのまま立ち去ろうとするアレクセイにフレンが身を乗り出し、ユーリもそちらに駆け寄ろうとしたが、ゴーシュとドロワットがその前に立ち塞がった。
その間にアレクセイは部下を引き連れて、砂漠の向こうへと消えていく。
ユーリとフレンの二人は苛立たしげにゴーシュとドロワットを睨み、剣の柄に手を掛けた。


「邪魔するのなら・・・・・・」
「どきなさいよっ!」


ジュディスとリタも各々に構え、イエガー達を睨む。
しかし、イエガーは静かにユーリ達を見やり、口の端を持ち上げる。


「ユーたちのプリンセスもバクティオン神殿でーす」
「なんだと!?」


イエガーが口にしたのは、エステルの行方だった。
思いもかけなかったその言葉に驚いたが、ユーリは手にしていた剣を下ろし、


は・・・・・・は一緒じゃないのか?!」


の行方も尋ねる。

エステルは神殿にいるとは言ったが、イエガーはがどこにいるとは言わなかった。
もしかしたら、彼女はエステルとは別な所にいるのだろうか。
共にレイヴンの姿が見えないのも関係するのかもしれない。

しかし、イエガーは微笑を浮かべるだけで、それには答えず、


「早く行かないと手遅れちゃうわよん」


ゴーシュがそう言って煙玉を前に放り、そのまま姿を消した。


「くっ」


煙玉は視界の全てを覆い尽くし、それには立ち往生するしかないユーリ達。
フレンは部下を素早く振り返り、手を振りかざし、彼らに指示を飛ばす。


「アレクセイとイエガーを追え!」
「はいっ!」
「ユーリ、ボクらも!
 ―――ユーリ・・・・・・?」


フレンの指示で騎士達が動き出すのを見たカロルは、ユーリに声をかけたが、ユーリの様子が少しおかしい。
彼はアレクセイを追うでもなく、じっと厳しい目でフレンを見つめている。
それに気付いたカロルは訝しげに首を傾げた。
フレンも同様にユーリを見つめ返す。
暫くして、ユーリがフレンの方に一歩近づこうとすると、
 

「ユーリ・ローウェル、おとなしくしてもらおう」


ソディアが剣を抜いてユーリに切っ先を突きつけた。
しかし、ユーリは気にせず、再び一歩足を進める。
それを見たフレンはソディアに目で合図し、彼女に剣を収めさせると、


「・・・・・・バクティオン神殿はピピオニア大陸にあるそうだ」


と言った。


「ピピオニア・・・・・・デズエールの東の大陸ね。
 エゴソーの森がある」
「イエガーの言葉を信じるの?!」


散々煮え湯を飲まされた相手だ。
嘘を言っている可能性も否定しきれない。
カロルはそれを示唆して声をあげたが、


「アレクセイも向かったってんならきっとエステルもいるわ!」
「情報が少ないし、行ってみるしかないわね」


リタとジュディスがイエガーの言葉を肯定した。


「でも、レイヴンとは?」


イエガーは二人の事は何も言っていなかった。
エステルはそこにいるかも知れないが、二人がいるかどうかは分からない。


「エステルを渡してどっかに逃げちゃったんでしょ!」
「そんな・・・・・・レイヴンとがそんなことするはずがない・・・・・・!」


首を大きく振ってリタの言葉を否定するカロル。


「現にエステルはさらわれちゃってあの二人はいない!
 そう考えるのが・・・・・・論理的でしょ!」


レイヴンとは自分達と旅をする前からの知り合いだった。
二人が何を考えて旅について来ていたのか今となっては、知る由もない。
もしかしたら最初からこれを狙って自分達に近づいてきたのかも知れないのだ。

あたしだってこんな事考えたくはないわよ!と、リタは怒鳴るようにカロルを振り返った。
それを受けたカロルは顔を顰め、小さく俯く。
ジュディスが「彼らも捕まったのかもしれないけどね」と、違う可能性も示唆するが、


「・・・・・・とにかく!行くわよ!ユー・・・・・・」


リタはユーリに顔を向けたが、ユーリがフレンを睨んだままなのに気付き、途中で言葉を止めた。


「ユーリ・・・・・・」


フレンが小さくユーリの名前を呟いた。
それでフレンにまた一歩近寄るユーリ。


「・・・・・・フレン、ちょっと顔貸せ」
「分かった。向こうで聞こう」


フレンがそれに頷き返すと、ユーリとフレンの二人は奥に向かって歩いて行った。
残されたリタ達は顔を見合わせ、二人の後姿を見送った。


「ユーリのあんなに怒ってるとこ、ボク初めて見たよ・・・・・・」
「そうね、それだけ彼も切羽詰ってるってことかしら」
「ったく・・・・・・そんなヒマないっていうのに・・・・・・」


そう苛立だしげに呟いたリタは、ユーリ達の向かった先へと歩いていく。


「え、ちょっと、リタ!?」
「あいつに渇入れてくる」


カロルの呼び止める声に、リタはさっきから腑抜けた顔をしているフレンを顎でしゃくった。










「―――いや、それも元はといえば僕がアレクセイの本性を見抜けなかったせいだ。
 疑問を感じながらも騎士として命令を遂行することに固執してしまった。
 僕の思慮の浅さが今回の事態を招いたんだ・・・・・・!」
「嘆くのがあんたの仕事なの?」


リタがユーリ達に近寄ると、やはりフレンはその顔と同じように腑抜けた事を言っていた。
それにリタは呆れた声をかける。
すると、ウィチルが「無礼だよ!」と声を張り上げる。
しかし、フレンはそれを抑えるように首を振った。


「いや、彼女の言うとおりだ。僕は責任を取らないといけない。
 エステリーゼ様は必ず救い出す。だからウィチル、ソディア。
 それまでユーリたちと共にヨーデル殿下をお守りしてくれ」
「あん!?」


何を血迷っているんだ、というかのようにユーリが問い返した。
それをフレンは静かに見つめ返す。


「親衛隊がエステリーゼ様を連れ去るのを僕は阻止できなかった。
 僕には彼女を助け出す義務がある」
「隊長!それじゃヨーデル様はどうするんですか!
 今、殿下の身になにかあったら、帝国は・・・・・・」
「その通りだ、だからこそ我が隊の総力をあげてヨーデル様をお守りするんだ」


フレンは一人でエステルを助けに行く決意を固めたようだった。
彼の言葉からそれに気付いたソディアは目を見開き声をあげる。


「ですが隊長は・・・・・・!」
「ったく・・・・・・。
 オレはおまえにそういうけじめつけさせたくて怒鳴ったワケじゃないっての。
 エステルを助けるのはオレたち凛々の明星だ。
 おまえにはおまえのやることがあるだろ。
 ・・・・・・天然殿下のお守りとかな」


そう言って口の端をあげるユーリ。


「それに、も助け出さなきゃいけないしな」
「ユーリ、・・・・・・そのことなんだけど・・・・・・」


ユーリが小さく呟いた言葉に、フレンは言い辛そうに声を漏らした。


「ん?なんかあんのか?」
「僕は以前彼女にイヤリングを借りたことがあったろう?」
「ああ・・・・・・そんなことあったな」


確か、カプア・ノールの一件ではフレンにイヤリングを貸していたはずだ。
ユーリはそのことを思い出し、頷いた。


「あのイヤリングはどうやら皇帝家のものであるみたいなんだ」
「なんだと・・・・・・?」


思いがけないフレンの言葉に、ユーリは眉を顰めた。


「あの時、はメモと一緒に、もし万一またラゴウが権力を楯に振りかざしてきたら、
 これを使ってと僕に告げていたんだ」
「そうなのか?」


ユーリの問いにフレンは頷き、結局それを使う機会はなかったんだけどね、と続けた。


「それで、僕はずっとそれを不思議に思っていて、
 それとなく文献を調べていたら、最近ようやく分かったんだ」


フレンはそこで声を潜め、詳しい説明を始める。

フレンの話によると、が持っていたイヤリングは、皇帝の証となる宙の戒典とは別の、ブルークリスタルロッドと共に副帝の証となるもので、それもやはり宙の戒典と共に行方不明になっているとの事だ。
その存在はブルークリスタルロッドと違って貴族の間にしか明らかにされていなく、フレンもアレクセイの持っていた文献を見て初めて知ったようだった。


「どういうことだ・・・・・・?」
「ともかく、が攫われたのはそれに関係しているのかもしれない。
 僕もその事は後で調べておくから、・・・・・・ユーリ、彼女のことも頼む」


フレンは目に強い光を宿し、ユーリを見つめた。
いわれなくても、とユーリは大きく頷く。


「隊長、一刻を争います。ヨーデル殿下の元に参りましょう」


ソディアが静かにフレンに近づき、声をかけた。


「・・・・・・わかった」


それに頷き、フレンはソディアの方まで歩くと、


「―――ありがとう。ユーリ」


ユーリに背を向けたまま、礼の言葉を述べた。


「お互いな。
 ちっと安心したぜ。久々にらしいところ見れて、な」


それにユーリは小さく笑う。
フレンは伏せていた目を開け、口の端を少し持ち上げると、そのまま部下と共に去っていった。
その後姿を見送ったジュディスが静かに口を開く。


「アレクセイ・・・・・・。
 彼が・・・・・・ヘルメス式の技術を持ち出していたのね」
「ああ。良くも悪くもひとつにつながったって訳だ」


ユーリはそれに頷き返すと、確固たる意志の宿った眼差しで、仲間達の顔をじっと見つめた。


「よし!バクティオン神殿に行くぞ。
 エステル達を助けてアレクセイのヤツをぶっ飛ばす!」


のことはミョルゾの長老の言葉といい、フレンの言葉といい、色々と気になる点はあるが、詮索は後だ。
彼女は旅の間ずっと自分達を支えてくれていた。
それは確かなことだ。
ユーリは虚空をじっと見据えると、足元の砂を踏みしめた。