クリティア族の街、ミョルゾは人の世から隔絶された環境にあるためか、不思議な雰囲気の漂う街である。
人々はどこかのんびりとした気質で、入り口でクリティア族の人たちに囲まれると、気の短いリタはいらいらと肩を震わせた。
それに苦笑しながらは空を見上げるが、クローネスの白く透き通った体越しにあるせいか、あいかわらず空はぼんやりとしか見えなかった。

街の中央に入る大きな扉を開けてくぐると、目の前に沢山の魔導器が積み上げられていた。
それに気付いたリタはそちらに駆け寄り、屈んで魔導器をじっと見つめた。


「あたしの知らない魔導器がたくさんある・・・・・・」
「魔導器を作った民・・・・・・どうやら本当ってことか」


ユーリも魔導器の傍に近寄り、覗き込んだ。
リタは屈んでいた体勢を戻すと、ユーリに顔を向ける。


「・・・・・・そうね、こんな魔導器を見せられれば、そんな話も信じられるわ」
「お嬢ちゃんの力を何とかする方法、ここで案外、さらっと見つかったりして」
「そう・・・・・・だったら、いいんですが・・・・・・」


レイヴンの楽観的な声にエステルは祈るように胸で手を組んだ。
カロルもユーリ同様に魔導器に近寄り覗き込むと、「・・・・・・動いてないね」と呟いた。
リタは再び魔導器を見やる。


「魔核がない。筺体だけだわ」
「この街は魔導器を捨てたの。ここにあるのはみんな大昔のガラクタよ」


ジュディスがそう説明すると、ユーリ達はジュディスを振り返った。


「どういうこと?」
「それがワシらの選んだ生き方だからじゃよ」


ユーリ達の後ろ、街の奥から、老人の声が響いた。
ジュディスはその声の主に気付き、声をかける。


「お久しぶりね。長老さま」
「外が騒がしいと思えば、おぬしだったのか。戻ったんじゃの」
「この子たちは私と一緒に旅をしている人たち」
「ふむ」


ユーリ達に声をかけた人物は、クリティア族の長老であった。
ジュディスの説明に、長老はユーリ達を見やる。


「おや、そこにおるのは、もしやか?」
「ええ、こんにちは」


は長老の前にでると、小さく会釈をした。
それに頷き返すと、長老はのんびりとした動作でジュディスを見やった。


「そうか、ジュディスと一緒にのう・・・・・・」
「ええ、旅をしてる時に偶然会ったの」
「え、もしかして、ジュディスと知り合いだったんです?」
「そうよ」


エステルが驚いてとジュディスを交互に見つめる。
はそれに頷いた。


「えぇ!?そんなこと一言も言わなかったじゃん」
「だって聞かれてないし」


カロルの非難めいた声には平然と答えた。


「そ、それはそうだけど・・・・・・。
 それにしたって、もっと・・・・・」
「まあまあ、気にしない気にしない。
 それより長老様、ユーリ達が聞きたい事があるみたい」
「ふむ・・・・・・なにかね?」


がカロルの頭を撫でながら話題を変え、ユーリを指差し、長老に声をかけると、長老はユーリに顔を向けた。


「これは・・・・・・魔導器ですな。もしや使ってなさる?」
「ああ。武醒魔導器を使ってる」


長老がユーリの腕についている武醒魔導器を見て尋ねたのでユーリはそれに頷いた。


「ふーむ。ワシらと同様、地上の者ももう魔導器を使うのをやめたのかと思うていたが・・・・・・」
「ここの魔導器も特別な術式だから使ってないんです?」
「魔導器に特別も何もないじゃろ。
 そもそも魔導器とは聖核を砕き、その欠片に術式を施して魔核とし、エアルを取り込むことにより・・・・・・」
「ちょっ!魔核が聖核を砕いたものって?!」


長老の言った内容に驚き、リタは長老の方に身を乗り出した。
長老はリタに頷く。


「左様、そう言われておる。
 聖核の力はそのままでは強すぎたそうな。
 それでなくても、いかなる宝石よりも貴重な石じゃ。
 だから砕き、術式を刻むことで力を抑え、同時に数を増やしたんじゃな。
 魔核とはそうして作られたものと伝えられておる」


魔導器が作られたその背景には、聖核があった。
その事を伝えられたユーリ達は全員沈黙する。
はそんなユーリ達を目に映し出した後、そっと彼らから目を逸らした。


「・・・・・・皮肉な話だな」
「うん・・・・・・」


思い沈黙を破って呟いたユーリ言葉に、カロルは頷き返す。


「魔導器を嫌う始祖の隷長の生み出す聖核が、
 魔導器を作り出すのに必要だなんて・・・・・・」
「フェローが聖核の話をしなかったのは触れたくなかったから・・・・・・かもねぇ」


レイヴンが顎に手をやり、しみじみと呟く。
ジュディスはユーリ達を見やり、自身の胸の前に手を置くと、長老の前まで歩いた。


「長老さま。もっと色々聞かせてもらいたいの」
「オレたちは魔導器が大昔にどんな役割を演じたか調べているんだ。
 もしそれが災いを呼んだのなら、どうやってそれを収めたのかも。
 ミョルゾには伝承が残ってるんだろ?
 それを教えてくれないか」
「ふむ、いいじゃろ。
 ここよりワシの家にうってつけのものがある。
 勝手に入って待ってなされ」


そう言って頷いて見せると、こちらに背を向ける長老。
レイヴンはその背に慌てて声をかける。


「おいおい。どこ行くのよ」
「日課の散歩の途中なのでな。もう少ししたら戻るわい」


長老はそう返すと、すぐに街の奥へと歩いていってしまった。


「聖核、魔導器、エアルの乱れ、始祖の隷長・・・・・・色々繋がってきやがった」
「伝承ってのを聞いたらもっと色々繋がってくるかも」


ユーリは顎に手を置いて呟き、リタは腕を組んでエステルを見る。
エステルは無言で長老の去って行った方を見つめていた。


「長老さまの家は屋根の色が違うあの大きな建物よ」
「わかった」


ジュディスが長老の家のあるほうを指差して言ったので、ユーリ達はそちらに向かう事にした。















あの後、達は長老の家でミョルゾに伝わる伝承、クリティア族が魔導器を棄てた所以を聞かせてもらった。
伝承に伝わる満月の子の力をのくだりを聞いた所で、エステルははっと目を見開き、肩を小さく震わせていた。
は長老に借りた家の一室の椅子に座りながらそれを思い出す。
ミョルゾの伝承には伝承であるが故に、個々の言葉の意味までは正確に伝えられていないのだ。
多分エステルは伝承の言葉通りにそれを捉えたのだろう。
自分が止める間もなく、彼女は外に向かって走っていってしまった。
は目を伏せ、小さく溜息をつく。

部屋の中にもさきほどからしんとした空気が流れていたが、


「世界の災い、星喰みかぁ」


と、の前のテーブル越しの椅子に座っていたカロルが突然呟いた。


「あの伝承からだと前に星喰みが起きたのは、
 満月の子の力が原因とは言い切れないもんだった」
「けどよ。世の祈りを受け、満月の子らは命燃え果つってのは・・・・・・」


ユーリが顎に手を当て言った言葉に、レイヴンは異を唱えた。
ジュディスはレイヴンに顔を向け、小さく頷く。


「星喰みの原因の満月の子の命を断ったことで危機を回避したとも取れるわ」
「で、でもさ、ボクたちが確実に原因になってるヘルメス式魔導器を止めれば良いんだよね・・・・・・?」
「ヘルメス式だけじゃないかもな。
 あの伝承からだと、すべての魔導器がエアルを乱してるって感じだった。
 違うか、リタ?」


ユーリは壁に寄りかかっていた体を起こし、リタの方を見やった。
リタは頬に手をあて暫く考えると、ユーリに頷き返す。


「長老、魔導器に普通も特殊もないって言ってた。
 つまり違うのは、術式によって扱うエアルの量の大小のみって事だと思う」
「オレたちが使ってるこいつもか?」
「そうね・・・・・・」


しばらく黙ってユーリ達の会話を聞いていただが、座っていた椅子を小さく後ろに引き、後ろにいたユーリを見上げると、彼らの会話に割り込んだ。
自分が伝えられる範囲は限られているが、それでもユーリ達には知る権利がある。
そう考え、は口を開く。


「武醒魔導器は特殊だけど、術式によってエアルを用いる以上、どの魔導器も同じよ。
 それに術技はどのみちエアルを必要とするもの。
 ヘルメス式も満月の子も本質的には危険の一部でしかない。
 魔導器の数が増え続ければ遅かれ早かれ星喰みが起こる。
 始祖の隷長はそれを怖れてるのよ」


そしてそれをもたらした人間をも始祖の隷長は滅ぼそうとした。
それが人魔戦争の真の発端であるのだ。
はユーリ達には話すことの出来ない真相を胸の内に留め、深く息をついた。


「やっぱそうか」


ユーリはの言葉に再び壁に寄りかかると、溜息をつくように言葉を漏らした。
カロルの横ではリタが拳を握り締め、それをワナワナと震わせていた。


「認めたくなかった・・・・・・!
 悪いのは魔導器じゃない、悪い事に使ってるヤツが悪いんだって。
 そう信じてた・・・・・・でも・・・・・・違った」
「じゃあ全部の魔導器を止めなきゃダメなの?
 このミョルゾの人たちみたいに?」


カロルは眉を顰めると、首を傾げた。


「そりゃ無理な話だ。魔導器はもう俺たちの生活には無くてはならないものだぜ。
 結界魔導器や水道魔導器とか・・・・・・もちろん武醒魔導器も、な」


しかし、レイヴンはそれに異を唱える。

確かに、魔導器は人の世の中にはなくてはならない物になっている。
だからこそ、ここ最近のエアルの乱れは始祖の隷長の調整力を越え、手に余る状況となっているのだ。
それを見ていることしか出来ないはぎゅっと拳を握り、顔を俯かせた。


「たしかにな・・・・・・」


レイヴンの言葉に、ユーリはそう言いながら腕の魔導器を見る。


「実際、こいつがないと、すげぇ化け物とかの相手は無理かもしれない」
「そうだよね・・・・・・」
「魔導器を使っても、エアルが消費しなければ良いのだけど・・・・・・
 夢物語なのかしらね」


リタはずっと額に手をあて悶々と考えていたのだが、何かを閃いたかのようにはっと顔を上げる。


「リゾマータの公式・・・・・・」
「なんだそれ?」


ユーリはリタの呟いた聞いた事のない単語に首を傾げた。
リタは頬に手をあて、ユーリに顔を向ける。


「あらゆるものはエアルの昇華、還元、構築、分解により成り立ってるんだけど、
 そのエアルの仕組み自体に自由に干渉する事が可能になるはずの未知の理論が予想されてるの。
 それを確立するために世界中の魔導士が追い求めている現代魔導学の最終到達点よ」
「それがリゾマータの公式?」


カロルにリタは頷き返し、その詳しい説明をした。
そして、その公式に一番近いのはエステルだという事も彼女は話した。


「なんだかよくわかんねぇが、その公式ってのにたどり着けば、
 エステルは安心して生きてけるってことだな?」


ユーリはその難しい内容に目を白黒させながらも、頭の中でそれを整理した。


「増えすぎたエアルも制御できれば、星喰みも招くことも無くなる理屈ね」
「すごいよ!」


ユーリとジュディスの言葉に、エステルの力をどうにかできるという事をようやく理解したのか、カロルが嬉しそうに声をあげた。


「で、その世界中の学者共が見つけられない公式ってのを探すっての?
 それこそ夢物語でしょ」


レイヴンは手のひらをみせて、やれやれというように肩を竦めた。
それを否定するように、リタは首をぶんぶんと振ってレイヴンを見る。


「絶対たどり着いてみせるわ。
 エステルのためにもあたしのためにも!」
「そうかい・・・・・・」


レイヴンはそんなリタをその目に映し出し、そう呟くと、外に向かって歩き出した。


「あれ?どこいくの?レイヴン?」


その行動を不思議に思い声をかけるカロル。


「散歩よ。世界を救うとか、魔導学の最終到達点とか
 話が壮大すぎて、おっさん、ちっとついてけないわ」


レイヴンは一旦立ち止まり、カロルにそう返すと、部屋の扉を開けて外に出て行った。
はそんなレイヴンの後姿をじっと見つめていた。