「ここがエゴソーの森、クリティア族の聖地よ」
「へえ、思ってたよりのどかで気持ちのいいとこじゃない」


ジュディスの言葉に、リタが辺りを感慨深げに見渡す。
エゴソーの森は深い緑が生い茂り、遠くには山が、近くには川のせせらぎが、日の光に反射して、きらきらと輝いている。
一見のどかで気持ちのいいところだが、ここに物騒な集団が本当に来ているのであれば、のんびりもしていられないだろう。
はリタの横に立つと、遠くを見渡すように、額の上で手を翳した。


「わ、意外。暗くてじめじめした研究室が好きなんだとばっかり・・・・・・」


ぼそりと、小さく感想を漏らすカロル。
それを聞いたリタが腕組んでカロルを半眼で見やり、カロルが頭を防御してしゃがみ込む。
そのいつもの見慣れた光景に、ユーリ達の元に帰ってきたんだなぁと実感し、は感嘆の息を漏らした。


「・・・・・・何もない時に来てみたかったです」
「・・・・・・あれだな、謎の集団が持ち込んだ魔導器ってのは」


エステルが俯いて呟き、ユーリが丘の上を見やり、声をあげた。
ユーリの見ている先を見据えると、確かに、この森に不釣合いな、無骨な魔導器の姿があった。
はそれを見て、目を細める。


「あれ兵装魔導器だ・・・・・・」
「その、謎の集団って何なんです?」


エステルは首を傾げた。


「それはくわしく聞けなかったけど・・・・・・
 とにかく、ミョルゾへの行き方教える代わりにそいつら何とかしろって」
「何とかするってのは、あれぶっ壊しゃいいってこと?」


レイヴンは魔導器を指差し、バーンと撃つ真似をする。


「どうなのかしら。それでいいならそうするけど」


ジュディスはそう言いながら自身の指の関節をぽきぽき鳴らした。
それを見たリタは腕を組み、静かに目を伏せる。


「あんたが壊す必要のないよう、あたしがちゃんと処理するわよ」
「そう?期待してるわ」


にこりと笑ってそう言うと、ジュディスは森の奥へと進んで行った。










兵装魔導器の元へと進む途中、達はトート曰く謎の集団に行く道を遮られた。
それはどう見ても、帝国騎士団長、アレクセイ直属の親衛隊の騎士達で、それに気付いたはちらりとレイヴンの方を見やった。
しかし、当のレイヴンは何の気もしてない素振りで、顎を摩っている。
騎士達は、よほどやましいことがあるのだろう、民間人の立ち入りは禁止だと言いながら、こちらに向かって武器を構えると、問答無用で襲い掛かってきた。





「ったく、鬱陶しいったらありゃしないわ」
「オレは、楽が出来て嬉しいよ」


ユーリは棒読みでにそう答えた。
先程問答無用で襲い掛かってきた敵に対し、は一瞬にして敵を薙ぎ倒したのだ。
それこそ、ユーリ達が手を出す暇もなく。
そのあまりにもみごとなやられっぷりに、ユーリは騎士達の方に多少同情の念を覚えた。


「でも、珍しいね、がここまでやるなんて」
「そうだな・・・・・・何か理由があるのか?」


カロルの不思議そうな声にユーリは同意して、に尋ねた。
はユーリに顔を向けると、んー、と口に人差し指をあて、空を見上げる。


「私、アレクセイの部下達って嫌いなのよね。
 盲目的に主に従っていればいいってもんじゃないのに・・・・・・」


そう言うの横顔が、どこか悲しそうに見えて、ユーリは「・・・・・・?」と声をかける。
はユーリにぱっと、笑顔を向けると、ほら、先進も、と丘の上に向かって歩き出す。
不に落ちないながらも、ユーリ達はその後を追うような形で歩き出した。


「それにしても、謎の集団って騎士団の事だったんですね・・・・・・」


歩きながら、エステルがぽつりと言葉を漏らした。
カロルはエステルを見上げながら、首を傾げる。


「でも、なんでボクたちを襲ってきたのかな?」
「知られたら困るような事をここでやっているからでしょ」
「それがあの魔導器ってこと?」
「だろうな」


ユーリはカロルに頷いてみせる。
きっとあの魔導器は正規の手続きを踏んだ物ではないだろうと、ユーリは確信していた。
でなければこんな辺境の地で、こそこそとする必要のないことだ。

先に進んでいたは、急に頭の中でキィンと鳴り響いた音に眉を顰めた。
はっとして兵装魔導器のある丘の上を見上げると、魔導器の槍みたいな形の先端に高密度のエネルギーが集まっていくのが見えた。


「危ない・・・・・・!」


はその矛先が、ユーリ達にあるのを察し、彼らの元に走り出した。
しかし、そのを遮る形でエステルが前に飛び出すと、胸の前で手をぎゅっと握る。
その瞬間、エステルに向かっていった高密度のエネルギー砲は、エアルに分解され、掻き消えた。
が驚いてエステルを見ると、彼女は力を使うのに酷く体力を消耗したのか、その場にしゃがみ込んだ。


「エステル・・・・・・!」


リタがエステルに心配そうに駆け寄り、ユーリもエステルの様子を見るために、彼女の前に屈んだ。
カロルは目の前で起きた出来事に目を丸くして、首を捻る。


「・・・・・・今、何、したの?」
「ヘリオードでやったのと同じ・・・・・・!
 エステルの力が、エアルを制御して分解したのよ!
 あんたまたそんな無理して・・・・・・」
「ご、ごめんなさい、みんなが危ないと思ったら、力が勝手に・・・・・・!」


リタの怒鳴り声にエステルは、申し訳なさそうに、小さく俯いた。
はじっとエステルを見つめる。


「力が無意識に感情と反応するようになり始めてるのね・・・・・・」
「さっきの攻撃、あれの仕業よね。あたしたちを狙い撃ちしてきた」
「ということは撃たれるたびにエステルが力を使ってしまうってことね」
「・・・・・・そんな・・・・・・わたし、どうしたら・・・・・・」


エステルはジュディスの言葉に困惑するように呟き、ぎゅっと目を瞑った。
ユーリは腰に手を当てながらエステルに肩を竦めて見せる。


「おいおい、おまえはオレたちを助けてくれたんだぜ?」
「そうだよ、まともに食らったら、イチコロ間違いなかったもん。
 悪いのは撃ってきた奴らだよ」


カロルはうんうんと大きく頷き、ユーリに同意した。


「エステルのことも、世界のヤバさもオレたちでケジメつけるって決めただろ。
 今やってることは全部、そのためだ。細かいことは気にすんな」
「でも、こんなの何度もやってたら、フェロー怒るんじゃないの?
 魔導器だろうとフェローだろうと、丸焼きにされんのは勘弁よ」


さすがにフェローは丸焼きなんて真似するはずはないとは思ったが、エステルが力を使うのは避けたほうがいいのは確かだ。


「なに、簡単な話だろ。要するにあの魔導器をなんとかすりゃいいってこった」
「そういうことね」


ジュディスはユーリに頷いた。
リタは拳をぎゅっと握り締め、魔導器の方を睨む。


「あの魔導器使ってる奴ら、ボコってやる」
「よし行こう。なるべく目立たないようにな」


ユーリ達は丘の上へ進んでいった。












「おまえ、そこまで全力投球でやらなくても・・・・・・」
「あら、悪い?」
「いや、いいんだけどな・・・・・・」


ユーリは再び、に瞬殺された騎士達を見て、小さく溜息をつく。
は「ずっと部屋に篭っていたから、暴れたりないのよね〜」とか何とか言ってるし、暫くはこの状態が続くのであろう。
それにしても、ここまで大量に騎士達を警備に配置して、この魔導器で何をするつもりなのだろうか。
ユーリは目の前にある、兵装魔導器を見上げ、じっと見つめた。


「それじゃ、あとはリタの出番ね」


兵装魔導器を指差しながら、はリタに顔を向ける。
に頷き返すと、リタは魔導器に駆け寄り、その制御盤を叩き始めた。


「この子・・・・・・ヘルメス式じゃないけど、術式が暗号化されてる・・・・・・」
「どーいうことよ?」


レイヴンが頭の後ろで腕を組み、不思議そうにリタに尋ねた。


「早い話、暗号鍵がないと動力落とす事も出来ないのよ」
「その暗号とやらを解くのは・・・・・・」
「・・・・・・そう簡単じゃないわ。解くとしても時間が必要ね。
 他の方法は・・・・・・」


ユーリの問いに首を振り、リタは考え込むように腕を組み、頬に手を当てた。


「それほど、時間かける必要はなさそうよ」


ジュディスはそう言うと、おもむろに槍を取り出した。
リタが驚きに目を見開くが、ジュディスはその槍を木の上に向かって投げる。
次の瞬間、がさがさと騒がしい音をたてて、白いローブを着た男が木の上から落ちてきた。
男はユーリ達を見ると、悲鳴をあげて、頭を抱えて蹲る。
は男に近寄り、しげしげと見つめると、リタを振り返った。


「この魔導器の技師っぽいね」
「ち、違う、違うんだ、いや技師なのはそうなんだけど、ぼ、僕は命令されただけで、
 だ、だからこんなことに協力するのイヤだったんだ・・・・・・」
「早く暗号を解いて、この子を止めなさい!」
「は、はひ、ただいま・・・・・・!」


リタの有無を言わせぬ迫力に、男は竦みあがり、慌てて、魔導器に駆け寄った。


「これで一件落着、晴れてミョルゾに行けるね」


カロルが技師の男を見てそう言った時、は再び、頭に鳴り響く音に気付いた。
小さく舌打ちをし、そちらに向かって走り出す。
ラピードの横を通り過ぎるとき、彼も気付いたのか、ぴんと耳を伸ばし、後ろを振り返った。
はそのままユーリ達に被害が及ばない位置まで走ると、術を唱え始めた。

それに気付いたユーリはの方に向かって走り出す。
しかし、そちらにたどり着く前に、遠くのほうからエネルギー砲が発射されるのが見えた。
ユーリは「ちぃっ!」と大きく舌打ちをしたが、が唱え終えた術をエネルギー砲に向けて発動した。
の術と、高密度のエアルの塊は、正面でぶつかり、お互いせめぎ合うと、暫くして、宙で爆発して消えた。
相殺した力の余波で、崖が少し崩れたが、は無事なようだ。
ユーリはそれを確認すると、ほっと安堵の息を漏らした。


「危なかったね」


こちらの心配をよそに、がにこやかにユーリを振り返った。
ユーリは「おまえなぁ・・・・・・」と額に手を当て俯いたが、の足元の崖が崩れかけているのに気付き、声をあげる。


「・・・・・・っ!!!」
「・・・・・・え?・・・・・・あっ、きゃっ!!」


は一瞬キョトンとしたが、自分の足元がぐらりと崩れるのに気付き、悲鳴を上げた。
ユーリがその体を受け止めようと、走り出そうとした時、ユーリの目の前を紫の影がよぎった。


「ったく、ちゃんったら、危なっかしいんだから〜」


その影はレイヴンだった。
レイヴンは軽々との体を抱き上げると、片目を瞑って見せた。


「レイヴン・・・・・・」


はレイヴンの腕の中で彼の服をきゅっと小さく掴むと、俯いた。
それに小さく肩をぴくんと反応させたレイヴンは、を安全な場所に下ろすと、ぱっとすぐにから離れた。
レイヴンの服つかんだの手は、それに合わせて無残にも引き離される。
ユーリはとレイヴンを交互に見やると、小さく溜息をついた。


「ま、無事でよかったぜ」
、無茶しすぎだよ!!」
「そうそう、昔っから、そゆとこ、変わらないのよねぇ〜」


カロルがこちらに心配そうに駆け寄ってきて叫び、レイヴンは頭の後ろで腕を組むと、カロルに同意した。
は手をきゅっと握りしめると、「ごめん、ごめん」とユーリ達に笑って返した。

魔導器のところに、が戻ると、エステル達が心配そうに駆け寄ってくる。


「まさか・・・・・・、わたしに力を使わせないために・・・・・・!?」
「どうしてあんな無茶するの!」
「本当・・・・・・あなた死ぬ気?」


彼女達は心配そうに、しかしどこか批難げにに詰め寄った。
はどうどう、と彼女達を抑えるように手を前に出す。


「大丈夫よ、あれぐらいじゃ私はやられないわ」
「ごめんなさい・・・・・・わたしのせいで・・・・・・」
「さっき、エステルは私を庇ってくれた。なら、これでおあいこでしょ?」
「でも・・・・・・」
「エステル、ここはありがとう、じゃないかしら?」


エステルが尚も言い募ろうとしたが、ジュディスはエステルをみつめ、そう言った。
エステルはジュディスを振り返り、はっとしたように拳を握ると、に向き直り頭を下げる。


「あ・・・・・・ありがとう、ございます」
「どういたしまして」


はにっこりとエステルに笑いかけた。


「それじゃ、あっちの魔導器もなんとかしようぜ」
「あんた、向こうの・・・・・・
 ―――って・・・・・・!?」


ユーリの言葉にリタは頷いて魔導器の方を振り返ったが、先程までいた筈の技師の男は忽然と姿を消していた。
さっきのどさくさに紛れて逃げたしたのだろう。


「いない!技師の人いなくなってる!」


カロルもそれに気付き、声をあげた。


「逃げ足のはええ・・・・・・早く捕まえましょ」
「待って」


レイヴンが追いかける素振りを見せると、リタはそれを止める。


「あたしがやるわ。
 下手に森をうろちょろしたら、またいつ兵装魔導器から狙われるかわからないでしょ。
 そうなったらまた誰かさんがエステルかばって無茶しちゃうじゃない」
「え・・・・・・でも簡単じゃないって・・・・・・」


カロルが困惑した表情で、リタを見た。


「騎士団さえいなくなりゃ、そんなに慌てる必要もないでしょ。
 それに、あたしを誰だと思ってんの?天才魔導士リタ・モルディオ様よ?
 魔導器相手なら死ぬ気でやるわよ」


リタは魔導器を見上げながらそう言った。


「・・・・・・死ぬ気で・・・・・・・か・・・・・・」


リタの言葉がカロルの胸にすっと浸透する。
自分はいままで死ぬ気で頑張ったことはあっただろうか。
いつも途中で逃げ出して、最後まで頑張ったことはなかったんじゃないだろうか。
それを思うと、カロルは小さく俯いた。
レイヴンはリタとカロルをじっと見つめると、頭の後ろで腕を組み、片足でトントンと地面を踏み鳴らす。


「命を賭けるものがある若人は輝いてるわね〜」
「一度死に掛けた身としては、死ぬ気でってのはシャレにならねぇか」


ユーリが腰に手を当てながら、レイヴンに顔を向け、そう言った。


「ん?死にかけたって?」
「人魔戦争の時、死に掛けたって言ってたろ?」
「ああ、その話したっけか」


そういえばテムザ山でそんな話をした気もする。
レイヴンは顎を摩りながら目を伏せる。


「・・・・・・まあ・・・・・・死ぬ気でがんばるのは、
 生きてるやつの特権だわな。
 死人にゃ信念も覚悟も・・・・・・」


そう言いながら、レイヴンの脳裏には、先程自分がの手を避けた時に彼女が浮べた悲しげな顔がフラッシュバックした。


「おっさん?」


レイヴンの様子が少しおかしいと感じたユーリは腰から手を外すと、訝しげにレイヴンを見やった。


「あ〜いやいや、おっさん、ちょっと昔を思い出しておセンチになっちゃった」


レイヴンは脳裏からの顔を打ち消し、再び頭の後ろで腕を組むと、「ささ、いこいこ」と、後ろを振り返らず、歩き出した。