レイヴンが去った後、は一夜も眠ることができずに、ベッドの下の冷たい床に座り込んでいた。
その目は泣き腫らした跡が残り、その手は食事も喉が通らないため、以前と比べて格段にやせ細っていた。
床の冷たい感触が、このまま自分の体温と生命を奪い取ってくれる気がして、は床に寝そべった。
そんな時、薄暗い部屋の中に光が差し込むのを感じ、は顔を上げる。
「誰・・・・・・?」
「」
響き渡ったのは、静かだけれども優しさの籠もった男の声だった。
その声はがずっと待ち望んでいたものだった。
は口に手を当てて涙をポロリと零す。
「デューク・・・・・・!」
は男の名前を呼んで、彼に抱きついた。
デュークはその場にしゃがみ、を優しく受け止める。
「私、私・・・・・・!」
彼に言いたいことはいっぱいあったはずなのに、の脳裏には、レイヴンの傷ついた顔が浮かぶ一方で、言葉が口をついて出なかった。
ドンのことは身を引き裂かれるようで、すごく悲しかった。
けれどレイヴンにあんな顔をさせた自分がもっと許せなくて、は何も言えずに泣きじゃくった。
デュークは無理に聞こうとはせず、優しい顔での頭を撫でる。
「どうした。もうやめるのか」
「・・・・・・っ!」
デュークの諭すような声に、はドンの最後の言葉を思い出す。
ドンはに世界を見届けて欲しいと言った。
自分はそれを承諾した。約束は守らなければならない。
はじっとデュークを見つめると、小さく首を振った。
「・・・・・・いいえ、やめないわ。
この世界を見届けるってドンと約束したもの。
この旅をやめる訳にはいかないわ」
「・・・・・・そうか」
その力強い言葉に、デュークはふっと小さく笑った。
それに笑い返すと、ずっと眠れなかったのにデュークの顔を見て安心したのだろうか、は眠気を感じ、目を擦った。
それを見たデュークは、の肩に手を置き、彼女の顔を覗きこんだ。
「今日はもう寝ろ」
「うん・・・・・・」
が小さく頷くと、デュークはを抱き上げてベッドまで運んだ。
思いのほか軽くなってしまった彼女のその体にデュークはすっと目を細める。
デュークがの体をベッドに下ろし、立ち上がろうとした時、はデュークの服の裾を引っ張った。
「ねぇ、寝るまで手握っててもいい?」
「ああ」
「ありがと、デューク・・・・・・」
はデュークの手をぎゅっと握り締めると、小さな寝息を立て始めた。
暫くして、デュークの手を握っていたの手が力なく落ちる。
デュークは深く息を吐き、その手を毛布の中にしまうと、の顔に手を伸ばし、彼女の頬に残る涙の跡を拭った後、額にかかった前髪を除けた。
そして暫くじっと彼女の顔をみつめると、自分と良く似た彼女の白銀の髪を掬いあげ、それに静かに口付けた。
部屋の中には時計の針の秒針を刻む音だけがちくたくと響く。
デュークは目を伏せ、の髪から手を離すと、立ち上がり、に背を向ける。
ドアの前まで来て、デュークは一旦振り返るが、すぐに踵を返すとそのまま部屋の外に出て行った。
「はぁ・・・・・・どうなるかと思ったよ」
「あーんなデカブツ相手によくまあ話だけで済んだねえ。
おっさん心臓がどうにかなりそうだったわ」
フィエルティア号の船室まで戻ってくると、カロルとレイヴンが安堵の息を漏らした。
それもそのはず、魔狩りの剣を倒した後、成長したバウルに船を運んでもらったユーリ達は、フェローに会いにこの岩場まで来て、先程対面を果たしたのだ。
ジュディスによると、フェローもそうすぐには襲ってこないだろうという話だったが、今までのフェローの行動からするとそれは確証の得ないもので、カロルが怯えるのも無理はないだろう。
実際、話だけですんだのが奇跡のようなものだった。
ユーリはそれが不思議でしょうがなくて、首を捻った。
「本当にエステルを殺すつもりなら問答無用でくればよかったはずだが・・・・・・」
そこがどうも解せないな」
「多分、フェローも迷ってたのよ」
だから私たちがどう振舞うか見定めるために砂漠では姿を隠した」
ユーリがそれを口に出すと、ジュディスがユーリの疑問に答えた。
カロルはその言葉にジュディスの顔を見上げる。
「ふうん、思ったより悪いやつじゃなかったのかな?」
「どうだかな・・・・・・
いざとなりゃ、なんだってやるタイプと思うがな、オレは」
「それはあんたも一緒でしょ」
「・・・・・・かもな」
暗に、ラゴウとキュモールのことを差しているのだろう、リタの言葉に、ユーリは口の端を少し持ち上げて応えた。
そう、フェローは自分と同じ匂いがする、だからこそ話だけですんだのが、不思議でしょうがないのだ。
考え込むユーリの横で、カロルがユーリに顔を向けてくる。
「でもどうするの、ユーリ?あんなこと言っちゃって」
「エアルが悪さすんのをどうにかする。それだけだろ?」
「つっても手がかりゼロじゃ話になんないんでない?」
レイヴンが情報不足を指摘するが、リタは腕をくんで、軽く頭を振る。
「エアルの消費に関しては間違いなく術式が関わってるはずなのよ。
昔の魔導器についてやその時に暴走が起きたかどうか。
その辺の情報があれば手がかりになるんだけど・・・・・・」
リタのその言葉に、エステルは思い出すかのように目を伏せると、
「過去の出来事については、罪を受け継ぐ者たちに聞け・・・・・・。
フェローはそう言ってました」
と、言った。
ジュディスはエステルの言葉に頷く。
「魔導器を発明したのはクリティア族。
つまり今も伝承を受け継ぐクリティア族に聞けという意味ね」
「確かに、クリティア族が、魔導器を生み出したとはいわれてるけど・・・・・・」
「けどクリティアの街テムザはもう滅んじまってるぜ」
テムザ山で、戦争で滅び去ったテムザの街をその目で確かに見たユーリは肩を竦める。
「他にもあるってんなら話は違うが・・・・・・」
「隠された街ミョルゾ」
そう、誰とも為しに呟くジュディス。
「テムザよりずっと古い、クリティアの故郷。
そして魔導器発祥の地」
「ほへ〜。そんな街があるのね。
もしかしてジュディスちゃんそのミョルゾってのどこにあるか知ってる?」
「さぁ?」
ジュディスは肩を竦めた。
リタは腕を組み、指をトントンと打つ。
「その名前に覚えがある・・・・・・
アスピオに来てたクリティア族の人がなんかその名前をいってたような」
「その人、まだアスピオにいるでしょうか?」
「ま、当たってみるしかないな」
それしか手がかりがない以上、今は行って見るしかない。
ユーリは壁に寄りかかっていた体を起こした。
ユーリの横ではカロルが不安げにジュディスを見上げていた。
「ジュディス・・・・・・一緒に来てくれる?」
「・・・・・・そうね。まだギルドのケジメが残ってるものね」
「じゃ、アスピオに行くとするか」
ジュディスがカロルの顔を見つめ、頷くのを確認すると、ユーリは皆を促した。
デュークが自分に会いに来てくれた次の日、は何日ぶりかにベッドの上で目を覚まし、眠い目を擦った。
デュークはすでに傍にはいなかったが、彼の温もりはまだこの身に残っている。
はそれだけで元気が出る気がして、ベッドから立ち上がった。
ともかく今はユーリ達と合流する事が先決だ。
多分今は、フェローとあっている頃だろう。
そうなると、次に向かうのはアスピオだろうか、はそう考え、素早く身支度すると、部屋の外に向かった。
「う〜ん、この本は興味深い・・・・・・」
アスピオに着いたは、リタの家にある本を物色しながら寛いでいた。
失礼だとは思ったが、アスピオに来たらユーリ達は必ずここに寄るはずだと考え、は以前カロルが見せてくれたピッキングの技を駆使してリタの家に入り込んだのだ。
ユーリ達を待つ間に、大抵の本は既に読み終えてしまった。
は手に持った本を床に置くと、空を見上げる。
ユーリ達と合流するとなると、レイヴンとも合流する事になる。
自分はうまく笑えるだろうか。
そう思うと、自信がなくなってきて、は口の端に手を当てて持ち上げてみた。
なんとも不自然な笑みだ。は自分でやっていて可笑しくなり、小さく笑みをもらした。
大丈夫、私は笑える。そう自分に言い聞かせていると、キィと扉の開く音がした。
ユーリ達だ。それをすぐに察したはそちらに顔を向けると、
「やっ!」
と、片手をあげ、満面の笑みを浮べた。
アスピオの入り口でユーリ達と別れたエステル達3人は一休みする為にリタの家の扉を開けたが、目の前にある光景が信じられず、思わず開けた扉をそのまま閉めた。
「ちょっと、ちょっと、何その反応!
正真正銘私だってば!!」
「・・・・・・あんた、もう大丈夫なの?」
それをみたが慌てて追いすがると、
リタは閉めた扉を再び開けて、に近寄った。
「うん、心配かけてごめん。
エステルも、一番辛いときに傍にいてあげられなくてゴメンね?」
はリタに頷いてみせた後、エステルの顔をみつめてそう言った。
「え・・・・・・?」
「フェローに会ったんでしょう?」
不思議そうに首を傾げるエステルに、は言葉を重ねた。
「何故それを・・・・・・」
「・・・・・・私はエステルが世界の毒たる所以を知っていた。
けれど知っていて、それをあなたには伝えなかった。
私には彼らの意志に反してまでそれを伝える事はできないのよ」
「ちょっと、それってどういう事?!ちゃんと説明しなさいよ!」
の言葉は、全然エステルの問いの答えに値するのものではなくて、それどころか、寝耳に水なものであった。
リタはそれに驚いて身を乗り出し、に説明を求めた。
は暫く口を噤んでいたが、やがて決心するかのように顔をあげ、リタの顔を見つめる。
「・・・・・・それは私が彼らの同胞であり、同胞ではないから」
「同胞・・・・・・?」
の言う事は全てがあやふやで、リタは訳も分からず首を捻った。
は目を伏せると、静かに口を開く。
「私は・・・・・・」
その時、の言葉を遮るように、扉がバタンと大きな音を立てて開いた。
からはリタが死角となっていて、扉の方は見えなかったがどうやらユーリ達が帰ってきたらしい。
は開いていた口を噤んだ。
エステルはの方とユーリ達を交互に見やっていたが、すぐにユーリの傍まで駆け寄ると、「何かわかりました?」とユーリに尋ねた。
「エゴゾーの森ってところに手がかりがあるみたいだぜ」
ユーリはエステルに顔を向け、頷くと、そう言った。
は立ち上がり、自分を見つめるリタの横を通り過ぎると、ユーリの傍まで歩く。
「ここから南の大陸のピピオニアの西にある森ね」
「そうそう・・・・・・。
―――って、!?」
目を白黒させて驚くカロルに、ははぁいと手を振って見せる。
「・・・・・・もう、大丈夫なのか?」
カロル同様に驚いていたユーリだったが、すぐにの目を見つめると、心配そうにそう言った。
はユーリの目を見つめ返し、「おかげさまで」と頷く。
エステルはにこやかにをみつめると、再びユーリに顔を向けた。
「それで、その森にミョルゾってのがあるんです?」
「扉があるのよ」
「はぁ?扉?何それ?」
ジュディスがエステルに返した言葉に、リタは首を傾げた。
「ミョルゾに通じる扉だとさ。
とりあえず行って見た方が早い」
「その前に・・・・・・休ませて・・・・・・」
ユーリはすぐに出発する風に言ったが、カロルはその場にくたくたとへたりこんだ。
「一休みしてから出発かしら」
「だってさ」
ジュディスはユーリを見、ユーリは腰に手を当て、リタを見た。
リタはちらりとカロルを見やると、「しょうがないなぁ」と呆れたように腰に両腕を当てた。
リタの家で暫く休んだユーリ達は、バウルを呼ぶために、アスピオの出口に向かった。
門に向かう階段を下るところで、ユーリは顎に手を当て暫く俯くと、先を進むレイヴンに声をかける。
「おい、おっさん!
おっさんがそんなに静かだとなんか気味悪ぃんだけど」
が合流してから一言も喋らないレイヴンはいつもの飄々とした姿ではなく、どこかおかしく思えた。
そう感じたユーリは、腰に手を当てて、わざとからかうように口の端を持ち上げた。
「なによ、青年。そんなに俺様の華麗なトークが聞きたいの?
おっさん照れちゃうわ〜」
声をかけられたレイヴンは一瞬肩をぴくりと震わせたが、すぐにユーリを振り返り、戯けた顔をしてそう言った。
それはいつものレイヴンの姿で、ユーリは自分の気のせいだったかと、溜息を吐く。
「・・・・・・やっぱそのままでいいわ」
「なっ、ちょっと、青年!そりゃないって!!ちょっとは構って頂戴よ!」
「へいへい」
レイヴンの縋るような声に、ユーリは手をひらひらと振り、投げやりに返した。
ユーリとレイヴンのやり取りに、リタは呆れたように振り返る。
「バカやってないでさっさと行くわよ」
リタに怒られた二人は「はいはい」と返事をすると、そのまま先へ進んでいった。
一番後ろを歩いていたは、その後姿をじっと見つめ、「レイヴン・・・・・・」と小さく呟いた。
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