「到着〜。ここがテムザ山よ」
コゴール砂漠からさらに北、テムザ山の麓に着くと、レイヴンはユーリ達より一歩先に踏み出した後、振り返って両手を広げた。
その横をラピードが走って通り過ぎ、その後をカロルが追う。
「ワン!」
「これ、人の足跡だよね?ずいぶんたくさんあるな」
ラピードが吠えた場所にカロルはしゃがみ込むと、そこに人の足跡を見つけた。
それはまだ真新しく、沢山の人々が、つい最近ここを訪れた事を示していた。
もっとよく調べようと立ち上がり、カロルは奥へ走っていく。
「魔狩りの剣、でしょうか?」
エステルはカロルの走っていく後姿を見ながら小さく呟いた。
「騎士団かもな」
「え?どうして騎士団が?」
思っても見なかった言葉に、エステルは驚いてユーリを見た。
「フレンも聖核を探してた。魔狩りの剣が聖核狙ってここに来てるんなら、
騎士団も聖核を狙って来てるかもしれない」
「何故みんな聖核を手に入れようとするんでしょう?」
「結局ドンには聞けなかったし・・・・・・」
リタはそう呟くと俯いてしまった。
ユーリは暫く、顎に手をあて思案するが、坂の上まで上がったカロルが自分達を呼んでいるのに気付き、そちらに向かった。
カロルが指し示す方向--そこは山の中ほどだというのに、見晴らしのいい崖になっていた。
それもそのはず、山はカロルの目の前からざっくりと大きく削れ、完全に空洞化していたのだ。
その有様に、人間の窺い知れない力を感じ、リタは息を呑む。
「なによこれ。山が削れてる・・・・・・」
「ここで一体何が・・・・・・」
「こんなんでホントに街なんてあるのかな・・・・・」
カロルはその破壊の爪跡の大きさに、息を漏らした。
「十年前には確かにあったんだがなぁ。
今はどうかわかんないわ」
「十年前?そんな前の話なのか。
その時はなんでこんなとこに来たんだ?」
ユーリは後ろから響くレイヴンのその言葉に驚いて、彼を振り返った。
レイヴンが頭を掻きながら、その問いに答えようとした時、聞いた事のある鳴き声が山に響き渡る。
「あの声・・・・・・バカドラ!?」
「何かマズイことになってんじゃないの」
「急ぎましょう!」
バウルの鳴き声に、いつもと違う様子を感じ取ったユーリ達は先を急ぐ事にした。
テムザ山はその地理と、険しい山道のせいか、人があまり立ち入ることがないのだろう、代わりに魔物の姿がそこかしこに窺えた。
本来なら魔物は無視して先を急ぎたいのだが、山道はあまりにも狭く、魔物を倒して進まざるをえなかった。
「がいないと調子が出ないよ〜」
「なにそんな甘い事いってんの!ほら、しゃきっとする!」
ユーリ達の行く道をふさいだ魔物の一匹をカロルは相手していたのだが、武器を持つその手は若干ふらふらしていた。
リタは不甲斐ないカロルの目の前の魔物を術で倒すと、カロルに檄を飛ばす。
「え〜でも、そーいうリタだっていつもと術の威力違うじゃん」
「えっ・・・・・・」
驚いて自分の手のひらを見るリタ。
言われて見れば確かに、違うような気がする。
それは一体何故なのか、カロルの言うとおり、自分はのことを気にしているのだろうか。
しかし、以前はこんな感じだった気もする。
術の威力が上がったのはユーリ達と旅を始めてからだ。
旅をする事で経験をつんで、威力が上がったのかと思っていたが・・・・・・。
それを思うと、が何か、他人の力を増幅する能力を持っていると考えた方がつじつまがあう気がしてきた。
「まさか、が・・・・・・?」
「リタ?」
「ううん、なんでもないわ」
確かめる術のない今は、考えても詮もないことである。
リタはカロルの心配そうな声に頭を軽く振って返すと、山道を先に進んだ。
山の中腹に差し掛かった頃、ユーリが突然何かを考え込むように立ち止まった。
一番先頭を歩いていたレイヴンはそれに気付かず、進んでいくが、ユーリの後ろを歩いていたエステルはユーリの様子に首を傾げる。
「どうしたんです?ユーリ」
「いや、ジュディが前に言ってた。『バウルが戦争から救ってくれた』ってな・・・・・・。
それって人魔戦争の事だったのかなって」
「じゃあもしかしてあの女って、人魔戦争の時にバカドラと一緒に帝国と戦ったのかな?」
「どうなんだ?レイヴン?
人魔戦争に参加してたんだろ」
後方から聞こえてくる声に、レイヴンは立ち止まり、振り返ったが、急に話題を振られて目を瞬く。
「へ?なんで?」
「色々詳しいのは当事者だからだろ」
確かに、人魔戦争のことをユーリ達に話しはしたが、そこから自分が戦争の当事者という結論にすぐに至ることができるのは、さすがユーリといったところか。
レイヴンは顎を摩りながら瞠目した。
「そうなの?でも、生き残った人、ほとんどいないんでしょ?」
「ああ、さすがの俺様も、あん時は死ぬかと思ったね。
あ〜、あんとき、死んでりゃもうちっと楽だったのになあ」
そう、あの時死んでいれば、自分はこんな思いはしなくてすんだのに。
レイヴンは暗い部屋で泣きながら自分を拒絶したを脳裏に思い浮かべる。
しかし、彼女と共に過ごした日々は、それまで生きてきた長い年月よりも尊いもので、死してなお、生き続けるこの体は忌まわしくもあり、救いでもあったのだ。
レイヴンは目を伏せると、自身の胸に手を当てた。
「死んでりゃって、あんた・・・・・・」
その心情を知ってか知らずか、リタが両腕を腰にあて、複雑そうな声をあげた。
「それで、戦争中にジュディスにあったりしました?」
「いやいや。いくら俺様でも10歳にもならない女の子は守備範囲外よ」
レイヴンが戯けるようにエステルに返すと、リタが溜息をつき、半眼で「アホか・・・・・・」と睨んでくる。
そんなリタにレイヴンは片目を瞑って返した。
「まー、あのバウルってのも見かけなかった気がするし、どっかに逃げてたんじゃない?」
「戦争の相手はやっぱり始祖の隷長だったのか?」
「そうなるんだろうなぁ。当時はとんでもない魔物としか思ってなかったけども」
今でもその光景はありありと脳裏に思い浮かぶ。
やまない銃声、大地に広がる血の海、地に臥す仲間達、眼前にはどんな攻撃も通用しない巨大な魔物。
あのいい知れぬ恐怖は忘れる事は出来ないだろう。
「でもホントにレイヴン、戦争に行ってたんだね。
すごいね、そんなの騎士団だけかと思ってたよ」
レイヴンの思考の中にカロルの明るい声が突然飛び込んでくる。
その内容にレイヴンは軽く目を見開いたが、そっぽを向いて片耳を穿ると、「大人の事情ってヤツさ」と小さく呟いた。
クリティア族の滅びた街でジュディスと合流した一行は、もうすぐ山頂という所まで登ってきていた。
ジュディスは其処に到るまで、人魔戦争のこと、ヘルメス式魔導器のこと、何故それが人魔戦争の発端となったのかを一つ一つ話してくれた。
要するに、ヘルメス式魔導器の危険性を察知した始祖の隷長が魔導器を壊そうとしたのに対し、それを壊させまいと人間が立ち上がったのが原因のようだ。
始祖の隷長が最初に理由を説明すれば戦争にならなかったのではと思うが、元々相容れないもの同士、そこまでする義理はなかったのだろう。
しかし、それはジュディスが魔導器を破壊して回ることに、何の関係があるのだろうか、レイヴンは首を捻り、その事をジュディスに尋ねた。
それをうけたジュディスは、頬に手をやり、レイヴンに顔を向ける。
「テムザの街が戦争で滅んで、ヘルメス式魔導器の技術は失われたはずだった・・・・・・」
「まさか!そのヘルメス式がまだ稼動してる?!」
カロルはジュディスの言葉から、その事に思い当たり、驚きの声をあげた。
ジュディスはカロルを見つめて頷く。
「そう。ラゴウの館、エフミドの丘、ガスファロスト。そして・・・・・・」
「フィエルティア号の駆動魔導器か・・・・・・」
ユーリは顎に手を当てながら、ジュディスの言葉に続けた。
「それじゃあ、ジュディスは始祖の隷長に替わって魔導器を壊して・・・・・・」
「なら!言えば良かったじゃない!
どうして話さなかったのよ!一人で世界を救ってるつもり?
バカじゃないの?!」
エステルの言葉を遮り、リタの怒鳴り声が辺りに木霊した。
リタの握り締められた手はわなわなと怒りに震えている。
カロルはリタのその剣幕に、目を丸くして口をぽかんと開け、ジュディスはすっと眉を顰めた。
エステルはリタとジュディスの顔をおろおろと交互に見やったが、ジュディスが口を開こうとしないので、暫くしーんとした空気が周囲を漂う。
その時、ジュディスの横にあった空洞の奥から光が漏れ始めた。
「な、何?」
カロルがそれに驚き、声をあげると、ジュディスが「バウル!」と叫びながら、そちらに向かおうとしたが、その瞬間、ユーリ達の目の前に魔狩りの剣のティソンとナンが上から降ってきた。
カロルは見知った顔ぶれに目を見開く。
「ナン!」
「どうやら獲物はそこにいるようだな」
「行かせないわ」
ティソンが洞窟の奥に行こうとするのを、ジュディスはその前に立ち塞がることで、止めた。
「人でありながら魔物を守るなんて理解できない!」
ティソンの横にいたナンが不満げにそう言うと、武器をジュディスに向かって構えた。
それを見たユーリはジュディスの隣までゆっくりと歩いていくと、剣を肩に担ぎ、ティソン達を鋭く睨む。
「手下どもに聞かなかったか?うちのモンに手ぇ出すなっつったろ?」
「い、いくらナンたちでもギルドの仲間を傷つけるのは許さない!」
「まだ話の途中なのよ!邪魔すんな!」
「アツイのは専門外なんだがなぁ」
口々に自分を庇護するような台詞を口にするユーリ達にジュディスは「あなたたち・・・・・・」と彼らを振り返った。
エステルはジュディスを庇うようにティソンとナンの方に身を乗り出す。
「魔狩りの剣がなぜ人に危害を加えるんですか!」
「魔物に与するものを、人とは呼ばんだろう」
「カロル。魔狩りの剣の理念も忘れたの?邪魔しないで」
「魔物は悪・・・・・・魔狩りの剣はその悪を狩る者・・・・・・
でも!始祖の隷長は悪じゃない!世界の為に・・・・・・」
ナンの批難するような言葉に、カロルは小さく俯いたが、すぐに顔を上げ拳を握り締めた。
「雇われて見境なくなってるんだろ。狙いは聖核のクセにカッコつけてんじゃねぇよ」
ユーリは口の端を少し持ち上げてそう言うと、ティソンを睨んだ。
「ふん。話にならんなぁ。
どうしても邪魔だてするのなら・・・・・・」
ティソンはやれやれと肩を落とした後、両の手のひらを組み、指の骨を鳴らし始める。
ナンもそれに合わせて武器を構えると、
「仕方ありませんね」
と、言いこちらに襲い掛かってきた。
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