「ドン、開けて!!!
 ドンが死ぬなら私も一緒に死ぬ!!!」


ドンはダングレストに戻ると、を部屋に連れて行き、彼女をそこに閉じ込めると、扉の鍵を閉めた。
背を向けた扉越しにはが扉を強く叩いているのであろう、ドンドンという扉を叩く音と、叫び声が聞こえてくる。


「ダメだ」


ドンはの声を聞きながらじっと虚空を睨んだ。


「どうして!!!」
、おめぇにはこの世界を見届けて欲しい」
「でも、ドンは・・・・・・!」


のくぐもった声が聞こえてくる。


「ああ、俺はもうそこにはいねえ・・・・・・」


ドンはそう言いながら目を閉じる。


「でも、ユーリといったか、あの坊主は俺の若い頃に良く似ている。そっくりだ。
 連れの娘っこどもは危なっかしいところがあるし、
 ギルドの首領とかいうあのちびっ子もなかなか見所のある男だ。
 本当は俺が奴らの行く末を見届けたかったが・・・・・・
 ・・・・・・おめぇが俺の代わりに奴らを見届けてくれ」


そう、ここ数日彼らの行動を見ていたが、近い将来、この世界の命運をかけた争いに彼らが巻き込まれるであろう事をドンは予感していた。
彼らを見届けると言う事は、しいては世界を見届けると言う事になる。
ドンはそれを確信し、自分の愛娘でもあるにその願いを託した。


「・・・・・・・・・・・・」



ドンは何も言わないに再び声をかけた。


「・・・・・・わかっ・・・・・・たわ・・・・・・」


暫くした後に、の小さくか細い声が扉の奥から聞こえてくる。


「それでこそ俺の自慢の娘だ」


ドンは上を仰ぎ、目を伏せると、これから彼女に降りかかるであろう運命を思い、悼んだ。
はドンの本当の娘ではなかったが、本当の家族のように愛していた。
彼女のか細く小さな肩にかかる宿命は、彼女には重過ぎるもので、自分は少しでもその手助けをしてやりたかった。
しかしもう、それはかなわぬ願いだ。ドンはぎゅっと拳を握り締めた。
そう長くはない時間が過ぎると、ドンは目をゆっくりと開け、扉を一瞥すると、後は脇目も振らず、ユニオン本部の外へ出て行った。
は遠くなっていく気配に、声を失い、床に崩れ落ちた。
後には彼女の嗚咽だけが漏れ聞こえるだけであった。















そのころ、ユーリ達はダングレストの橋の上を歩いていた。


、いませんでしたね」
「たぶんドンと一緒に帰ったんだろ」


ユーリがエステルにそう答えていると、街の中央の方から、カロルが息を切らして走ってくるのが見えた。


「ユーリ!大変だよ!
 ユニオンと戦士の殿堂が兵装魔導器持ってにらみ合って!」
 ドンも戻ってきたんだけどなんか様子がおかしいんだ!」
「ドンは間に合ったようね。けど、やっぱりか・・・・・・」


レイヴンのその言葉に、エステルが訝しげに首を傾げる。


「やっぱりって、どういうことです?」
「じいさん、最初から死ぬつもりだったのよ」
「なんでよ!ワケわかんないんだけど」


リタがそんなのおかしい、と頭を振り叫んだ。
レイヴンは静かに小さく息を吐き、目を閉じる。


「ハリーが先走って、結果、ベリウスが死んだ。
 ノードポリカの統領の命だ。
 偽情報掴まされて間違えましたで済まされるわきゃない。
 ベリウスの命に釣り合う代償が必要ってことだ」
「じゃあ背徳の館でドンが言っていた代償って・・・・・・」
「じいさん自身の命か・・・・・・。
 腹切る覚悟決めてたから掟を破ることになってもイエガーを討ちに行ったってのか」
「そんな!そんなのって!」


リタの悲痛な叫びが辺りに木霊する。
カロルは手をぎゅっと握り締めると、何かに決意したように顔を上げ、元来た道を走って戻っていった。


「きっと他にも方法があるはずです!」
「だがこれ以上どっちも辛抱できない。一触即発ってやつ。
 このままだとユニオンと戦士の殿堂の全面戦争になっちまう。
 他の方法を探してる時間はないだろうねぇ」


エステルの焦ったような声に、レイヴンは静かに答える。
仲間のそんな姿を目に映したユーリは街の中央を見据えると、


「・・・・・・オレもじいさんところ行ってくる」


と言い、歩き出した。















カロルはドンの横まで走っていくと、ドンの顔を見つめた。
ドンは地面に正座をしていて、じっと前方を睨んでいたが、カロルに気付くと、彼の方に顔を向けた。


「しっかりな、坊主。首領なんだろ?」
「でも、ボクなんて一人じゃなにも出来ない・・・・・・」


カロルは自信無げに俯いた。
ドンはすっと、目を細める。


「だったら助けてもらえばいい。そのために仲間がいんだろ?」
「ドン・・・・・・!」
「仲間を守ってみな。そうすりゃ応えてくれるさ」


カロルはドンのその言葉に、黙って地面をじっと見つめた。
その時、奥のほうからハリーが「ドン!オレも一緒に・・・・・・!」と言いながらこちらに駆けてくる。


「バカ野郎が!」


それに気付いたレイヴンは、ハリーに近寄りその体をぶっ飛ばすと、ドンの方を振り返り、彼をじっと見つめた。


「じいさん。あばよ」
「レイヴン、イエガーの始末頼んだぜ」
「ははっ、俺にゃ、荷が重過ぎるって」


レイヴンは小さく笑って手をひらひら振ってみせる。


「おめえにしか頼めねえんだ」
「・・・・・・ドン」


ドンの真剣な表情に、レイヴンは顔を引き締めると、静かに目を伏せた。


「おたくの可愛い孫にゃずいぶん世話になった」


戦士の殿堂の一人の男が、ドンの横に来てそう言った。
それを見たカロルは脇に退き、ドンはその男の方に顔を向ける。


「すまねぇことをした。あのバカ孫もれっきとしたユニオンの一員だ。
 部下が犯した失態の責任は頭が取る。それがギルドの掟だ。
 ベリウスの仇。俺の首で許してくれや」
「ドン・・・・・・」
「バカよ。ギルドなんて・・・・・・どいつもこいつもバカばっか・・・・・・」


エステルの悲しげな声が響く。
その後ろではリタがドンの方に背を向けて腕を組み、小さく呟いていた。

ドンは深く息を吐くと、静かに小刀を取り出した。


「すまんが誰か介錯頼む」


ドンのその言葉にも誰もが悲痛な表情をして、顔を俯かせた。
誰もドンという偉大なる男を失いたくないのだ。
誰もがドンという男を愛し、敬っている。
その彼の命を絶つ手伝いなど誰もしたくないのだ。


「・・・・・・オレがやろう」


暫くの間、重苦しい沈黙が流れたが、ユーリはそう言って、ドンの元に歩いていく。


「おめぇも損な役回りだな」
「お互い様だ」
「はっ、違いねえ」


ドンはユーリの言葉に豪快に笑った後、ユーリの目をじっと見つめる。


「坊主、は俺の後を追おうとするから、部屋に閉じ込めてある。
 ・・・・・・俺の大事な愛娘だ。後は頼んだぞ」
「でも、あいつにはあんたが必要だろ?」


は口にこそ出さないが、ドンのことを愛している。
ドンの事を話すときはいつも顔を綻ばせるのをユーリは知っている。
その事をユーリはドンに告げた。
ドンは静かにそれを聞き、目を伏せると、心なしか嬉しそうに小さく笑う。


「あいつはな・・・・・・両親を亡くしたショックからか、表情に乏しい子どもでな。
 あのまま育ったら、どうなることやと気を揉んだものだが・・・・・・。
 突然街を飛び出して、どこへ行ったかと思えば、おめぇ達に連れられて帰ってきて、
 俺は吃驚したぜ。あいつがおめぇ達の横で、自然に笑顔を浮かべているのを。
 あの笑顔はおめぇ達が取り戻したんだ。もっと自信もちやがれ」


俺にはあの笑顔は取り戻せなかったんだからな、とドンはどこか悲しげに呟き、ユーリの背中を叩く。
ユーリはドンのその姿を瞳に映すと、「ドン・・・・・・」と呟いた。


「ユーリ。おめえの将来を見てみたかったがな。
 俺は先に地獄で休んでるとするぜ」


ドンは顔を上げて前方を睨むと、口の端を持ち上げ、そう言った。


「あんたが行くのが地獄なら、オレはあんたのところにゃいけそうにないわ」
「ふん。おめぇの減らず口、忘れねぇぞ」
「オレもあんたの覚悟忘れないぜ。ドン・ホワイトホース」


ユーリはドンの姿をその目に焼き付けるかのように、じっと目を据えた。
いよいよドンの最後を察したのか、ドンの周りを囲んでいた人々が悲痛な声でドンの名前を叫び始める。
ドンは一度目を閉じた後、すぐにその目を開け、周りを見回し、


「てめぇら、これからはてめぇの足で歩け!
 てめぇらの時代を拓くんだ!いいな!」


と、怒鳴ると、自分の腹の前で小刀を構えた。
人々はその一瞬を悟り、一様にぎゅっと目を瞑って下を向く。
ユーリは静かにドンの横で剣を構えると、ドンの動きに合わせて、その剣を振り下ろした。















はドンが去った時のままの姿で、床にしゃがみ込み、じっと扉を睨んでいた。
その目は泣き腫らして赤く充血しており、右手の拳は扉を強く打ち続けたためか、赤く腫れ上がっていた。
は右手を左手で包み込むと、そういえば、とドンがこの右手を温かく包み込んで、自分の手を引っ張ってくれた日のことを思い出す。


あれはいつだったか、まだ両親を無くして間もない時だった気がする。
私は未だ人が憎くてしょうがなくて、部屋に閉じこもり、差し伸べられる全ての手を拒絶していた。
そんな時ドンが、私の手を引っ張り、部屋の外に連れ出した。
その日は丁度お祭りの日で、街の人が総出で賑わっていた。
そのときの人々の笑顔と、それに目を輝かせてドンの顔を見た私の頭をドンが穏やかに撫でてくれた時の温もりは今でも忘れられない。
それから私は外に出るようになり、天を射る矢の皆とも交流するようになったのだ。


しかし私はドン達の温もりを温かいと感じている間も、どこか気を許せないでいた。
どんなに優しく、温かくても、この人たちは私の両親を殺した人と同じ人間なのだと、強く思い込もうとしていた。
だから3年前、デュークの話を聞いて、なんの躊躇いなくダングレストを飛び出したのだ。
しかし、それは間違いだったのだ。
私はとっくに、人を許していた。
人間を憎んではいなかったのだ。
それに気付きたくなくて、私は街を飛び出したのだ。
今やっと、私はそのことに気づく事が出来た。
しかし、それに気付いたときにはもう遅く、ドンはいなくなってしまった。
ギルドの盟約に従い、その命を天に捧げにいってしまった。
ドンはあれだけ私に惜しみなく温もりを与え続けていてくれていたのに、私はそれに報いる事もできず、ここで何をしているのだろう。 やはり私もドンと共に逝こう、はそう決意し、立ち上がった。


そのとき、部屋の扉が突然キィと言う音をたてて開いた。
嫌な予感がして、顔をあげ、そちらを見つめると、立っていたのはユーリ達であった。
はユーリ達の目を見た瞬間、ドンは既に逝ってしまったのだということを悟った。
沸きあがってくる嗚咽を抑え、はその場にくずおれた。















はユーリ達の見ている前でずっと泣き続けていた。


・・・・・・」


ユーリはのその悲痛な姿を見ていられなくて、彼女の前にしゃがみこみ、声をかけた。
ユーリのその声には涙に濡れた顔を上げると、ユーリの胸に飛び込み、叫ぶ。


「ユーリ、ユーリは死なないよね!?
 ガスファロストではあんなことを言ったけど、ユーリはドンに似ているの!
 ユーリもドンのように死んでしまうかと思うと、不安でしょうがないの!!
 ねぇ、ユーリ、私を置いて死なないよね!?」


ユーリはそんなを瞳に映すと、「ああ」と大きく頷いた。


「ホント・・・・・・?」


それを見たは安心したのか、小さくしゃくり上げ、涙を拭うと、ユーリの胸の中ですぐに小さな寝息を立て始めた。


「泣きつかれて寝ちゃったみたいですね」
「ああ・・・・・・」


ユーリはエステルに頷き返すと、を抱き上げ、その体をベッドまで運んだ。
の体は細く、今にも折れそうで、ユーリは壊れ物を扱うかのように慎重にをベッドに下ろした。


「しばらくそっとしておいてやろうぜ」


エステルとリタを振り返り、そう言うと、二人が頷いたので、ユーリは扉を開け部屋の外に出て行った。










「あいつのあんな顔、あたし見たことないわ」


扉の外に出て、首領の部屋まで来ると、リタが悲痛な面持ちで小さく呟く。
ユーリが顎に手をやりじっと空を睨んでいると、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ふぃー。やっと抜け出せられたわ」
「レイヴン!!」


扉を開けたのはレイヴンで、レイヴンは汗を拭うような振りをしてこちらを見やると、よっ!と片手をあげた。
ユーリはその呑気な姿に、呆れて肩をすくめる。


「おっさん、おそかったじゃねぇか」
「それがねぇ、ユニオンの連中が離してくれなくって、
 これでも苦労してやっと抜けてきたところなのよぉ」
「ま、おっさん、こんなんでも一応ユニオンの幹部だしな」


ユーリがそう言うと、「こんなんって何よ。こんなのって」とレイヴンは肩を落とし、ぶつぶつ呟く。
実際レイヴンもすぐにの元に駆けつけたかったのだろうが、の自室に向かう途中でユニオンのメンバーに捕まり、そのまま引き摺られていってしまったのだ。
自分を頼りにする彼らを無碍にも出来ないが、それでも抜け出そうと頑張ったのだろう、レイヴンの顔からは疲れが窺えた。
ユーリがレイヴンを見ていると、レイヴンは顔を上げ、「ちゃんは?」と尋ねた。


「部屋で泣き疲れて寝てる」
「そっか・・・・・・。
 俺様ちょっとちゃんの様子見てくるわ」


レイヴンはそう言うと、開けた扉を再び閉め、来た道を戻っていった。
レイヴンの後姿を見届けた後、エステルがユーリを振り返る。


「いいんです?」
といた時間はおっさんの方が長いんだ。
 きっと何とかしてくれるさ」


ユーリはエステルにそう言いながらも拳を握り締めると、扉のほうに向かう。


「ユーリ?」
「オレ、ちょっとカロルのとこ行ってくっから、後頼むわ」


エステルの怪訝そうな声にユーリはそう答えると、ユニオン本部の外に向かった。