あの後、リタのお陰で無事に船が動くようになり、ユーリ達はダングレストに戻ってきた。
以前来たときとは違い、ダングレストの橋に立つユーリ達の顔つきは皆一様に暗い。
レイヴンは先頭に立って歩き、街の中央まで来ると、ユーリ達を振り返り、ハリーを指差す。


「俺はこいつ連れて、ドンのところに顔出してくるわ。
 長くなりそうだから宿屋で待っててよ。終ったら行くからさ」


そう言ってユニオンに向かおうとユーリ達に背を向けると、後ろからカロルの声が響く。


「待って!ボクも・・・・・・行っていい?」
「うん?こりゃユニオンの問題だ。来ても話にゃまざれないと思うぜ?」


レイヴンは後ろを振り返り、訝しげにカロルを見つめた。


「あの・・・・・・その話とは別に聞きたい事があって・・・・・・」
「あとで聖核渡すとき、みんなで聞きゃいいじゃないの」


レイヴンがそう言うと、カロルは俯いて、


「みんなとは・・・・・・聞けない・・・・・・」


と小さく呟いた。
そんなカロルと、カロルを静かに見つめているユーリとをレイヴンは交互に見やると、「ま、ダメもとで良いんなら」と返した。
カロルはその言葉に嬉しそうに笑う。
その頭をぽんぽんと叩いた後、聞くまでもないと思うが、とすでに自分の横に並んでいたにレイヴンは顔を向ける。


ちゃんも行くの?」
「もちろん私もいくわよ。
 ベリウスのこと、ドンに話さなきゃ」
「じいさんに怒られるの俺なんだけどなぁ・・・・・・」


レイヴンは予想通りのの答えに肩を大きく落とした。
しかしすぐに気を取り直して顔を上げると、街の奥に足を向ける。


「・・・・・・んじゃ青年たち、また後で」


レイヴンはユーリ達に後ろ手に手を振ると、ユニオン本部に向かって歩き出した。















「ユーリ、起きてください、ユーリ・・・・・・!」
「ん?ああ・・・・・・寝ちまったか」


レイヴン達と別れ、宿屋のベッドで横になりながら休憩していたら、そのまま寝てしまったようだ。
自分を起こそうとするエステルの声でユーリは目を覚ました。


「寝ぼすけさん、おはよう・・・・・・って時間でもないか」


ベッドの横にはいつの間にか帰ってきたのかレイヴンが立っていた。
辺りはすっかり暗くなって、来たときにはついていなかったランプにも火が灯り、部屋を照らしていた。


「ああ・・・・・・おっさん・・・・・・」


ユーリは半ばぼんやりとしながらベッドの上に起き上がり、回りを見回す。


「・・・・・・カロルとは?」
「少年はユニオン本部で別れたきりなんだけど、
 ちゃんはドンを追いかけて行っちまった」
「どういうことです?」


エステルがレイヴンの言葉に首を傾げ、尋ねた。


「それがなぁ・・・・・・。
 ハリーとノードポリカの一件聞いたら、ドン一人で出てっちまって、
 それをちゃん、追いかけて行っちゃったのよ」
「ドンが一人で?らしくねぇな。どこに行ったんだ?」
「これは俺様のカンだが・・・・・・」


レイヴンがその続きを言いかけた時、バタンと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。


ちゃん!?」


そこに現れたのはドンを追いかけていったはずのであった。
レイヴンは目を白黒させての方を見やる。
は部屋を素早く見渡してレイヴンを見つけると、「レイヴン!!」と、彼に掴みかかった。


「ちょっ、ちゃんどうしたのよ!?」


の鬼気迫る姿にたじたじになるレイヴン。
ここまで走ってきたからか、は少し乱れた息を整え、掴んでいた手を離すと、


「背徳の館に行くわよ!!」


と、部屋の外を勢いよく指差しながら怒鳴った。



「背徳の館?」


ユーリは見知らぬ場所の名前に首を傾げた。


「海凶の爪の根城よ。多分ドンはそこに向かったの。
 追いかけたんだけど、撒かれちゃって・・・・・・」
「んで、場所を知らないから俺様に聞きに来たと」


レイヴンがそう言うと、は頷いて返した。
のその様子を見ながら、レイヴンは顎に手を当て摩る。


「でも、イエガーは手出さないんじゃないの?
 それが元でユニオンと正面切ってぶつかるハメになったら商売あがったりだろうし」
「あのイエガーだもの、手を出さないとは限らないわ」
「でもなぁ・・・・・・」


をそこまで案内すると絶対ドンに怒られるだろう。そう思うと、レイヴンはすぐに返事をするわけにはいかなかった。
眉間に皺を寄せ、考え込むレイヴンを目に映したユーリは剣を手に持ち、ベッドから立ち上がった。


「んじゃ、オレらも行くか」
「ん?青年たちも行くの?」
「ああ、じいさんの相手が海凶の爪かもってんなら放ってもおけねぇ」


ユーリはレイヴンの問いに頷いた。
それを見たレイヴンはさらに眉間に皺を寄せ唸り始める。
煮え切らないレイヴンにいらいらと肩を震わせてたは、ついに痺れを切らし、彼の首根っこをむんずと掴んだ。
レイヴンはそれに慌てて声をあげる。


「ちょっ、ちゃん!?」
「さっさと行くわよ!!」


はそう言うと、問答無用でレイヴンをずるずると引きずっていく。
そしてそのまま宿屋の外まで出て行ってしまったのか、レイヴンの「ちょっと青年、見てないで助けてよ!!」という助けを呼ぶ声がどんどん遠ざかり、消えた。
その光景にユーリは苦笑を漏らしながらも、エステルを振り返る。


「・・・・・・エステルは待ってるか?」
「わたしも・・・・・・・ついていきます」
「エステル、無理しちゃダメ。あんた、いま。あんまり・・・・・・」


エステルの言葉にリタが心配そうな声を彼女にかける。
しかしエステルはリタの顔を見つめると、小さく首を振った。


「いえ・・・・・・大丈夫ですから」
「エステル・・・・・・」
「決まりだな。じゃあカロルを拾って行くか」


ユーリはそう言うと、自分達を置いて背徳の館まで行きかねない勢いのを急いで追いかけた。















ユーリ達は街の出口に差し掛かったところで、ようやくとレイヴンに追いつくことが出来た。
本気で置いてくつもりだったのか、とユーリはを呆れた顔で見やったが、は平然とした顔で立っていた。


「カロルはどうするんです?」


エステルはユーリとの顔を交互に見る。


「カロルなら、ユニオンが心配だから残るって言ってたわよ」
「そうなんです?」
「うん」


エステルの問いにそう答えると、はそれじゃ、行くわよーと街の外に向かって歩き出す。


「そのまえにおっさん離してやれよ」


半ば意識ないぞ、それ、とユーリは呆れながら、ぐったりとしているレイヴンを指差した。


「あ、忘れてた」


そう言ってはぱっとレイヴンの首根っこを離した。
やっと解放されたレイヴンはぜぇぜぇと苦しそうに息を漏らす。


「おっさん死ぬかとおもったわ・・・・・・」


は「ごめんごめん」と大して悪びれもせず、レイヴンに謝ると、今度こそ街の外に向かって歩き出した。















「どうやら、ここが背徳の館らしいな」


レイヴンは館を囲む柵の陰から、館の方窺いながらそう言った。
背徳の館はダングレストから西にずっと進んだ丘の上にあり、それは思ったよりも遠かったので、すっかり辺りは暗くなってしまった。
しかし、この暗さは隠れるにはもってこいの状況である。
館の周りは厳重な警備が敷かれているが、見張りは全くこちらに気付かないようであった。


「凄い警備です・・・・・・・」
「しっ。何かもめてるぜ」


ユーリの言葉に、館の方を見ると、イエガーの側近である、ゴーシュとドロワットが赤眼の男と何かもめていた。
その内容を詳しく聞こうと、レイヴンは耳をそばだてる。


「―――通してっていってるでしょ〜」
「戻るタイミングが良すぎるっつってるんだ。
 あんたたちが本物だって証明できるものあるのか?」
「そんなものはない。通せ。
 あのドンが来ているんだ。おまえたちと話してる暇はない」


やはり、ドンはここに来ているらしい。レイヴンはユーリ達を振り返り、頷いてみせる。
それを見たはもう待っていられないと、館に走り出そうとするが、レイヴンは待て待て、と腕を掴みそれを止めた。


「でも、レイヴン!!」
「もう少し、話聞いてからでも遅くはないでしょ」


レイヴンはをそう言って諭すと、再び館の方を窺い、漏れ聞こえる会話を拾い始めた。


「―――あんたたちは魔狩りの剣が竜使いを狙ってるってネタを探りに行ったはずだろ?」
「だから、テムザ山へ向かう前にドンがここに向かったという情報を得たと言っている」
「そんなの知ったらほっとけないでしょ」


どうやら、ジュディスを魔狩りの剣が狙っているらしい、その内容にレイヴンは目を見張ると、ユーリ達を振り返った。
ユーリはレイヴンの視線を受け、顎に手を当て唸る。
その横ではエステルが口に両手を当てて目を丸くしていた。
は大人しくレイヴンの隣で館の様子を窺っていたが、会話を終えたらしいゴーシュとドロワットが、数人の赤眼の男達と共に館の中に入っていくのを見て、はレイヴンの顔を見る。


「警備も減ったし、行ってもいいでしょ?」
「だな。オレらも便乗と行きますか」


ユーリがそう言った瞬間、いつのまに後ろにいたのか、赤眼の男がこちらに気付き、「な、なんだお前ら!!」と、襲い掛かってきた。
だからさっさと入ろうって言ったのに、とはぶつぶつ文句を言うと、あっさりとその男を倒し、館の方に走っていった。


「あ、まってください!!」


エステルがそう叫び、の後を追っていくと、リタとレイヴンもその後に続いていってしまった。
ユーリは小さく溜息をつき、「ジュディのことは後回しだな」と隣にいたラピードに呟くと、自分も館に向かって走り出した。





館の中に入ると、入り口は大きい広間のようになっていて、壁沿いには高価そうな調度品が置いてあった。
部屋はしんと静まり返っていて、ドンとイエガーが争っているような形跡は見あたらない。


「あ、あれ!」
「じいさん!」


ドンは本当にいるのだろうかと、辺りを見渡すと、エステルとレイヴンの声が辺りに響く。
エステルが指差した方向を見ると、階段上でイエガーとドンが武器を手に持ち、睨み合っているのが見えた。
ユーリ達は急いでそちらに向かおうと、階段前まで走るが、どこからか現れたのか、赤眼の男達と、ゴーシュとドロワットが目の前に立ち塞がった。


「通さない」
「おっさん、海凶の爪は手を出さないって言ってなかったっけ?」


ユーリは話が違う、とレイヴンを振り返った。


「仕掛けたのはドンの方よん」
「なんだと?それじゃじいさん、やっぱり・・・・・・」
「何しにきやがった!バカやろうが!若いのまで連れて来やがって」


イエガーに対峙していたドンがこちらに気付き、レイヴンに怒鳴った。
同じく、こちらに気付いたイエガーは「エクセレントな演出、感謝感激サンキューよ!」と言いながら、ドンが振り上げた剣を避けると、旗色が悪くなったのを感じたのか、館の奥に逃げていった。
ドンがそれを追い、扉の奥に姿を消すのを見て、は彼の名を叫び、床を蹴る。
は赤眼の男達を飛び越え、階段の上に立つと、扉を勢いよく開け、ドンの後を追った。
それを見たゴーシュとドロワットは、後を赤眼の男達に任せ、急いでその後に続いた。


ちゃん、俺たちのこと忘れてない?」


レイヴンのその言葉に、ユーリは溜息をつく。


「・・・・・・しゃあない、こいつらさっさと片付けて後を追うぞ!!」


ユーリは目の前に立ち塞がる赤眼の男達を鋭く睨みあげた。










ユーリは半ば呆れながら目の前の光景を見ていた。
がドンを追いかけて走り去った後には、多分の前に立ち塞がったのであろう赤眼の男達が、大量に床に伸びていたのだ。
しかも全員体が痺れて動けないだけらしく、ぴくぴくと全身を痙攣させているのが見える。


「うむうむ、毎度の事ながら鮮やかな手腕よのう」
「そんな呑気な事言ってる場合か、おっさん」


ユーリは満足げに頷いているレイヴンを半眼で睨むと、剣を肩に担ぎ、「行くぞ」と皆に声をかけ走り出した。
きっとこの赤眼ロードの終着地点がドンとのいる先だ。










ユーリ達が赤眼ロードの先にあった部屋の扉を開くと、部屋の手前ではゴーシュとドロワットがこちらに向かって構え、部屋の奥ではドンとイエガーが武器を構え対峙していた。
はというと、ゴーシュとドロワットに立ち塞がれ、ドンの元に行けないようで、悔しそうに歯噛みをしていた。


「まさかユーがこんな強引なプランでくるとは・・・・・・」
「てめぇに生きてられると世の中ややこしくてしょうがねえんでな」
「ユー自らがユニオンの掟に反して私闘なんてすると他の5大ギルドも黙ってナッスィン」
「覚悟のうえよ」


ドンはイエガーを睨みつけると、部屋の奥にあった窓を見やる。
窓の外は白々としていて、夜明けを告げていた。
ドンはそれを見て構えていた剣を下ろした。


「だが、夜が明けちまった。
 てめぇの力量を計り損ねてたみたいだな。時間切れだ。
 もうダングレストに戻らねぇとバカ共がケンカ始めちまう」
「ふ、ふん。今更ユーが戻っても衝突は避けられないでしょう」
「タダじゃあな。払う代償は用意してある」


はドンのその言葉に、口に両手を当て、目を見開き、レイヴンは「代償・・・・・・か・・・・・・」と小さく呟いた。


「こっちの落とし前がまだだぜイエガー」


ユーリがそう言ってイエガーを睨むと、イエガーは武器をしまい、後ろに下がると、


「さすがに旗色悪いでーす。グッバイでーす!」
「待ちなさい!!」


イエガーは後ろの窓を割って外に逃げて行った。
はその背中を追いかけ、窓から飛び降りる。


「あ、おい、!」


ユーリの引き止める声が聞こえるが、は構わず窓の下でイエガーと対峙していた。


「私はあなたを許さないわ!!覚悟しなさい!!」


はそう言いイエガーを睨みつける。
それを受けたイエガーは、自身の長い前髪を持ち上げ、それを払うと、を見つめ返した。


「おお、怖いでーす。でも今日はここまででーす」
「えっ!?」


がその言葉に驚き、一歩後ろに下がると、目の前にゴーシュとドロワットが降ってきて、に煙玉を投げつけた。
もろにその煙を吸い込んだがケホケホと咳き込んでいると、遠くの方からイエガーの「シーユーアゲイン!」という声が聞こえてくる。
その声にイエガー達を取り逃がした事を知ったは悔しげに唇を噛み締めた。





ドン達が降りてくるのを待とうと、が館の入り口の前で待っていると、達と同じく窓から飛び降りたのであろう、上からドンが降ってきた。


「ドン!!」


がドンに駆け寄ると、ドンはの頭に手をやり、「帰ぇるぞ」と言った。
は一瞬顔を輝かせたが、すぐに俯くと、静かにドンの横に並び、歩き出す。
ドンはのその様子を目に映し、目を細めると、これから決着をつけにいかねばならないダングレストにむかって足を一歩踏み出した。