闘技場の中に勢いよく飛び込んだは辺りを素早く見渡した。
どうやらユーリ達はナッツの救出に成功したらしい。
エステルがナッツを治癒術で癒しているのが見えた。
はそちらに走り寄ろうとして、ふと眼の端に映る見知った人物の姿に驚き、足を止める。
「ハリー!?何故あなたがここに?」
「・・・・・・?そっちこそ何でここに」
ハリーもに気付き声を上げた。
「私はユーリとレイヴンと・・・・・・」
がそう言いかけた時、空から突然ベリウスが降ってきた。
「ベリウス!!」
ベリウスは体のあちこちに傷を負っていて苦しそうにしていた。
やはりあの時離れるんじゃなかったとは走り出す。
「・・・・・・この・・・・・・悪の根源・・・・・・め・・・・・・」
ベリウスに隠れて見えなかったが、奥のほうでクリントが立ち上がるのが見えた。
は怒りに我を忘れ、「よくも・・・・・・!」とクリントに向かって駆け出した。
「あいつが悪の根源?んなわけねぇだろ。よく見てみやがれ!
―――って、おい、!?」
ユーリはクリントに向かって怒鳴ったが、そのクリントに向かってが怒りの形相で走っていくのに気付き、その腕を掴んだ。
「・・・・・・っ!ユーリ、離して!」
はユーリの手を振り解こうとするが、彼の掴む力は強く、全く解くことができなかった。
「少し落ち着けって」
「そうよ、ちゃん、かわいい顔が台無しよ」
「レイヴン・・・・・・」
二人の諭すような声には少し落ち着きを取り戻す。
よくよく見ると、すでにクリントは地面に臥し、ティソンもジュディスが相手をしている状況であった。
は取り乱した事を反省し、ごめんなさいと二人に詫びを入れた。
ユーリとレイヴンはいいってことよ、との頭をぽん、ぽんと撫でる。
「ベリウス様!」
その時、ナッツの悲愴な声が響いた。
がはっとしてベリウスを振り返ると、エステルがベリウスに駆け寄り、治癒術をかけようとしているところであった。
「だめ、エステル!私が・・・・・・!」
そう言いながらは走り出す。
しかし、時既に遅く、ベリウスはエステルの術式に反応し、体を光り輝かせ始めた。
「ぐぁああああっっっっ!」
「遅かった・・・・・・」
はベリウスの傍まで走り寄ったが、ベリウスの正気を失いかけた姿を目に映し出し、その場にへたり込んだ。
「わたしのせい・・・・・・?」
隣ではエステルが口を両手で覆い、小さく呟いている。
「あのまま暴れられると、闘技場が崩れっちまうぜ!」
「戦って止めるしかないのか!?」
「そ、そんなぁ!」
「わたし・・・・・・」
は顔を上げ、ユーリ達が武器を構える姿を見つめると、立ち上がった。
「私が・・・・・・やるわ・・・・・・」
『!?』
ユーリ達の驚く声が聞こえる。
はベリウスに近づきそっと囁く。
「ベリウス、今、楽にしてあげるわ」
「・・・・・・・・・・・・そうじゃ、の・・・・・・
せめて同胞の手で、死なせて、おくれ・・・・・・」
「ええ・・・・・・」
の呼びかけに幾分か正気を取り戻したのか、ベリウスが頷くのが見えた。
しかしこのままではいずれ再び正気を失い、闘技場を破壊尽くすであろう。
ベリウスが慈しみを持って守り続けてきたこの場所を彼女自身の手によって壊させるわけにはいかない。
は目を閉じ、胸の前で手をきゅっと握り締めると術を詠唱し始めた。
の術の詠唱に従い、髪がふわりと浮き上がり、光り始める。
胸の前で握った手の中からは白く輝く光の結晶が浮かび上がった。
「あれ、は・・・・・・?」
リタは目を見開き、その光景を凝視する。
は胸の前に浮かび上がった結晶を両手で包み込むとベリウスの方にそっと投げる。
その瞬間光が爆発し、辺り一面眩い光に覆われた。
「お、おさまった・・・・・・?」
「ベリウス様!!」
眩い光が収まると、そこには正気を取り戻したベリウスの姿があった。
しかし次の瞬間、ベリウスの体は青く光り始める。
はそれを目に映すと、地面にくずおれ、顔を伏せ肩を震わせた。
「今度はなに?」
「こんな結果になるなんて・・・・・・」
「ごめんなさい・・・・・・わたし・・・・・・わたし・・・・・・」
エステルが沈み込んだ声音でそう呟くのが聞こえる。
「気に・・・・・・病むでない・・・・・・」
「そなたは・・・・・・わらわを救おうとしてくれたのであろう・・・・・・」
「・・・・・・でも、ごめんなさい。わたし・・・・・・」
「力は己を傲慢にする・・・・・・。だが、そなたは違うようじゃな。
他者を慈しむ優しき心を・・・・・・大切にするのじゃ・・・・・・。
フェローに会うがよい・・・・・・。己の運命を確かめたいのであれば・・・・・・」
「フェローに?」
「ナッツ、世話になったのう。この者たちを恨むでないぞ・・・・・・」
「ベリウス様!!」
ベリウスの気配が薄れていくのを感じ、はやっとの思いでベリウスを見上げる。
「ベリウス・・・・・・」
「幼子よ・・・・・・そなたには辛い思いをさせて、すまんの・・・・・・」
「・・・・・・そんなことないわ。私は私の務めを果たしたの。
ただ、それだけよ・・・・・・」
「そうじゃの・・・・・・」
ベリウスがそう言うと、その体は薄れ始める。
エステルはそれを凝視し、立ち上がる。
「ま、待ってください!だめ、お願いです!行かないで!}
「ベリウス・・・・・・
・・・・・・さようなら・・・・・・」
ジュディスがそう呟くのが聞こえる。
彼女もまた、ベリウスには何か想い入れがあったのだろうか、ジュディスの話をあまり聞いていなかった事を思い出し、は顔を上げる。
がジュディスの顔を目に映した瞬間、ベリウスの姿は掻き消え、蒼く光り輝く結晶となって宙に浮かび上がった。
「これは・・・・・・幽霊船の箱に入ってたのと同じ・・・・・・?」
「聖核だ・・・・・・」
それを見て、リタとカロルが声を上げた。
「わらわの魂、蒼穹の水玉を我が友、ドン・ホワイトホースに」
光り輝く結晶はベリウスの声でそう言い残し、その光と浮力を失った。
それを受け止めると、エステルは崩れ落ちた。
レイヴンは聖核をじっと見つめる。
「ハリーが言ってたのはこういうわけか」
「人間・・・・・・その石を渡せ」
「こいつがてめえらの狙いか。素直に渡すと思うか?」
ユーリはクリントの声に、瞬時にエステルとの間に入り、剣を構えた。
「では素直に・・・・・・させるまでのこと」
クリントがそう言い、立ち上がったとき、「そこまでだ!全員、武器を置け!」とソディアが闘技場の入り口から走ってきた。
「ちっ、来ちまいやがった」
「貴様・・・・・・闘技場にいる者を、すべて捕らえろ!」
ソディアはユーリに気付くと、肩を怒らせ、剣を抜いた。
ソディアの合図で騎士達が闘技場の端端に散り、魔狩りの剣を取り囲む。
こうしちゃいられないと、ユーリ達は出口に向かって走り出す。
も一緒に走りかけたが、ハリーが騎士達に取り押さえられているのを見て、声を上げる。
「ハリー!!」
は駆け寄り様にハリーを取り囲んでいた騎士達を薙ぎ倒すと、ハリーの手を引き、走り出す。
ハリーは驚いたように「!?」と声をかけてくる。
「今はとにかく走って!!」
「そうそう、ちゃんの手を煩わせちゃいけないよ」
『レイヴン!?』
とハリーの声がはもった。
レイヴンはまあ、まあ、と手を振って見せると、追いかけてくる騎士達に向かって足止めの矢を放つ。
とりあえずは逃げるのが先決だ、と達は全力で走り出した。
「今、フレン、ユーリがラゴウをって・・・・・・」
船に乗り込み一息つくと、カロルはユーリを見上げて尋ねた。
リタは船が騎士団に囲まれている事態にのんびりしている男どもに向かって怒鳴る。
「話は後よ!
男どもは錨をあげて!」
「ほれ、男は錨だってさ」
いつのまに船に乗ったのか、レイヴンが顎を摩りながらユーリ達に激を送った。
その横にはレイヴンと一緒にノードポリカではぐれたの姿も見える。
「レイヴンも男でしょ・・・・・・」
「おっさん、走りっぱなしで腰が痛くて痛くて・・・・・・」
レイヴンも手伝えとは彼を睨んだが、そう返されてしまい、しょうがないなぁと溜息をついた。
カロルはその光景に目を白黒させていたが、の後ろにドンの孫だというハリーを見つけて目を見張った。
レイヴンはその視線に気付きハリーを指差す。
「こいつも一緒に乗せてやってくれ」
「一人増えても大して変わらないでしょ」
はカロルにそう言うと、船首に向かって走り出した。
は船首につくと、そこから前方を睨んだ。
フィエルティア号の前方には取り囲むように騎士団の船団がずらりと並んでいた。
あれを突破するには騎士団の船団よりも出力の高い駆動魔導器が必要であろう。
はどうしたものかと首を捻った。
しかしその時、船が激しく揺れ、ものすごい勢いで海を前進し始めた。
それは船団のスピードをも上回るもので、フィエルティア号はなんなく騎士団の包囲網を突破してしまった。
「なに・・・・・・!?」
駆動魔導器に何かあったのだろうかと、は後ろを振り返った。
そこには暴走した駆動魔導器の制御盤をだし、それを操作しているリタの姿があった。
は赤く光を発して暴走する魔導器と、エステルの手の中にある、やはり暴走した聖核を交互に見やると、そちらに駆け寄ろうとしたが、その時、の前をジュディスが通り過ぎた。
ははっとして彼女に声をかける。
「・・・・・・ジュディス!」
「何するんです!」
「な、やめてぇっ!!」
エステルとリタの制止の声を振り切り、ジュディスは駆動魔導器に槍を突き立てた。
エステルはその光景が信じられないと、しゃがみ込み、口元に手を当てる。
「どうして?」
「・・・・・・私の道だから」
ジュディスがそう呟いたとき、海の向こうから、バウルの鳴き声が響いた。
「あいつ、バカドラ!」
「ジュディ!待て!」
ユーリはバウルの鳴き声から、ジュディスが立ち去ってしまう事を悟り、そちらに向かって駆け出した。
しかし、ジュディスはバウルの背中に飛び乗ると、「・・・・・・さようなら」と言い残し、飛び去っていってしまった。
「ジュディス・・・・・・」
「なんで、どうしてよ!?」
後にはとリタの声が響き渡るだけであった。
あの後はレイヴンの横に座り、ずっと空を見上げていた。
駆動魔導器はリタが見てくれているらしい。
そんなことをレイヴンが話してくれたが、それには生返事で返していた。
「おっ来たね、青年」
「マイペースだな、おっさんは」
レイヴンにそう返すユーリの声を聞き、はそちらを見やった。
ユーリは船室に続く扉の前に立ち、扉に背を預ける。
「ま、それだけが取柄か」
「それはちとヒドイんじゃない。それ以外にも取柄はあるわよ」
「ま、それはどうでもいいけど」
ユーリは興味なさげにレイヴンの言葉を遮った。
そのつれない態度に、レイヴンは肩を落としたが、すぐに顔をあげ、虚空を見つめる。
「しかし、びっくりしたわ、ベリウスがあんな化け物・・・・・・」
そう言った瞬間が凄い目つきで睨んできたので「失礼、始祖の隷長だったけか」とレイヴンは言い直す。
「ああ。でも、人魔戦争の黒幕だって話は嘘だったみたいだな」
「帝国がノードポリカの占拠を正当化するためってとこじゃない」
レイヴンは頭の後ろで腕を組み、そう答えた。
「だろうな。
で、そっちのドンの孫、だっけか?一体、どうなってるんだ」
レイヴンはユーリの視線にあわせてそちらを見やる。
ハリーはレイヴンの横で座り込んでずっと俯いていた。
「このバカが、海凶の爪に偽情報掴まされて先走っちまったのよ」
「ドンの盟友が魔物に捕まってるって聞けば、助けなきゃって思うだろ。
しかも、その魔物が聖核まで持ってると言われたら・・・・・・」
ハリーはレイヴンの言葉に、顔を上げそう言った。
どういうことだ、とユーリは首を傾げる。
「捕まってるってベリウスが、か?」
「海凶の爪がそう言ったそうよ。
で、魔狩りの剣の手を借りて、魔物を退治しに来たってこと」
「実際はその魔物がベリウスで、聖核は手に入ったけど、助けなきゃなんない相手は死んだ、と」
「だってよぉ・・・・・・」
ハリーは今にも泣きそうだ。
レイヴンはハリーをあやすかのように優しい声を出す。
「おまえ、焦りすぎなのよ。もっと情報を確認して行動しないと・・・・・・」
「チクショー、おまえに何がわかるってんだ!」
「・・・・・・しょうがねぇなあ・・・・・・」
ハリーが焦るのも無理もない。
祖父が偉大だとその身内にかかる重圧は計り知れない。
その期待に応えようとして頑張っても、なかなかそれが上手くいかないと、なおさらだろう。
ハリーの様子をみてレイヴンは肩を落としたが、すぐに顔をあげてユーリを見た。
「こいつにとってドンの存在は重荷なのよ」
「じいさんが偉大だと、孫が苦労するってわけか」
ユーリの言葉に頷くと、レイヴンはやれやれと頭を振った。
ユーリは顎に手をあてベリウスの最後を頭に浮かべ、そういえば、とレイヴンの顔を見る。
「・・・・・・戦士の殿堂は黙っちゃいないだろうな。
あの時は戦うしか無かったけど、そんなもん言い訳にならねぇ」
「それは大丈夫よ、ベリウスはわたしが殺したんだから。
わたしが責任を負うわ」
それまで静かに話を聞いていたが突然そう言い出した。
ユーリとハリーの2人はその内容に驚愕し、「!?」と息を呑んだ。
ハリーが目を見開いてに駆け寄ろうとするのを、レイヴンは目で制して止める。
ユーリはの顔を凝視し、身を乗り出した。
「おまえ、だからあの時・・・・・・!」
「ううん、そうでなくても、あれは私がやらなくちゃいけないことだったの」
「・・・・・・?」
の様子がいつもと違うのを感じ、ユーリはの傍に寄ると、彼女の顔を覗きこんだ。
はユーリの顔を見つめ、目を伏せると、
「・・・・・・ごめん、ちょっと疲れたみたい、先、休むね」
と言い、船室の扉の前まで歩くと、おやすみなさい、とこちらに手を振り、は船室に入っていく。
ユーリとレイヴンがそれを見つめる中、彼女の銀の髪が靡いて扉の奥に消えた。
「ちゃんも思いつめちゃってるわねぇ・・・・・・」
の靡いた髪がもの悲しげな余韻を残す中、レイヴンはそう呟く。
ハリーはレイヴンの意図を察し、横で大人しくなっている。
ふと、ユーリの方を見ると、彼は俯いて何かをずっと考えているようだった。
責を負う、ね・・・・・・。
レイヴンは顎を摩りながら、が言った言葉を思い出す。
彼女がそう言い出すことはあらかじめ予想してた。
はギルドには所属していなかったものの、天を射る矢のメンバーに囲まれて育った。
ギルドの掟は熟知しているはずだ。
事件を起こしたハリーを、しいてはドンを守るためにそう言い出したのであろう。
あのじいさんがそれを許すはずも無いが・・・・・・、とレイヴンは思う。
そして事の真相がどうであれ、ギルドの統領の命が失われたのには間違いない。
が何と言おうと、ドンの出方は決まっているだろう。
血には血の制裁を、それがギルドの掟だ。
これから起こるであろう事の顛末を考え、レイヴンは深く息を吐いた。
「ま、とにかくちゃんのことはドンに任せておけば間違いないわ。
ハリーもドンのところに連れて行くから、船が直ったら、ダングレストのそばにつけてよ」
レイヴンがそう言うと、ユーリはようやく顔を上げ、「わかった」とレイヴンに答えた。
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