昨日はあれからあまり寝付けなかった。
は眩しく照り付ける太陽に目を細めながら、眠い目を擦った。
隣では呑気に腕を伸ばし、大あくびをしているレイヴンが見える。
「久しぶりによく寝た〜
ふわぁあっ・・・・・・」
「あんた、寝すぎ」
リタが呆れたようにレイヴンにそう言った。
まったくだ、とはレイヴンを睨んだ。
それにユーリは小さく笑う。
「もう街出んだから、しゃんと目を覚ませよ」
「・・・・・・あれ?騎士団が少なくなってる・・・・・・?」
カロルは街を見渡して呟いた。
そういえば、とも街を見渡す。
必要最低限の人員だけ残して、騎士達は町を出て行ったようだ。
昨日フレンが言っていた言葉を思い出し、はユーリに顔を向ける。
「そういえば、昨日フレンが封鎖がどうのって・・・・・・」
「封鎖?何の事かしら」
「例の人魔戦争の件でベリウスを捕まえるため、かも・・・・・・」
はジュディスの問いに答え、眉を顰める。
自分で答えておいてはなんだが、もしそうであるなら、ノードポリカに急いだ方がよさそうだ。
「ねぇ、ユーリ。できるだけ急いでノードポリカに戻らない?」
「ん?どうした」
「何か嫌な予感がするのよ」
はユーリにそう答え、目を伏せる。
すると、レイヴンが顎を摩りながら、の横を通り抜けて街の出口の方まで行き、こちらを振り返った。
「でもな〜。俺様、あんま騎士団と関わりあいたくないのよねえ」
「そりゃオレもできればな」
レイヴンとユーリのその声は実感がやたらこもっていた。
どちらの気持ちも分かるぶん、は伏せていた目を開き、瞬いた。
「じゃ慎重に進もうよ。慌てず急いで、ね」
カロルは人差し指を立ててそう言うと、出口に向かって歩き出す。
「カドスのエアルクレーネの事も忘れないでよね」
「ああ。わかってるさ。行こうぜ」
リタの言葉にユーリは頷くと、カロルに続いた。
ひとり残されたレイヴンは、やれやれ、と肩を竦めるとユーリ達の後を追った。
カドスの喉笛は、騎士団、しかもフレン隊により封鎖されていた。
しかしそこはレイヴンの機転により、通り抜けることが出来、達はほっと安堵の息を漏らした。
それでも追っ手の声は聞こえるので、リタのエアルクレーネの調査はほどほどにしてもらい、ようやく出口の明かりが見えるところまで達は辿り着いた。
「隠れて」
道の角に差し掛かったところで、ジュディスがそう言った。
陰からこっそりと出口を窺うと、シュヴァーン隊であるルブラン達が出口を固めていた。
レイヴンはそれが分かると、さっとそちらに背を向けた。それには小さく笑みを漏らす。
「まあ、当然ここも押えてるわね」
「レイヴン、さっきみたいに上手く出来ない?」
カロルが期待の眼差しを込めてレイヴンを見上げるが、レイヴンはう〜ん、と唸りながら顎を摩った。
「まじめな騎士にあまり無体なことはしたくないなあ・・・・・・」
「あれ、まじめに見えないわよ」
リタが呆れた顔をルブラン達にむける。
ここの封鎖の指揮はフレン隊がとっているはずだ。
違う隊のアデコールとボッコスはその指揮下にいることが不満なのだろう。
彼らの顔つきからはあまり覇気が感じられなかった。
そんな二人を、生真面目な性格で有名である小隊長のルブランが叱責していた。
その時、達を追う追っ手の声が洞窟中に響き渡った。
「む、何事であ〜る」
「む、おまえは、ユーリ・ローウェル」
「よう、久しぶりだな」
ルブラン達はそれでようやくユーリ達に気づき、声を上げた。
ばれては仕方がない。ユーリは前に出ると、親しげにルブラン達に声をかけた。
「そ、それにエステリーゼ様!」
「ど、どうすんの!」
前からはルブラン達が、後ろからは騎士団が飼いならした魔物が迫ってくる。
その状況にカロルは慌てて皆の顔を見る。
「しゃ〜ない!」
レイヴンはカロルのその声を受けて、振り返ると、一番前に走り出た。
ユーリはそれに気付き、慌てて声をかける。
「おい、おっさん!」
「全員気を付け!」
「は、はっ!」
レイヴンが放った号令に合わせてルブラン達は立ち止まり、敬礼をする。
その隙にレイヴンは走り抜ける。
ユーリ達はその光景に目を丸くしたが、すぐにはっとすると、
「なんか知らんが、今のうちだ!」
というユーリの声とともに出口に向かって走り出した。
はルブラン達に「おつかれさま〜」とにこやかに声をかけ、横を通り抜けた。
ユーリ達がノードポリカに着いた時、丁度その日は新月の夜であった。
カドスの喉笛ほど街に厳戒態勢が敷かれていないのを見て、ユーリ達は不思議に思ったが、せっかくの機会を逃してはならぬと、早速ベリウスの元へ向かった。
「ベリウスに会いに来た」
「あんたたちは・・・・・・たしか、ドン・ホワイトホースの使いだったかな」
前に自分達が来た事を覚えててくれたのか、ユーリが声をかけるとナッツはそう言った。
レイヴンはそれに頷く。
「そそ。そゆワケだから通してもらいたいんだけど」
「そちらは通ってもよいが・・・・・・
他の者は控えてもらいたい」
ナッツの言う事はつまり、ドン・ホワイトホースの使いであるレイヴンは信用できるが、他は信用できないと言う事であろう。
それに対してカロルやリタが不満の声を上げたが、その時ナッツが立っている扉の向こうから「よい。皆通せ」という静かな声音が響いた。
ナッツはそれに驚いて扉を振り返る。
「統領!しかし・・・・・・」
「良いというておる」
「話が分かる統領じゃねぇか」
ユーリは口の端を少し持ち上げそう言った。
「・・・・・・わかりました」
ナッツは不承不承扉の前から退くと、こちら全員の顔を一つ一つ見つめる。
「くれぐれも中で見たことは他言無用で願いたい」
「他言無用・・・・・・?どうして?」
「それが我がギルドの掟だからだ」
「わかった。約束しよう」
ユーリはナッツに大きく頷いて見せた。
ナッツにお礼を言い、扉をくぐると、ユーリ達はベリウスがいると言う部屋の前まで来ていた。
ユーリは皆を振り返り、小さく頷くと、扉を開ける。
「え、ええっ・・・・・・!
こ、これ何?」
扉の先は真っ暗な空間が広がっていた。
思っても見ない展開にカロルが驚きの声を上げた。
「みんないるよな?」
「ワン」「おーーー」「はい!」「ええ」「いるわよ」「うん」
ユーリが仲間の所在を確認する為に声をかけると、皆それぞれ返事を返した。
徐々に暗闇に目が慣れると、部屋の奥にぼんやりとした紫色の明かりが見えることに気がついた。
「なっ、魔物・・・・・・!」
「ったく、豪華なお食事付きかと期待してたのに、罠とはね」
そちらに目を向けると、明かりに照らし出されたのは長い触角と尻尾を持つ、狐のような大きな魔物であった。
それに気付いたユーリは皮肉げな声を漏らし、剣を構えるが、
「罠ではないわ。彼女がベリウスよ」
とジュディスが言ったので、すぐに剣を下ろした。
「いかにも。わらわがノードポリカの統領、戦士の殿堂を束ねるベリウスじゃ」
「こりゃたまげた」
ベリウスが声を発した瞬間部屋の明かりが灯り、統領の部屋の主の姿が明らかになった。
それに驚き、レイヴンは声を上げる。
エステルはベリウスに近寄ると彼女を見上げた。
「あなたも、人の言葉を話せるのですね」
「先刻そなたらは、フェローに会うておろう。
なれば、言の葉を操るわらわとてさほど珍しくもあるまいて」
「あんた、始祖の隷長だな?」
「左様じゃ」
「じ、じゃあ、この街を作った古い一族ってのは・・・・・・」
「わらわのことじゃ」
ベリウスはユーリ達の質問に事も無げに答えていく。
その内容にレイヴンは半眼になり、
「・・・・・・ドンのじいさん、知ってて隠してやがったな」
と、呟いた。
ベリウスがその声に気付き、レイヴンを見やる。
「そなたは?」
「ドン・ホワイトホースの部下のレイヴン。書状を持ってきたぜ」
そう言いながらレイヴンは懐から手紙を取り出すと、ベリウスに近寄り、それを手渡した。
「いまさらあのじいさんが誰と知り合いでも驚かねえけど、
いったいどういう関係なのよ?」
「人魔戦争の折に、色々と世話になったのじゃ」
「人魔戦争・・・・・・!なら、黒幕って噂は本当なんですか?」
カロルはベリウスの言葉に驚き声を上げた。
「ほほ、確かにわらわは人魔戦争に参加した。
しかしそれは始祖の隷長の務めに従ったまでのこと。黒幕などと言われては心外よ」
ベリウスは静かに笑う。
その様子をはじっと見つめた。
人魔戦争の真相を知る者はあまりにも少ない。
嘗て、人の味方になって戦った始祖の隷長達がいたということは歴史の頁に巧妙に隠されてしまったのだ。
多分、人魔戦争の黒幕と言う話は単に人間がノードポリカを攻めるための言い訳に過ぎないのであろう。
はそう考え、深く溜息をついた。
手紙を読み終えると、ベリウスはフェローとの仲立ちを求めるドンの頼みを無碍には出来ぬと返事を承諾してくれた。
レイヴンはよほど任務が失敗したときのドンの対応が怖いのかそれに安堵の息を漏らした。
「さて、用向きは書状だけではあるまい。
のう。満月の子よ」
「わかるの?エステルが満月の子だって・・・・・・」
「我ら始祖の隷長は満月の子を感じる事が出来るのじゃ」
いきなり話を振られてぽかんと口をあけていたエステルは、すぐに顔を引き締めると、ベリウスの前に行き、お辞儀をする。
「エステリーゼといいます。
満月の子とは、いったい何なのですか?
わたし、フェローに忌まわしき毒と言われました。
あれはどういう意味なんですか?」
「ふむ。それを知ったところでそなたの運命が変わるかは分からぬが・・・・・・」
ベリウスは真意を言っていいのかどうか悩み、言い淀んだ。
そんなベリウスをみてジュディスが彼女に歩み寄る。
「ベリウス。その事なのだけど・・・・・・」
「ふむ。何かあるというのか?」
「フェローは・・・・・・」
ジュディスがそう言いかけた時、部屋の扉が大きな音をたてて開いた。
驚いて振り向くと、いつぞやカルボクラムで会った魔狩りの剣の首領クリントとティソンが武器を構え立っていた。
「遂に見つけたぞ、始祖の隷長!魔物を率いる悪の根源め!
闘技場で凶暴な魔物どもを飼いならす、人間の大敵!覚悟せよ、我が刃の錆となれ!」
クリントのその口上には血が滾るのを感じた。
勝手な言い分で無抵抗な者達を殺そうとする魔狩りの剣は、正に自分が嫌いな人そのものではないか。
その瞬間、脳裏に過去の光景がフラッシュバックし、には吐き気すら感じられた。
それを辛うじて堪えイヤリングを外すと、、はベリウスの傍に立ち、構えた。
すると、その髪はふわりと浮かび上がり、光を発し始める。
ベリウスはそんなの様子に気付き、じっとを見つめた。
「・・・・・・そなたは・・・・・・あの時の幼子か」
「・・・・・・!?」
ベリウスのその言葉には驚いてベリウスを見上げる。
「私を・・・・・・知ってるの?」
「知っておるとも。そなたの両親とはよく語り合ったものじゃ。
そうか、あの子がのぉ・・・・・・大きくなったものよのぉ・・・・・・」
「そんな・・・・・・デュークは何も言ってなかったわ・・・・・・」
そう、デュークはベリウスの事は何も言わなかった。
だからはベリウスという始祖の隷長の存在は知っていても、彼女が戦士の殿堂の統領をやっていることは知らなかったのだ。
は未だ頭の整理が付かず、目を白黒させる。
ユーリ達には何の事だか分からなかったが、黙ってとベリウスを見つめていた。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ!?
かかってこないなら、俺から行く!さあ相手になれ、化け物!」
痺れを切らしたティソンが怒鳴り、ベリウスに向かっていく。
それにユーリが「邪魔すんじゃねえよ」とティソンの剣を弾く。
しかし、その隙をついたクリントがユーリの脇を通り抜けベリウスに襲い掛かった。
ははっとしてそちらを見やり、止めていた術の詠唱を始めた。
クリントの攻撃を軽々と受け止めながら、ベリウスはユーリ達を見やる。
「こやつらはわらわが相手をせねば抑えられぬようじゃ。
そなたら、すまぬがナッツの加勢にいってもらえぬか」
「あんたは大丈夫なのかよ!?」
「たかが人などに後れは取りはせぬ」
「わかった」
ユーリはベリウスに頷いてみせると、「行くぞ!」と仲間に声をかけ走り出した。
ユーリ達が去る姿を目に映しながらも詠唱を続けるに、ベリウスは声をかける。
「そなたも・・・・・・」
「でも、私は・・・・・・!」
せっかく両親のことを知る数少ない人物に会えたのに、このままではまた失ってしまう。
その恐怖に、は身を震わせた。
「わらわは大丈夫じゃ」
ベリウスはそんなを諭すかのように、労わりのある眼差しで見つめ頷いて見せた。
「・・・・・・わかったわ・・・・・・」
はベリウスの姿を瞳に映し、目を伏せると、未練を断ち切るかのように走り出した。
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