「はぁ〜・・・・・・やっと帰ってきた。
 砂漠はもうこりごりだわ・・・・・・」
「ホントだよ・・・・・・」


ヨームゲンの街を出たユーリ達は、再び砂漠を通りぬけ、やっとマンタイクに辿りついた。
行きよりも目的地がはっきりしている分、多少は気が楽であったが、やはり今後一切行きたくないと思える場所である。
カロルはリタが溜息交じり呟いた言葉に同意した。


「あれ・・・・・・人が外に出てる・・・・・・」


エステルが奥を見てそう呟く。
街の中央には馬車とそれに乗り込むであろう人達、そしてそれを取り囲むように騎士が立っていた。


「外出禁止令ってのが、解かれたのかもね」


リタはそう言いながらそちらに目を凝らす。
よくよく見ると、騎士の方は、カルボクラムやヘリオードで会った、あのキュモールのようであった。
それに目を見張り、身を乗り出しかけたが、


「急いてはことを仕損じるよ」


と、落ち着いた声をかけるレイヴン。
相手はあのキュモールだ。
ヘリオードの時のように何か悪いことを企んでいるのではないか。
ユーリ達は暫く物陰で様子をうかがう事にした。


「―――ほらほら、早く乗りな。楽しい旅に連れてってあげるんだ、ね?」
「私たちがいないと子供たちは・・・・・・!」
「翼のある巨大な魔物を殺して死骸を持ってくれば、お金はやるよ。
 そうしたら、子どもともども楽が生活が送れるんだよ」
「お許しください!」
「知るか!乗れって言ってんだろう、下民どもめ!
 さっさと行っちゃえ!」


どうやら、街の人たちを無理やり砂漠に連行させていた新しい執政官というのは、キュモールだったらしい。
今も、街の人たちを脅して力ずくで馬車に乗せようとしている。
それだけ確認すると、はキュモール達に気付かれないよう、静かに街の奥へ向かった。


「翼のある巨大な魔物ってフェローのことだよね」
「にしても、フェロー捕まえて何しようってんだかね」
「それでどうするのかしら?放っておけないんでしょう?」


ジュディスの言葉にユーリはじっと地面を見つめる。


「わたしが・・・・・・」
「あのバカ、お姫様の言う事も聞きゃあしねぇよ」


エステルが身を乗り出し、キュモールの所へ行こうとしたが、ユーリは無駄だ、とそれを止めた。


「・・・・・・じゃあ、どうするんです?」


エステルは為す術もなく俯いた。
そうこうしているうちに、馬車の準備が整ったらしい、馬が嘶くのが聞こえる。
ユーリはが向こうから戻ってくるのを見て、声をかける。


「どこ行ってたんだ?」
「んー。まあ、私に任せてよ」
「何をです?」


エステルの問いに、は馬車を指差す事で答え、愛用の武器である針を取り出した。
そのまま馬に狙いを定め、目を細めると、針を挟んだ手を向こうに向けて払う。
その瞬間、細い筋を宙に残しながら、針は飛び、馬の首元に突き刺さった。
馬は突然の痛みに吃驚して暴れだす。
慌てて騎士達が取り押さえようとするが、馬はそのまま騎士達を蹴散らして、砂漠の向こうへと走っていってしまった。
馬が舞い上げた砂煙が視界を覆う中、キュモールの金切り声が響く。


「―――何してるんだ!?すぐに替えの馬を用意しなさい!」
「それが、代わりの馬も逃げてしまったようで・・・・・・」
「きーっ!!使えない奴らだね!この責任は問うからね!」


どうやら成功のようだ。
砂煙がはれると、キュモールが肩を怒らせ去っていくのが見える。
それを確認すると、はにこやかにユーリ達を振り返った。
ユーリはその笑顔に小さく溜息をつく。


「替えの馬の細工をしたのもおまえか?」
「うん、ダメだった?」
「いや、いいんだけどな・・・・・・」
「でも、これって、ただの時間稼ぎじゃない」


今はこれでなんとかなったかもしれないが、キュモールがいる以上、いつかは再び街の人達に犠牲がでるだろう。
リタは暗にその事を含ませたが、はきょとんと目を瞬く。


「時間稼ぎでもやれる事はやらなきゃ、でしょ?」
「まあ、これが限度ね。私たちには」


胸の上に手を当てながら、の言葉に同意するジュディス。


「騎士団に表立って楯突いたらカロル先生、泣いちまうからな」


ユーリはそう言いながら、カロルを見やる。
カロルはそれにぽかんと口をあけ、ユーリを見上げた。


「俺たち、気付かれる前に、隠れた方がいいんじゃなぁあい?」


今は騎士達も馬車の事で手いっぱいで、こちらを見やる余裕はないが、確かにこのままここにいたら気付かれるのも時間の問題だろう。
レイヴンのその言葉に、ユーリ達は頷き、アルフとライラの両親と別れると、宿屋に向かった。














は宿屋の入り口に一番近いベッドに横たわり、天井をじっと見つめていた。
すでに夜は更けているので、宿屋の明かりは消え、小さなランプが部屋をぼんやりと照らすだけである。
奥のベッドではリタ達がずっと話をしていたが、それには加わらず、目を伏せる。


「大人も子どもも残らず砂漠行き、か・・・・・・」


小さくそう呟き、はきゅっと口の端を結ぶ。
自分達にはたとえキュモールを捉えることが出来ても、裁くことができない。
しかし、それを放っておくことは到底出来そうにない。
キュモールの残虐非道な行為は今のままでは収まることはないだろう。
レイヴンが言った「バカは死ななきゃ、治らない」という言葉が延々と頭の中を巡る。
ふと、ユーリの方を見ると、彼は宿屋のカウンターの近くに立っていて、じっと虚空を睨んでいた。
彼もきっと同じ気持ちなのであろう、はそう感じ、深く息を吸うと拳を握り締め、目を閉じた。





皆が寝静まった頃、は閉じていた目を開け、起き上がった。
やはり、キュモールのことは許す事が出来ない。
ドンやギルドの皆、ユーリ達と触れ合う事で人の優しさを知った。
しかし自分の両親を殺した人間のような輩も、事実、人の世の中にいるのだ。
ラゴウやキュモールといった人間がそうだ。
は暫く心の奥底に閉じ込めてきた、人への憎しみの感情が湧き上がってくるのを感じた。

横においていたポシェットを持ち、ベッドから立ち上がると、は扉の方に向かった。



「っ!?」


突然後ろからかけられた声に、は驚いて振り返る。
そこには先程まで、壁に寄りかかるようにして寝ていたユーリが、暗い目をして立っていた。
その目は、ラゴウの時と同じ、何かを決意し、覚悟したような、光を宿していた。
はユーリのその目を見て、出しかけた言葉を引っ込める。


「オレが行く」


ユーリが自身の右の手の平をじっと見つめ、ぎゅっと握った後そう言った。
その行為が何故か悲しいものに思えて、は「でも・・・・・・・!」と、身を乗り出す。
しかし、ユーリは小さく首を振って、の肩に手を置き、諭すように自分の目をじっと見つめてくる。
罪を背負うのは自分ひとりでよいといっているのだろう。彼の決意は確固たるものであった。
はそれを自身の瞳に映すと、俯き地面をじっとみつめた後、その場所を譲った。
すると、ユーリはそのまま静かにの脇を通り過ぎ、外へ出て行った。





「―――さあ!望みを言ってごらん!」
「オレがおまえに望むのはひとつだけだ」
「そ、それは何だい・・・・・・?
 ―――や、やめろ・・・・・・来るな!近づくな、下民が!
 ボクは騎士団の隊長だよ!そして、いずれ騎士団長になるキュモール様だ!」


ユーリが出て行った後、は宿屋の扉をじっと見つめ佇んでいるだけであったが、やはりユーリだけに背負わせる訳にはいかないと、宿屋の外に走り出した。
しかし、すでにユーリはキュモールを追い込んでいるらしい。
キュモールの金切り声が、漆黒の闇の中に響き渡る。
はすぐにそちらに向かおうと走りかけたが、街の入り口の方から誰か人がくる気配がして、そちらに振り向いた。
それは、フレンだった。
フレンはユーリとキュモールに気付くと、すぐにそちらに向かおうとしたが、がそこに立ちふさがる。


!?」
「行ってはダメ」
「このままでは、ユーリが罪を重ねることになるんだぞ!?」
「それでもダメなの。これはユーリが選んだ道。
 それを邪魔する事は出来ない。
 どうしても行くのだというのなら・・・・・・」


は胸の前で拳を握り締めると、キッとフレンを睨む。


「私を倒してからいきなさい」
「・・・・・・くっ・・・・・・」


フレンはのその気迫に逡巡する。
その時、キュモールの悲鳴が辺りに響き渡った。
もフレンもはっとしてそちらを見やる。
どうやらキュモールは砂に足を取られて、流砂の中に落下したようであった。
すでに体の半分以上が砂に埋もれ、ユーリに向かって手を伸ばしているのが見える。
じっとその光景を凝視していると、キュモールの体は手だけしか見えなくなり、やがて砂は全てを埋め尽くした。
それを最後まで見届け、は静かに目を閉じた。
と同様に、じっとそれを見続けていたフレンは、ユーリを見つめ、きゅっと拳を握り締めると、ゆっくりとユーリの方に歩いていく。


「街の中は僕の部下が抑えた。もう誰も苦しめない」
「そうか、これでまた出世の足がかりになるな」


ユーリはフレンの存在に気付き、それを避けるように目を閉じたが、後に続く言葉を聞き、暗い夜空を見上げた。
新月はもうすぐなのだろうか、月明かりは暗く、ぼんやりとしている。


「オレ、あいつらのところに戻るから」


ユーリがこちらに向かって歩き出すのが見える。
は何故かこの場にいてはいけない気がして、すぐに踵を返し、宿屋の方に向かった。















暗い夜空に、色とりどりの花火があがる。
それは夜空を鮮やかに彩り、街を照らし、街の人たちの笑顔をいっそう明るいものにさせていた。
は一人になりたくて、屋根の上に座り、その光景を見つめていた。
あれからフレン隊の騎士達が取り押さえたキュモールの部下の騎士達を街の外へ連行していくのを見た。
この街はもう、理不尽な権力の被害に悩ませられる事はないだろう。
は再び街を眺め、街の人の笑顔を見つめ、それをもたらした人の顔を脳裏に浮かべ、深く息を吐いた。
ふと、湖の方を見やると、フレンとユーリが二人で水辺に座っているのが見えた。
ははっとして立ち上がると、すぐに屋根の上から飛び降りた。





「―――なぜ、キュモールを殺した。
 人が人を裁くなど許されない。
 法によって裁かれるべきなんだ!」


は気付かれない程度にユーリ達に近づき、そっと様子を窺った。
湖の周りは暗く、フレンとユーリの表情は窺い知ることが出来ない。
はそちらに背を向け、傍にあった木に体を預けると、ユーリ達の話に耳を傾ける。


「―――なら、法はキュモールを裁けたっていうのか!?
 ラゴウを裁けなかった法が?冗談言うな」
「ユーリ、君は・・・・・・」
「いつだって、法は権力を握るやつの味方じゃねえか」


そう、法はラゴウを裁けなかった。
法は権力を持つ者を正当化し、権力を持たぬ者は虐げる。
その現実をは何度も目の当たりにしてきた。
天を射る矢に所属はしなかったものの、そういった世の中が許せなくて、自分は彼らを手伝ってきた。
銀狼という通り名はそのときにできたものだ。


「―――だからといって、個人の感覚で善悪を決め人が人を裁いていいはずがない!
 法が間違っているなら、まずは法を正すことが大切だ」
 そのために、僕は、今も騎士団にいるんだぞ!」
「あいつらが今死んで救われたやつがいるのも事実だ。
 おまえは助かった命に、いつか法を正すから、今は我慢して死ねって言うのか!」
「そうは言わない!」


フレンが叫ぶ声が聞こえる。
フレンのいう事は間違ってはいない。
個人の判断で人は裁いてはいけない、それは分かっている。
けれどもユーリが行ったことに救われた人々がいるのも事実だ。
ユーリが止めなければ自分がやっていた。
それほどまでに、キュモールの行為は仁義を逸していたのだ。


「―――いるんだよ、世の中には。死ぬまで人を傷つける悪党が。
 そんな悪党に、弱い連中は一方的に虐げられるだけだ。
 下町の連中がそうだったろ」
「それでもユーリのやり方は間違っている。
 そうやって、君の価値観だけで、悪人をすべて裁くつもりか。
 それはもう罪人の行いだ」


ユーリを罪人というのなら、ラゴウとキュモールは一体なんだというのだろう。
罪を甘んじて受けようとしている友人を案じて、フレンがそう言っているのは分かる。
自分だってユーリには手を汚して貰いたくはない。
これ以上人の世の理に、傷つく人が増えるのは見たくない。
けれど現実はそれを許してはくれないのだ。


「―――わかってるさ。分かってる上で選んだ」
「人殺しは罪だ。
 わかっていながら君は手を汚す道を選ぶのか」
「選ぶんじゃねえ。もう選んだんだよ」
「それが、君のやり方か」
「腹を決めた、と言ったよな」
「ああ、でも、その意味を正しく理解出来ていなかったみたいだ・・・・・・。
 騎士として、君の罪を見逃す事は出来ない」


ユーリ達の方から剣の鞘のなる音が聞こえる。
ははっとして立ち上がり、木の陰から身を乗り出しかけた。
しかしその時、フレンの部下であるソディアが街の中央からこちらにやってきて、声をかけた。
フレンは剣の柄にかけていた手を下ろすと、ソディアのほうに歩いていった。
はそれを見て、木の傍にしゃがみ込みほっと息を漏らしたが、ユーリがこちらに近づいてくるのを感じ、顔を上げた。


「ユーリ・・・・・・」


ユーリはから少し離れたところで立ち止まる。


「おまえ、さっきもずっといただろう」


さっきとは、キュモールの時のことを指すのだろう。
ユーリは気付いていたのか・・・・・・。は顔を俯かせ、「ごめん」と小さく呟く。
それをユーリはじっと見つめるだけで、ユーリとの間には沈黙が流れた。
怒られる、と思っていたは、ユーリが何も言わないのを不思議に思い、顔をあげる。


「ユーリ?」


ユーリは自身の手の平をじっと見つめていた。
また、その仕草だ。キュモールの所に行く際も、ユーリはそれをしていた。
この仕草は普段、彼のその不敵な笑みに巧みに隠されている、彼の心想を表しているのではないか。
そんな気がしてならなくなったは、真剣な目をして立ち上がる。
そしてユーリに近づくと、その手を掴み、ぎゅっと握り締めた。


「・・・・・・、っ」


ユーリが息を呑み、握られたその手を引こうとしたが、は微笑んで、握っていた彼の手を自分の頬に当てる。


「―――この手は、・・・・・・ユーリのこの手は温かいんだよ。
 ユーリの温かい心が、人々の強張った顔を笑顔にさせる。
 現にどう?この街の人たちの顔、皆晴れやかでしょう?
 ユーリの心は皆を元気にするんだよ。
 それだけで、十分じゃない?」


ユーリの手を通して、そのあたたかな温もりが伝わってくる。


「何が正しいかなんて、誰も分からない。わかりっこないんだよ。
 ただ重要なのは自分を信じて進むこと。
 信じられなくなった時点でそれはもう無意味なものになる。
 私はユーリが信じる道を歩むと言うのなら、それの手助けをするよ」


そう、自分は決意したのだ。ユーリがラゴウを手にかけた時点で。
ユーリのこの広い背中は、何もかも一人で背負い込みすぎる。
一人で背負い込む量には限度があるものだと知らずに・・・・・・。


、おまえ・・・・・・」


ユーリはをじっと見つめ、呟きを漏らした。
は頬に当てていたユーリの手を下ろすと、にこやかに微笑む。


「私もユーリに元気をわけてもらっている一人だしね。
 知ってた?ユーリの笑顔に、私はいつも元気になれる。
 人の世界でも笑うことができたんだ。
 ね。だから、笑って?」


はそう言ってユーリの頬を突付いた。
ユーリはくすぐったそうにそれを避けると、


「・・・・・・ありがとな」


と、いつものユーリの笑顔を浮かべそう言った。
それでよし、とは満足げに笑い返すと、「じゃ、先に宿に戻ってるね」とユーリに告げ、歩き出した。
向かう先では、ラピードとエステルの二人がこちらを見つめている。
は二人に手をひらひら振ると、宿屋に向かった。