館の扉を開けて入ってきたのはユーリ達であった。
それをすばやく確認したはデュークから離れ、近くにあった椅子に座ると、デュークと彼らに背を向けた。



あれからユーリはカロル、リタ、レイヴン、ラピードと合流し、街の人たちからこの街がヨームゲンである事を確認した。
そこで、澄明の刻晶の話を詳しく聞こうと海辺のデッキにいた女性に声をかけたところ、ちょうどその人が航海日誌に名前の記されていたユイファンという人物だという事が分かった。
しかし、アーセルム号が漂流したのは1000年以上も前の出来事の筈なのに、わずか3年前のことだとユイファンは言う。
おかしなこともあるものだ、とユーリ達は首を捻ったが、紅の小箱の鍵を開けてもらい中身を取り出す事ができた為、とりあえず澄明の刻晶のことを知るという賢人の館に向かおうという事になり、その館の扉を開いたのだった。





「邪魔するぜ」


ユーリは仲間の先頭に立ち、住人に向かって声をかけると、館の中に入り込んだ。
部屋の奥に目を向けると、奥にいた人物がこちらを振り向いた。
すらりとした長身に長い銀の髪を持つ、その見知った人物にユーリは目を見開き驚く。


「え・・・・・・この人が・・・・・・?」
「あんたは・・・・・・」


ユーリの後から部屋に入ってきたエステルとリタもやはり驚きの声をあげた。


「おまえたち・・・・・・どうやってここへ来た?」
「どうやってって、足で歩いて、砂漠を越えて、だよ」


ユーリは銀の髪の人物、デュークの問いに答えた。
デュークはユーリの言葉を聞きながら、の方を一瞥した。
その視線を感じたは、小さく肩を竦ませる。


「・・・・・・なるほど・・・・・・だが、一体・・・・・・?」
「・・・・・・?」
「いや・・・・・・ここに何をしに来た?」
「こいつについて、ちょっとな」


ユーリはデュークに近寄ると、荷物の中から澄明の刻晶を取り出し、それを掲げて見せた。
デュークは澄明の刻晶をじっと見つめると、ユーリからそれを受け取る。


「わざわざ、悪いことをした」
「いや・・・・・・まあなりゆきだしな」


ユーリがそう答えると、リタがこちらにむかって歩いてくる。


「あんた、結界魔導器作るって言ってるそうじゃない。
 賢人気取るのもいいけど、魔導器を作るのはやめなさい。
 そんな魔核じゃない怪しいもの使って結界魔導器を作るなんて・・・・・・」
「魔核ではないが、魔核と同じエアルの塊だ。術式が刻まれていないだけのこと」


捲くし立てるリタを無表情に見つめ、淡々と答えるデューク。
リタはデュークの告げたその内容に驚き、大きく身を乗り出す。


「術式が刻まれていない魔核・・・・・・?どういうこと!?」
「一般的には聖核と呼ばれているわ。澄明の刻晶はその一つね」


今まで、沈黙を守っていたがユーリ達を振り返り、そう言った。


「これが聖核・・・・・・!?」


レイヴンが目を丸くして驚きの声をあげ、澄明の刻晶を凝視する。
ユーリはに顔を向けると、「お前、いたのかよ」と声をかけた。
さっきからね、とは小さく頷き返す。
デュークはユーリとのやり取りを見つめ、口を開く。


「それに、賢人は私ではない」
「え・・・・・・?」


リタが怪訝な声をあげるが、デュークは澄明の刻晶を床に置き、立ち上がる。


「かの者はもう死んだ」
「そりゃ、困ったな。そしたら、そいつ、あんたには渡せねぇんだけど」


手をひらひらと振り、デュークを見るユーリ。


「そうだな、私には、そして人の世にも必要ないものだ」


デュークはそう言うと、赤く光る剣を取り出し、それを澄明の刻晶の上で構える。


「あ〜、何すんの!待て待て待て!」


その行為が意味するものを察したレイヴンは、慌ててデュークに向かって走ったが、澄明の刻晶はデュークの持った剣によって分解され、その姿を消した。


「これ、ケーブ・モックで見た現象と同じ!?」
「あっちゃ〜。せっかくの聖核を」


ずっと聖核を探していたレイヴンには衝撃が大きすぎたのだろう、額に手を置き俯くと、彼は大きく肩を落とした。
はその姿を目に映しながらも、諭すように声をかける。


「前、言ったでしょ。あれは人の手に渡しちゃいけないものだって。
 聖核は人の世に混乱をもたらすのよ。それならエアルに還した方が断然いいわ」
「・・・・・・エアルに還す?今の、本当にそれだけ・・・・・・」


リタはの言葉に頬に手をあて考え込む。
の真剣な表情から聖核の危険性の程は察知できるが、澄明の刻晶がこの街の結界を作る為に必要だったのではないか。
それを簡単に壊されては困る。ユーリはそう思い、デュークの顔を見る。


「聖核は、この街を魔物から救うために必要なものだったんじゃないのか?」
「この街に、結界も救いも不要だ。
 ここは悠久の平穏が約束されているのだから」
「確かにのどかなとこだけどな」


そう、ここに来る前に見た街の風景はいたって平和なもので、魔物に脅かされているというわりにはまったく緊迫感というものがなかった。


「でも、フェローのような魔物も近くにいるんですよ」
「なぜ、フェローのことを知っている」
「そりゃ、こっちの台詞だ。あんたも知ってんだな」


エステルの言葉に振り向いたデュークに、ユーリは問いを重ねる。
デュークは無言でユーリの方を見た後、に顔を向けた。
それに、私じゃないって、と慌てて大きく首を振り、返す
すると、デュークをじっと見つめていたエステルがおもむろに彼に近づいた。


「知っていることを教えてくれませんか?
 わたし、フェローに忌まわしき毒だと言われました」


その言葉に、デュークはぴくりと肩を揺らす。


「・・・・・・なるほど」
「何か知ってるんですね?」
「この世界には始祖の隷長が忌み嫌う力の使い手がいる」
「それが、わたし・・・・・・?」


エステルは両の手のひらを目の前に広げ、じっとそれを見つめた。


「その力の使い手を満月の子という」
「・・・・・・満月の子って伝承の・・・・・・
 もしかして・・・・・・始祖の隷長っていうのはフェローのこと、ですか・・・・・・?」
「その通りだ」
「どうしてその始祖の隷長はわたしを・・・・・・満月の子を嫌うんです?」


静かに、そう尋ねながらも、内心は熱が籠もっているのだろう。エステルはだんだん前のめりになっていった。
はそんな彼女の姿をじっと見つめる。


「始祖の隷長が忌み嫌う満月の子の力って何のことですか?」
「真意は始祖の隷長本人の心の内。
 始祖の隷長に直接聞くしか、それを知る方法はない」
「やっぱりフェローに会って直接聞くしかないってことですか?」
「フェローに会ったところで、満月の子は消されるだけ。おろかなことはやめるがいい」


デュークは目を伏せ、きっぱりとそういい切った。
胸の前で手をぎゅっと握り締めたエステルは「でも・・・・・・!」と、尚も言い募ろうとしたが、リタがエステルを制止する。


「エステル、もうやめとこう」
「ね、始祖の隷長って前に遺構の門のラーギィ・・・・・・イエガーも言ってたよね」
「ノードポリカを作った古い一族、だっけ」


カロルがエステルとリタの会話に割り込むと、レイヴンはそれに頷いた。
エステルは少し落ち着いたのか、握り締めていた手を下ろし、カロルとレイヴンを見た。


「フェローがノードポリカを?そんなわけないじゃない」


あんな大きな鳥の化け物が人間の建物を作るなんて想像すらできない。
フェローの姿を脳裏に浮かべたリタは頭を振り、ばかばかしい、というように両手を広げた。
デュークは目を伏せ、手に持っていた剣を仕舞うと、ユーリ達に背を向ける。


「立ち去れ。もはやここには用はなかろう」
「待って!あたしもあんたに聞きたいことがある。
 エアルクレーネであんた何してたの?
 あんた、何者よ、その剣はなに!?」
「おまえたちに理解できる事ではない。
 また理解も求めぬ。去れ。もはや語る事はない」


矢継ぎ早に問うリタに、デュークは背を向けたまま、それ以上の言動を寸断した。
リタはデュークのその態度に、拳をわなわなと震わせて、彼に駆け寄りかけたが、ユーリの諭すような声に立ち止まり、ユーリ達の元に戻る。

もうこれ以上のことはデュークからは聞けないだろう。
ユーリは「邪魔したな」と、デュークに声をかけると、仲間を促し、館の外に向かった。

彼らが去った後、部屋にはしんとした空気が流れていた。
暫くしては椅子から立ち上がり、何かを小さく呟いた後、デュークに背を向け歩き出した。



―――人も捨てたものじゃなかったよ


それは先程デュークに伝えたかった言葉であり、今の彼にはまだ届かない言葉である。





が館の外に出ると、ユーリ達は解散した後らしく、ユーリだけがその場に立っていた。
はその背に声をかける。


「ユーリ」
「遅かったな」
「うん、ちょっとね・・・・・・」


俯いて言葉を濁す


「そういえば、はあいつと知り合いだったんだっけか」
「あー、うん。デュークは私の・・・・・・」


ユーリの問いには答えようとしたが、そこで言葉を詰まらせた。


?」
「ううん、なんでもない。
 ・・・・・・それより皆は?」
「明日の朝に街の出口集合で今日はもう別れた」


そこらへん散歩でもしてるんじゃないか、とユーリは言う。

そういえば自分はこの街についてから館に籠もりっきりだった。
じゃあ私もその辺をぶらぶらしようかな、とはユーリに告げて手を振り、歩き始めた。










館の手前には蔦が絡み合ってそれがアーチ状になり、ちょっとしたトンネルみたいになった場所があった。
それを見上げながら歩いていると、眼の端にレイヴンの姿が映る。
はレイヴンに駆け寄ると、その顔を覗きこんだ。


「レイヴン、何してるの?」


レイヴンは何か考え事をしていたのだろうか。
まったく驚かすつもりはなかったのだが、その突然の出来事に驚いた、というかのように、彼は目を瞬いた。
それには首を小さく傾げる。


「、ちょっ、ちゃん、酷いじゃないのよ。
 やっぱり聖核のこと知ってたんじゃない」
「あー、それね。ごめんごめん。
 でも、聖核は本当に混乱をもたらす物でしかないから・・・・・・
 レイヴンも見たでしょ、澄明の刻晶でエアルが乱れるのを」
「だからってねぇ・・・・・・」


レイヴンはの顔をじっと見つめた後、はっとしてに不満の声を上げた。
の言う通り、聖核が危険な物だとしても、知っていたなら教えてくれてもよかったのに。
そう思い、レイヴンは溜息をつく。
そんなレイヴンには真剣な眼差しを送る。


「ドンにも言っておいて。
 ドンが何に使うつもりなのかは知らないけれど、あれは危険な物だからって」
ちゃんが直接伝えればいいんでないの?」
「うーん、そうなんだけど・・・・・・」


今ドンの傍に戻ったら甘えちゃいそうで、とは目を伏せ小さく俯いた。
せっかく3年前、意を決してダングレストから飛び出し、デュークの元に行ったのに、それでは水の泡だ。
だからこそ、今までダングレストに寄る事はあっても、ユニオン本部には一度も戻らなかったのだ。


「分かったわよ。俺様がちゃーんとドンに伝えてあげるわ」


レイヴンがの頭をぽんぽんと叩く。
それには顔をあげ、彼の目を見つめると、「ありがとう」と微笑んだ。















「おせーぞぉ」
「悪ぃ悪ぃ」


ユーリが宿の外に出ると、既に他の皆は集まっていたらしい、レイヴンの少し不機嫌そうな声にユーリは謝罪の言葉を述べた。
レイヴンの横には砂漠で助けた夫婦が立っていた。


「・・・・・・あんたらも帰るんだな」
「じゃ、はぐれないようにね」


夫婦がユーリの言葉に頷くのを見て、レイヴンがそう言った。
カロルは皆の顔を見回すと、「で、ボクたちはこれからどうする?」と、尋ねる。


「あたしはカドスの喉笛のエアルクレーネにいくわ。
 始祖の隷長も気になるけどね」
「俺様はベリウスに手紙を渡さないとなぁ」
「ボクもベリウスに会ってみたい。
 ドンと双璧と言われてるギルドの統領がどんな人なのか知りたいよ」
「オレもノードポリカか。
 マンタイクの騎士団の行動、フレンに問いたださなきゃな」


ユーリは顎に手を当てそう答えるが、やおら肩を竦めると、「ま、ノードポリカにまだ居れば、の話だけど」と続けた。
エステルは?とユーリがそちらを見やると、エステルは地面を見つめていたが、やがて顔を上げると、


「わたしは・・・・・・始祖の隷長が満月の子を疎む理由を知りたいです。
 だから、フェローに会わないと・・・・・・」


と、言った。

始祖の隷長が満月の子を疎む理由、自分はそれを知っている。
エステルが無茶をする前に、自分は知っている事を告げた方がいいのだろうか。
は考え込んだが、出そうにない答えに、気付かれない程度に小さく溜息を吐くと、俯いた。


「気になるのはわかるけど、フェローに会うくらいなら何か別の方法を探した方がいいわ」
「そうだな・・・・・・砂漠を歩いてフェローを探すのはちっと難しそうだぜ」
「だったらみんなでノードポリカに向かうのはどう?」


リタの言葉にユーリが答えると、ジュディスが腕を組みながら、口を挟んだ。


「始祖の隷長に襲われた理由・・・・・・
 それがわかればいいんでしょ」
「え、ええ・・・・・・」
「ベリウスに会えば、わかると思うわ」
「闘技場は始祖の隷長と何かしらの関係があるってこと?」


イエガーとデュークが言っていた言葉を思い出し、カロルはジュディスに尋ねた。
ジュディスはそれに小さく頷き返す。
レイヴンは顎を摩りながら思い出すかのように上を見上げる。


「確かにイエガーがノードポリカの始祖の隷長がどうとか言ってたねぇ」
「ヤツの言葉を信じるならな」
「ま、ベリウスに会いに行くのなら途中でカドスの喉笛通るわけだし、
 魔導少女にとっても都合いいわな」
「だな。じゃあノードポリカを目指すか。
 、お前はいいのか?」


ユーリは今まで何も言わなかったを振り返り、そう尋ねる。
は俯いていた顔を上げ、ユーリの顔を見ると頷いた。


「うん。まずはマンタイクでいいのかな?」
「ああ」


ユーリはに頷き返すと、「新月過ぎる前にさっさと戻ろうぜ」と言い街の出口に向かって歩き始めた。