魔物と人ごみの中を掻き分け、闘技場の外にでたユーリ達は、宿屋の前でジュディスと合流し、とラピードがまだラーギィを追いかけているという話を聞いた。
ラピードには安心して任せられるのだが、は何をしでかすか分からない。
ユーリ達はが無茶する前にと、急いでノードポリカの出口に向かう。
「ラピード・・・・・・!」
街の出口に差し掛かると、ラピードが口に何かを咥え、佇んでいた。
エステルは嬉しそうに声を上げ、そちらに駆け寄った。
ジュディスはラピードの前にしゃがんで、咥えていた切れ端を取ると、ユーリの方を振り返る。
「ねぇ、これ」
「ああ・・・・・・これでラーギィを追えるな」
それはラーギィの服の切れ端だった。
ラピードが追う際に引きちぎった物なのだろう。
ラピードの嗅覚をもってすればこの匂いを辿ってすぐに追いつけるはずだ。
「ところで、は・・・・・・?」
「いませんね・・・・・・」
「ワウ!!」
「あいつ、また・・・・・・」
どうやら、は一人でラーギィを追い続けているらしい。
ユーリは額に手をあて俯き、「ったく、無茶しやがって・・・・・・」と小さく呟くと、顔を上げ仲間を見やる。
「オレたちも行くぞ」
皆一様に頷くと、街の外に向かって走り出した。
はラーギィを追いかけて暗い洞窟の中に足を踏み入れていた。
確か、街の人の話では、カドスの喉笛という砂漠に通じる道だった筈だ。
いい加減走るのが億劫になったはユーリ達を待った方がいいか、と立ち止まるが、ラーギィも前方で立ち止まる気配を感じ、そちらに顔を向けた。
「あら、逃げるのはもうお終い?」
はにこやかな微笑を浮かべた。
「あ、あなたに、す、すこし話がありましてね」
「何かしら、ラーギィさん?
・・・・・・いえ、海凶の爪のイエガーさん?」
はそう言いながら鋭い視線をラーギィに向ける。
ラーギィはその言葉に俯いたが、やがて肩を震わせて顔を上げると、笑みを浮かべる。
「ユーはワンダフルな人のようですね。
まさか気付かれるとは思ってもみませんでしたで〜す」
その口調はもはや、ラーギィのものではなく、イエガーそのものになっていた。
は腕を組み、イエガーの目を見つめる。
「うまく正体を隠していたようだけど、その目だけは誤魔化せなかったようね。
ヘリオードで感じた視線、ノードポリカで感じた視線、共に同じ物だったわ」
「ふふふ、さすが銀狼で〜す」
「・・・・・・っ」
イエガーの言葉には言葉を詰まらせる。
「・・・・・・違うと言わなかったかしら?
それにあの話はただの噂に過ぎなく、その姿を実際に見たものはいない筈よ」
そう、天を射る矢の情報操作は完璧である。
仮にその姿を見た者がいても、全てが固く口を閉ざすはずだ。
天を射る矢のメンバー以外に自分の正体を知る者がいるはずがない。
「ノーノー。ビフォアに闘技場で使ったパワーを見て確信しましたヨー。
ユーは正に銀狼であると」
やはり、あそこでぶちぎれたのは不味かったか・・・・・・。
後悔先に立たずとは正にこのことか。
イエガーのその自信たっぷりな姿に小さく溜息をつくと、は開き直り、イエガーの顔を見据え、口角を上げた。
「だとしたら、どうするの?」
イエガーは笑みを浮かべながらに近寄り、その耳に囁く。
「今は何もしませんヨー、今は、ネ」
はその言葉に眉を顰め沈黙したが、すぐに顔を上げるとイエガーを鋭く睨んだ。
その時、洞窟の入り口の方から複数の足音が響いてくる。
そちらに顔を向け、目を凝らしてみると、どうやらユーリ達らしい。
カロルが先頭に立ち、こちらを指差しているのが見える。
そういえば、と最初の用件である紅の小箱のことを思い出し、イエガーの方を向いたが、彼は既にそこになく、忽然と姿を消していた。
やられた・・・・・・とは額に手をあて俯いた。
「、大丈夫です!?」
「エステル・・・・・・ごめん逃げられちゃった。
まだそう遠くは行ってないと思うけど・・・・・・」
は一番に自分の所に駆けつけて心配そうな顔をしているエステルに、すまなそうな顔をむける。
「が無事なら、それでいいんです!」
「そうそう、一人で張り切りすぎんなよ」
「ユーリ・・・・・・」
ユーリがの頭をぽんぽんと叩きながらそう言ったので、はユーリに向かって頷いた。
ユーリはに笑って返すと、仲間を振り返る。
「それで、どうすんだ?追うのか?」
「私は追うわよ。あの小箱、取り戻さなきゃ」
「でも、、この洞窟は危険な魔物が棲んでるんだよ!!」
カロルが息巻いて、洞窟の中に棲まうという魔物がどんなに危険かをに諭した。
しかし、は激しく首を振る。
「それでもあれは、人の手に渡しちゃいけない物なの!」
「やっぱりちゃん、なんか知ってんでないの?」
「・・・・・・・・・・・・」
興味津々にレイヴンが話に突っ込んできたが、はそれには何も言えず、黙りこんだ。
レイヴンはの姿を目に映し、頭をぽりぽり掻くと、ユーリに顔を向ける。
「なぁ、もうやめとこうぜ。
俺様、ベリウスに手紙渡す仕事まだなのにノードポリカから離れちゃったら、
またドンにしんどい仕事、回されちまう」
そう半眼でぼやく様は、心底嫌そうで、今までも何度かそういうことがあったのだろう、レイヴンの苦労が窺えた。
しかし、それはドンにそれほど信頼されているという証でもある。
今まで謎に包まれていたレイヴンの素性が垣間見えた瞬間でもあった。
「・・・・・・とにかく、私は一人でも追うから」
は地面を見つめ、そう呟く。
ユーリはそんなに苦笑いを向ける。
をじっと見つめていたエステルは、拳を握り、身を乗り出すと、
「わたしも・・・・・・行きます!」
と、言った。
ユーリはそれを聞くまでもなく、そうなる事を確信していたので、口の端を大きく持ち上げた。
しかし、リタは驚いた顔をして、エステルに顔を向ける。
「何言ってんの!あんたはまってなさい」
「待ちません!!」
リタはエステルにここに残るよう諭すが、エステルは足を踏み鳴らし、頑として意見を変えようとしなかった。
「はっは。こりゃ凛々の明星としてはついて行かざるを得ないぜ」
ユーリはいつになくにこやかに笑い、カロルを見やった。
カロルはユーリにそう言われ、エステルをじっと見つめると、エステルもそれをじっと見つめ返した。
カロルはややあって小さく頷く。
「・・・・・・そうだね、エステルの護衛がボクたちの仕事だもんね」
「みんなで行けば、きっとなんとかなるわ」
カロルとジュディスの言葉に、エステルは目を輝かせる。
皆が皆、先に進もうとする姿勢を感じさせる中、レイヴンは口をあんぐりと開けて突っ立っていた。
レイヴンは頭の後ろで腕を組むと、最後尾にいたユーリに声をかける。
「ん〜俺様行かなくていい?」
ユーリはその声に立ち止まったが、手をひらひら振ると、「ああドンのお使い、がんばれよ」と言って奥へ進んでいってしまった。
レイヴンは小さくなっていく背中に絶句したが、
「・・・・・・なんだよ、引き止めてくれよ〜」
と、叫び、ユーリ達の後を追った。
洞窟を奥へ奥へと進んでいくと、一際大きな空洞になっている空間にでた。
そこは地下に深く水を湛えている場所で、洞窟の中でもひんやりとした、清涼感を感じることが出来た。
更に奥に目を凝らすと、ぼんやりと、何か明かりのようなものが見える。
きっとラーギィはあちらに行ったに違いないと達は走り出した。
明かりが見えた場所に辿り着くと、明かりの正体はエアルが結晶化したものが発する淡い光であることが分かった。
ラーギィが近くにいないものかとそのぼんやりとした明かりを頼りに、ユーリは周りを見渡す。
その時、水溜りにしては大きい水場の奥から物音がした。ラーギィのようだ。
「バウッ!!」
ラピードは尻尾をぴんと立て、威嚇するかのように吠えると、すかさずそちらに駆け出した。
しかしその瞬間、ちょうどこちらとラーギィを分断する形で水場が赤く光りだし、大量のエアルを放出し始めた。
ラピードはその手前で踏鞴を踏み、ラーギィは吃驚して地面に倒れこみ、頭を抱え、震える。
「ひっ・・・・・・!
おおお、お助けを!」
「エアル・・・・・・!?」
「ケーブ・モックと同じだわ!
ここもエアルクレーネなの?」
リタは目の前の光景に目を凝らすと、エアルクレーネの方に身を乗り出した。
「こりゃ、どうすんだ?」
そう言いながらもユーリはエアルクレーネに一歩踏み出そうとする。
「強行突破・・・・・・!
・・・・・・は無理そうね」
「この量のエアルに触れるのは危険です!」
確かに尋常でない量のエアルが放出されている。
この量に普通の人間が触れたら、具合が悪くなるだけでは済まされないだろう。
やはりあの小箱の影響だろうか、はラーギィの方を厳しい目で見つめた。
「こここ、こんなものに、たた、助けられるとは」
ユーリ達が躊躇している間に、ラーギィは立ち上がると、更に洞窟の奥に向かって走り出そうとする。
ユーリはそれを追いかけようとしたが、その時、洞窟全体が激しく揺れ、エアルクレーネが更に活発化し始めた。
リタはそれを目に映し出すと、眉を大きく顰める。
「さすがに離れた方がよさそう」
「こ、この揺れはいったい・・・・・・」
一旦走りかけたラーギィが揺れに驚き、上を見上げて立ち止まったので、は今がチャンスと走り出した。
「おい、!!!」
「、危ないです・・・・・・!」
後ろからユーリとエステルの声が聞こえたが、は気にせず水の中に足を突っ込んだ。
その瞬間、また洞窟が激しく揺れ、上空から今までに見たことのない大きな魔物が舞い降りてくる。
ユーリはその存在にいち早く気付くと、鋭い眼光でそれを凝視し、に「下がれ!」と叫んだ。
その緊迫したユーリの声には吃驚して身を引いた。
魔物はの目の前の水場まで降りてくると、翼を畳み、こちらを睥睨する。
「あれがカロルの言ってた魔物か!?」
「ち、違う・・・・・・。
あんな魔物、見たことない・・・・・・」
カロルはユーリの問いに答えながらも、体の前に手を精一杯突き出し、後退った。
エアルクレーネの中でこちらをじっと見ていた魔物は、首を大きく持ち上げると、エアルを吸い込み始める。
「エアルを食べた・・・・・・?」
その光景を見たリタが目を瞬き、声を上げる。
魔物はエアルを全て吸い込み終えると、こちらを睨み、鋭い鳴き声を上げた。
「ひぁ・・・・・・!」
「か、からだが、うごかない・・・・・・」
「こ、こんなのって・・・・・・」
「こりゃ、やばい・・・・・・か」
その鳴き声はユーリ達の体の自由を奪うものであった。
なんとかして、ユーリは体を動かそうとするが、どうやっても体は動かず、低く唸った。
はユーリ達のその姿を見ると、上を仰ぎ、すぐ傍にいた魔物の目を見つめた。
魔物はじっとの眼を見つめ返すと、エステルの方を一瞥し、翼を羽ばたかせる。
そして暫くした後に、上空に向かって飛んでいった。
「おろ、動ける」
「あれ、ほんとです・・・・・・」
魔物が完全にその姿を消すと、ユーリ達の体の自由を奪っていた呪縛は解けていた。
はその事にほっと、安堵の息を漏らすと、ユーリ達の所に歩いていく。
リタはその入れ替わりになるように、エアルクレーネに走って近寄ると、目を光らせ、周囲を調べ始めた。
「リタ、危ないです」
「大丈夫よ。この程度の濃度なら、害はないわ」
「今のはいったい、なんだったんだぁ?」
レイヴンは先程の呪縛に、硬くなっていた体を伸ばしながら、そう呟く。
「暴走したエアルクレーネをさっきの魔物が正常化した・・・・・・。
でも、つまりエアルを制御してるってことで・・・・・・。
ケーブ・モックの時に、あいつが剣でやったのと・・・・・・おんなじ!?」
「通っても大丈夫か・・・・・・?リタ!」
頭をぐしゃぐしゃと掻きながら、呟くリタにユーリは近寄ると、声を掛けた。
すると、リタはユーリを振り向く。
「え、あ、そ、そうね。たぶん・・・・・・」
「気になるかしら?」
「そりゃそうよ。あれを調べる為に旅してるんだし・・・・・・」
リタはジュディスの問いかけに言葉を濁した。
「どうすんだ、リタ」
「わかってるわよ、わかってる、今はあいつを追う時・・・・・・でも・・・・・・」
「そいつはどこかに逃げたりすんのか?」
リタの煮え切らない態度に、レイヴンは顎を摩りながら言葉を挟む。
リタは反射的に「逃げるわけないでしょ!」とレイヴンを睨むが、ふと何かを思い出したのか、俯いた。
しかし、すぐに顔を上げると、ユーリ達に頷いてみせる。
「・・・・・・いいわ、行きましょう」
「よし、決まったな」
「カロル、大丈夫?」
は未だに苦しそうにしていたカロルに駆け寄ると、彼に手を翳し、術を詠唱し始めた。
その術の発する光に照らされて、辺りがにわかに明るくなる。
「、それ・・・・・・!」
「え・・・・・・?」
リタの驚いたような声に、が顔を上げると、リタが指し示していたのは、光に照らし出された、萌黄色に染まった自分の前髪であった。
「あっ・・・・・・!」
は反射的に前髪を手で隠す。
しかし、今回のエアルの量は半端ない物だった為か、前髪どころか、全体的に染まっていた。
以前デュークに注意されたばかりなのに、ラーギィを追いかけることに集中していた為、他の事が疎かになってしまった。
これはもう隠し切れないかな、とは肩を落とす。
「それ、カルボクラムとケーブモックの時もなってたよな」
「え!?ユーリ気付いてたの!?」
「ああ」
「・・・・・・さすがユーリだわ・・・・・・」
ユーリの洞察眼は思っていたよりももっとすごいものだったらしい。
彼の言葉に、とっくにばれていたという事を知り、は感心すると共に、必死に隠していた自分が馬鹿らしくなり、深く息を吐くと、前髪から手を離した。
それにより、普段艶やかな白銀の髪をしていたの髪が、確かに、見事な萌黄色に染まっている事が確認できた。
「で、それ、なんなの、説明しなさい!」
「えーとですね・・・・・・。うーんと・・・・・・」
はリタに間近に詰め寄られるが、その言葉を濁した。
しかし、怖い目つきでリタに睨まれると、身を震わせて、リタ、怖いよ・・・・・と呟くと、はしぶしぶ話し始めた。
「んー・・・・・・。なんていうか、これは特殊体質の一つと言えるのかな・・・・・・。
私が高濃度のエアルの中にいても平気なのは前話したよね?」
の言葉にユーリ達は頷く。
はそれを確認すると、話を続ける。
「んでまぁ、平気なのは平気なのだけど、逆に平気すぎて吸収しちゃうというか・・・・・・」
のその声はどんどん小さくなっていく。
はっきりしないにリタは肩を怒らせ「もっとはっきり!」と怒鳴った。
リタのその剣幕には涙目になる。
「うう・・・・・・。
まぁ、兎に角、エアルを吸収すると、顕著に変化が現れるのがこの髪で、
その際萌黄色に染まっちゃうという訳ですよ」
は前髪を摘んでみせた。
「エアルを吸収する・・・・・?まさかそんなこと出来るわけが・・・・・・」
「それはおいおい説明するから、今はラーギィを追わせて!!
このままじゃ逃げられちゃう!!」
「・・・・・・そうだな」
の必死な声にユーリは頷き、仲間を促すと、ラーギィが逃げて行った方向に向かって歩き出した。
「さっきの魔物の力といい、の髪といい、一体何なの・・・・・・?」
そう呟いたリタの言葉は、すでに奥へと進んでいたユーリ達には届かず、洞窟の中をすり抜けていった。
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