霧の海域から出て、闘技場都市ノードポリカの街に着くころにはすっかり辺りは暗くなり、闇の帳が下りていた。
闘技場の上空には花火がひっきりなしに打ちあがっており、夜であっても街に華やかさを演出していた。
こういう雰囲気は好きだ。
特に小さい頃からお祭りが大好きなは、お祭りがあると聞くと、よくハリーとレイヴンを引きずって夜の街に繰り出したものであった。
は今まで辿って来た街にはない熱気と喧騒をその身に吸い込むと、満足げに微笑んだ。
ユーリ達が船着場から、闘技場に行く道のちょうど中間地点にある広場に着くと、カウフマンがこちらを振り返る。
「ご苦労様。どうもね」
「ううん、こちらこそ。大助かりだよ」
「そうそう、お互い様ってヤツだ」
ユーリとカロルがお礼を返す。
「あ、こ、これはカウフマンさん、い、いつも、お、お世話になって、い、います」
も彼女にお礼を言おうと歩きかけたが、見知らぬ男の声に立ち止まった。
カウフマンはその男を知っているのか、声が聞こえた方に振り返る。
「あら、またここの遺跡発掘?
首領自ら赴くなんて、いつもながら感心するわ」
「い、遺跡発掘は、わ、私の生き甲斐、ですから」
カウフマンと話す男は、黒い髪を七三に分け、太い眉毛と髭を生やし、黒縁の眼鏡をかけた、どこにでもいそうな普通の人物であった。
しかし、印象的なのは、話すときに常にどもるということと、不自然に曲がった猫背といったところか。
今にも胡麻をすりそうなほどの低姿勢である。
「あれ、誰・・・・・・?」
「遺構の門の首領ラーギィよ」
「遺構の門?何か覚えある・・・・・・」
「そりゃあ、帝国魔導士の遺跡発掘をお手伝いしてるギルドだし」
「ああ、それで聞いたことあるのか」
リタはレイヴンの説明に頷き、もっとよく見ようと、顎に手をあて身を乗り出す。
「で、では、な、仲間を待たせてお、おりますので、こ、これで」
ラーギィはカウフマンとの話を終えると、こちらに背を向け、闘技場のほうに去っていった。
「いい人そうですね」
エステルがラーギィの事を総称してそう言ったが、リタは首を傾げ、ユーリの顔を見る。
「ねぇ、前に兵装魔導器を売ってるギルドの話をしてたわよね」
「海凶の爪か?」
「そこに魔導器の横流ししてんのあいつらじゃない?」
「遺構の門は完全に白よ」
「なんで、そう言いきれるんだ?」
カウフマンがこちらの話を聞いていたのか、リタの言葉をすかさず否定した。
そこまできっぱり言いきれるのを不思議に思い、ユーリはそのことを尋ねた。
「温厚で、まじめに、こつこつと、それが売りのギルドだからなぁ」
カウフマンの代わりにレイヴンが答えた。
レイヴンは頭の後ろで腕を組み、ラーギィが去った方を見つめている。
リタは、何か不に落ちない点があるのか、腕を組んで考え込みはじめた。
「じゃ、もう行くわね。フィエルティア号、大事に使ってあげて。
トクナガもよろしく」
「ああ」
カウフマンの言葉にユーリは頷く。
「凛々明星、がんばってね」
「はい!」
カロルが元気良くカウフマンに応えると、彼女は街の雑踏の中に姿を消した。
「どこかの魔導士が魔導器横流ししてるとか?笑えないわね」
カウフマンの背を見送ると、リタが小さく呟いた。
その声を拾ったエステルはリタの方を振り向く。
「リタ?」
「え?ああ、うん」
「んじゃ、こっちはこっちの仕事してきますかね」
「手紙、届けるのよね?ベリウスに」
「そそ」
レイヴンはジュディスを振り返った。
カロルはそうだ、というようにユーリを見上げる。
「ボク達も行ってみようよ」
「そうだな。フェローの事、なんか知ってそうだしな。
挨拶がてら、おっさんをダシに会ってみようぜ」
「だだ漏れで聞こえてるんだが・・・・・・それにしても・・・・・・挨拶ねぇ」
ユーリ達の会話を聞いていたレイヴンは大げさに肩を落として俯いた。
「何?なんかあるの?」
「いや?なーんも?」
レイヴンは誤魔化すように、頭の後ろで腕を組んで、片足でとんとんと地面を踏んだ。
「ベリウスさんはどこにいるのです?」
「戦士の殿堂の首領だから、闘技場に行けば、会えるんじゃないかな?」
カロルの言葉に、ユーリ達は闘技場に足を向けた。
闘技場はそれ自体がひとつの街のようになっていて、大勢の人々がそこで生活していた。
宿屋の呼び込みや、露店の掛け声などといった人々の喧騒の間をくぐり、ユーリ達は闘技場の奥へ進む。
しかし、ベリウスの私室を訪れようとしたところ、その手前でナッツという統領代理の人に会い、ベリウスとは新月の晩でしか会えないと言われてしまった。
新月と聞いて、最近の夜空を思い浮かべるが、確か先日満月がきたばかりなので、新月はまだまだ先である。
手紙を直接渡して話を聞こうとしていたユーリ達には頭の痛い話であったが、夜も更けてきたので、とりあえず対策は明日練ろうと、宿屋に向かった。
「うーん・・・・・・。
澄明の刻晶、か・・・・・・」
は宿屋の一室のベッドに寝っ転がり、紅の小箱を掲げると、そう呟いた。
エステルによると、この箱の中には澄明の刻晶というものが入っているという話であった。
は船の上でレイヴンが聖核を探していると言っていたことを思い出す。
箱をあけるのは容易いが、今は開けない方がいいだろう。
そう思い、小箱を自分の荷物の中に閉まっていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。
顔をあげてそちらを見ると、どうやらエステルが部屋の外に向かったらしい。
こんな時間にどこへ行くのだろう、とは首を傾げたが、見知らぬ街で彼女一人にするのは危険だと思い、後を追うことにした。
がエステルの後を追うと、エステルは船着場に一人、立っていて、空を見上げていた。
「城にでも帰りたくなった?」
はエステルに近寄ると、彼女にそう声をかけた。
エステルは不意に掛けられた声に少し驚いたが、の方を振り返ると、首を振る。
「いえ・・・・・・ちょっと落ち着こうと思って。
フェローに言われた言葉が耳から離れないんです」
「何か、言われたの?」
エステルの言葉に、ダングレストの時のことを思い浮かべるが、自分がいなかったときなのであろうか、心当たりがない。
「忌まわしき、世界の毒は消す、といわれました」
「世界の毒、ね・・・・・・」
フェローはまた核心を突くことを彼女に言ったものだ。
はエステルに気付かれない程度に小さく溜息をつく。
「ね。エステルと私が出会ったときのこと、覚えてる?」
「はい。ハルル・・・・・・ですよね」
エステルはの言葉にちょっと首を傾げたがすぐにその言葉を口にした。
はそれに頷く。
「そう、エステルがハルルの樹を癒した時だった。
私は具合が悪くなって、ユーリに宿屋まで運んでもらったっけ」
はその時のことを思い出し、くすりと笑う。
「・・・・・・その時、エステルは私を癒そうとしてくれた」
「それは・・・・・・でも・・・・・・」
「そうね、私は断った。でもその気持ちはすごく嬉しかった。
行く先々でも、傷ついた人がいれば、貴女は人々を癒そうと駆け回った。
その献身的な態度で、貴女は傷を癒すだけでなく、彼らに笑顔をも与えた。
ずっと貴女の傍にいた私たちはそれを知っている」
はエステルの目をじっと見つめる。
「そんな貴女が、世界の毒になんてなりえるはずがないじゃない?」
「・・・・・・。
―――ふふ。ちょっと元気でました」
「そう?それは良かった」
エステルが小さく笑うので、もそれにつられて笑った。
「あ・・・・・・」
ふと、エステルが空を見上げ、声を上げた。
「、あれ見てください」
「なぁに?」
はエステルの指差す方を見上げる。
その先には空一面に瞬く星々の中で、一際輝く、一つの星があった。
「あれが、ブレイブヴェスペリア・・・・・・凛々の明星です」
「夜空で最も強い光を放つ星・・・・・・ね。
ユーリ達のギルド名になったんだっけ?」
「はい。あの星には、古い伝承があるんです」
エステルは頷くと、目を瞑り、物語の一節を語り始める。
「その昔、世界を滅亡に追い込む災厄が起こりました
人々は災厄に立ち向かい、多くの命が失われました
皆が倒れ、力尽きたとき、ある兄妹が現れました
その兄妹は、力を合わせ、災厄と戦い、世界を救いました」
しばらくエステルが話すのを聞いていただが、目を瞑ると、エステルの後に続く。
「―――妹は満月の子と呼ばれ、戦いのあとも、大地に残りました
兄は凛々の明星と呼ばれ、空から世界を見守る事にしました」
「知ってたんです?」
「うん、昔ちょっとね」
それにしても、満月の子と、凛々の明星、か・・・・・・なんと因果なこともあるものか、とは深く息をつく。
「、どうかしましたか?」
「ううん、ユーリ達は恐れ多い名前をギルドにつけちゃったね」
エステルの不思議そうな声に、首を小さく振ると、は彼女の顔を覗き、笑った。
エステルは一瞬きょとんとしたが、すぐに真顔になり、
「ユーリ達ならあの輝きに負けないくらい立派なギルドが作れます」
と、言った。
「そうね。今度ユーリとカロルに聞かせてあげようかしら。
名前負けして格好悪くならないように、って」
「そうですね」
の言葉にエステルは小さくくすりと笑う。
「それじゃ、帰りましょ?
そろそろユーリ辺りが心配して探しに来ちゃう頃だし」
「はい」
は満天の星空を最後にじっと見つめると、目を伏せ、その場を後にした。
翌朝、目が覚めたユーリ達は、とりあえず砂漠の情報を集めようと、船着場に向かって歩いていた。
なにか騒ぎがあったのか、前方から、人の怒鳴り声が聞こえる。
ユーリ達は顔を見合わせ、急いでそちらに向かった。
「おめぇが先に手を出したんだろうが!」
「はあ?なに言ってんだ!」
「お、おふたりとも、や、やめてください」
船着場の広場では、いかにもごろつきと言った風体の男二人が、武器を手に持ち争っていた。
そのすぐ横では、昨日会ったラーギィがその喧嘩を止めようと、必死に声をかけていたが、その腰は既に引けていて、とても喧嘩を止められそうなものではなかった。
「こんな街中では、み、皆さんにご迷惑が・・・・・・」
「外野はすっこんでろ!」
ラーギィがなおも注意しようとすると、そのすぐ隣にいた男は、煩そうに眉を上げ、ラーギィに剣を突きつけようとした。
それを察したユーリは、人ごみの中から飛び出して、男の剣に自分の剣を当てて払い落とした。
「物騒なもん振り回すなよ」
「なんだ、おまえ!」
もう片方の男が、突然現れたユーリに驚いて、剣を向ける。
その気配に、の肩がぴくりと反応する。
「はい、そこまでー」
のその声が辺りに響いたときには、剣は男の手を離れ宙を飛んでいた。
「なっ!」
「うちのヒーローは傷つけさせないわよ?」
「ヒーローっておまえ・・・・・・」
ユーリがの言葉に呆れたような顔を向けてくる。
「あら、ユーリを的確に表した言葉だと思うけど?」
ジュディスがに同意する。
はでしょでしょ、とジュディスに嬉しそうな顔をむける。
「おまえらな・・・・・・」
ユーリが肩を落とし溜息を吐いたが、その目は厳しくゴロツキを睨む。
は何か自分の背に見定めるような鋭い視線が注がれているのを感じ振り返ったが、そこにはユーリの視線に怯んだゴロツキたちが去っていく後姿しかなかった。
気のせいだったかと、は首を傾げる。
成り行きを見守っていたエステルはラーギィの元に走り、手を差し出す。
「大丈夫です?」
「あ、こ、これはご、ご親切にどうも」
ラーギィはエステルにお礼を言うと、ふと、何かを思い出したのかのようにユーリの方に顔を向けた。
「あ、あなた方は、た、確か、カウフマンさんと一緒におられた・・・・・・」
「ギルド、凛々の明星だよ!」
カロルは自信満々に指を立て説明する。
「ちゃっかり宣伝してるし」
「ふふっ、いいじゃない」
首領として頑張ろうとしているカロルは見ていて微笑ましいものがある。
ジュディスはそうリタに笑って返した。
「あんたは・・・・・・遺構の門のラーギィだっけ?
ケンカを止めたいんならまずは腕っ節つけな」
「あ、はい。すいません。ど、どうも・・・・・・」
ユーリが肩を竦めて言った言葉に、ラーギィは頭を下げたが、暫くした後、不意に顔を上げ、こちらを見た。
「あ、あの、皆さんを見込んで、お願いしたいことが、ありまして・・・・・・」
「遺構の門のお願いなら放っておけないね」
「ま、内容にもよるな。なんだ?お願いって」
「こ、ここで話すのはちょっと・・・・・・」
カロルがラーギィに速攻で返事を返すが、ユーリは返事を渋り、説明を求めた。
しかし、ラーギィは体をもじもじさせて言い淀んだ。
その様子に、はそんなに危ない話なのかと、ラーギィの顔をじっと見つめる。
ラーギィもこちらを見ていたのか、彼と目が合ったが、彼の方から目を逸らすと、
「と、闘技場まで、来てください。そ、そこでお話します」
と、ラーギィは言い、闘技場に向かって走っていってしまった。
「人に聞かれたくない話か・・・・・・。なんかヤバそうだねぇ」
レイヴンはラーギィの小さくなっていく後姿を見てそう言った。
カロルはレイヴンを振り返る。
「でも、遺構の門に顔が通れば、ギルドでの名もあがるし・・・・・・」
「欲張るとひとつひとつがおろそかになるわよ。今の私たちの仕事は・・・・・・」
「フェロー探索とエステルの護衛だからな」
ユーリがジュディスの言葉に続くと、カロルは俯いた。
「そうだね・・・・・・うん、気をつける」
「でも、話聞いてから、受けるかどうか決めても遅くないのでは?」
「そうだな・・・・・・」
「しょうもない話だったら、断るわよ。あたしたち、それどころじゃないんだから」
「とりあえず闘技場に行ってみるか。話だけでも聞きに」
ユーリは顎に手をあて考えていたが、聞くだけはタダだと思い、闘技場に行く事にした。
は暫くユーリ達の会話を聞いていたが、ゴロツキの剣を弾き飛ばしたときに感じた視線と、ラーギィと目が合った時の視線が、以前感じたものに近かった事を思い出し、小さく身を震わせた。
もしかしたら、大人しくしていた方が良かったのかもしれない。
今となってはもう遅いが、ユーリ達の後を追いながら、これからは気をつけようと固く誓った。
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