一夜明けると、自分の言った通り、はいつもの様子をすっかり取り戻していた。
いち早く起き出し、ロビーにあるソファでユーリと今後の道筋を検討しあう彼女は、昨日の甘えたな姿のカケラもなく、レイヴンはどことなくがっかりして肩を落としてを見つめる。
「それはそれで、おっさんなにか寂しいものが・・・・・・」
「ん?レイヴン何か言った?」
レイヴンの声に振り返ったは訝しげに首を傾げるが、レイヴンはいやいや、なんでも、と首を振った。
それにしても昨日までに一体彼女に何があったのか、レイヴンは顎に手を当て考える。
昨日のユーリの様子では、何か心当たりがありそうではあったが、言いにくそうにしていたので、レイヴンはあえて問いただそうとはしなかった。
彼女がああいう風になるのは大抵ドンやデューク、自分絡みだとは思うが・・・・・・。
レイヴンは考えても考えてもどんどん深みに嵌っていくその思考に、頭を振って打ち切った。
ちょうどその時、リタを除く全員がロビーに集まり、ユーリとの話も終わったようで、ユーリが皆を見渡し、「じゃあ、行くか」と言った。
「リタは、どうするんです?」
「あの子にはあの子のやることがある」
「そういうことだな」
エステルの言葉に、ジュディスとユーリが返すと、奥にある部屋の扉が開く。
「で、港から船、だっけ?」
響く声に振り返り、目をやると、そこには両手を腰に当て、にこやかな笑みを浮かべたリタが立っていた。
「え、それって・・・・・・」
「おまえもついてくんのか?」
「ええ」
「何か用事があったんでないの?」
レイヴンはリタが昨日とはうって変わって、乗り気で旅に着いてきそうな様子に疑問を投げかけた。
「エアルクレーネの調査ですよね」
「騎士団長から依頼された、ケーブ・モックの方は、すでに調査、報告済み」
リタはそう言いながら、階段を下りてくる。
「他のエアルクレーネは、どのみち旅して調べるつもりだったから」
「つまり、調査のために私たちを利用するってことかしら」
ジュディスが小さく首をかしげ、尋ねると、リタは満面の笑みを彼女に返す。
「まあね、ヘリオードの時みたいに調査中、ひどい目に遭わないとも限らないわけだし。
一人よりもあんたたちと一緒の方がとりあえず安心よね」
「相変わらず良い性格してるぜ」
ユーリは目に見えて大きく肩を落とした。
「また一緒に旅できるんですね。わたし、うれしいです」
「そ、そう・・・・・・あたしは、別に・・・・・・。
そ、それより、港に行くんじゃなかったの?」
エステルが嬉しそうにリタの手を取ると、リタは顔を赤くしてそっぽを向いて頭を掻いた。
レイヴンは彼女らのその微笑ましい様子に小さく笑う。
「まったく。若人は元気よのう〜」
「ふざけてんの!?」
「ひー!どんな逆ギレよ〜!」
リタが自分の言葉に勢いよく振り返り、肩を怒らせて怒鳴るので、レイヴンは顔の前に手を翳して身構えた。
それを見たユーリが、呆れて溜息を吐くと、
「んじゃ、港に行きますか」
と言い、さっさと宿屋の扉を開けて出て行くので、レイヴンは慌ててその後を追った。
「宙の戒典、ね・・・・・・」
は自身の耳についたイヤリングを手で弄びながら、小さくそう呟く。
宿屋を出た後港に向かった達は、ちょうど港に下りる階段付近で、以前カプワ・ノールの一件の際に会ったエステルと同じ皇位継承者であるヨーデルに出くわした。
ユニオンとの友好協定の締結をしに、ヘリオードに向かう途中だというヨーデルであったが、その顔色はあまり思わしくなかった。
不思議に思い理由を尋ねると、友好協定の締結がヘラクレスの一件で評議会と意見が対立し、難航していると言うことらしい。
それならばヨーデルが皇帝になれば良いと、ユーリが言ったのだが、宙の戒典という皇位の証を示す剣が行方知れずになっていて、それがないと帝位に就くことは叶わないとのことだ。
は見知ったその単語に、今でもその剣を携えて世界のエアルを鎮めて回っているであろうデュークの姿を思い浮かべる。
最近会ったのはいつだったか、ここ数年の中では考えられないほどデュークに会ってない事を思い出し、は目を伏せた。
ユーリ達がヨーデルを見送り、港の方に足を向けると、港の方から数人の足音と悲鳴、そしてそれに向かって怒鳴る声が聞こえてくる。
各々が顔を見合わせ、港に向かって走ると、傭兵らしき男達がこちらに向かって慌てて駆けてくるのが見えた。
その後ろでは白いシャツとロングジャケットを着こなし、赤い髪を靡かせた女性が怒鳴っている。
「ギルド、蒼き獣をブラックリストに追加よ!」
「はい、社長」
あれは確かギルド幸福の市場の社長、カウフマンだ。
みたところ、傭兵を雇ったが、その傭兵達は皆腰抜けで、敵を目の前にして逃亡したという感じか。
肩を怒らせ、船の方に戻っていくカウフマンを見据えると、は目を細めた。
「あの人、確かデイドン砦で」
「ああ、あんときの・・・・・・」
「し、知り合いなの?」
エステルとユーリの言葉にカロルは驚き、声をあげた。
ユーリはそれに首を振って返す。
「いや、前に一度だけ。おまえこそ知り合い?」
「知り合いって・・・・・・5大ギルドのひとつ、幸福の市場の社長だよ」
「つまり、ユニオンの重鎮よ」
レイヴンが頭の後ろで腕を組みながら、カロルの説明に言葉を付け足した。
はユーリに近寄ると、「あの人ならきっと船を出してくれると思うよ」と言い、カロルを振り返った。
カロルも同じことを考えていたらしく、大きく頷いてくる。
「んじゃ、試しに行ってみるか」
「そうしましょ」
ユーリの言葉に率先してジュディスが応えると、カウフマンが向かった先に歩き出した。
ユーリ達がカウフマンを追いかけて港に行くと、彼女は大きな船の横に立っていて、忙しそうに部下に指示を出していた。
ユーリはそれをまったく気にせずに、彼女に近寄ると、声をかけた。
「あら、あなたはユーリ・ローウェル君。
いいところであったわ」
カウフマンが振り返り、知らないはずの自分の名前を言うのを聞いて、ユーリは手配書の効果ってすげえんだな、と皆を振り返る。
ヨーデルのはからいで無罪になったからいいものの、それは自慢できる事かと、は溜息を吐く。
「ねえ、あなたにピッタリの仕事があるんだけど」
「ってことは荒仕事か」
「察しのいい子は好きよ」
カウフマンはユーリの言葉ににっこりと微笑む。
「聞いてるかもしれないけど、この季節、魚人の群れが船の積荷を襲うんで大変なの」
「あれ?それっていつも、他のギルドに護衛を頼んでるんじゃ・・・・・・」
「それがいつもお願いしてる傭兵団の首領が亡くなったらしくて今使えないのよ」
他の傭兵団は骨なしばかり。私としては頭の痛い話ね」
確か、幸福の市場御用達の傭兵団といえば、紅の絆傭兵団であったはずだ。
その首領であるバルボスは達が先日倒した人物である。
仕方がなかったとはいえ、カウフマンの困ったような姿には少し負い目を感じる。
「ねぇ、ユーリ、助けてあげられないかな」
「ん?でも仕事の掛け持ちは禁止だろ?
なぁカロル」
「う、うん。・・・・・・でも船のことお願いするなら、どうかなぁ?」
こちらの会話を聞いていたのか、カウフマンはカロルの顔を見る。
「あら、船って?」
「オレたちもギルド作ったんだよ」
「凛々の明星っていうんです!」
カロルは嬉々としてカウフマンに説明した。
カウフマンはそれを聞いて満面の笑顔を浮かべる。
「素敵。それじゃ商売のお話しましょうか。
相互利益は商売の基本。お互いのためになるわ」
「悪いが仕事の最中でな。他の仕事は請けられねえ」
「それなら商売じゃなくて、ギルド同士の協力って事でどう?
それならギルドの信義には反しなくってよ」
カウフマンはそこまで言うと、腰に手を当て、首を傾けユーリの顔を覗く。
「うちと仲良くしておくと、色々お得よ〜?」
悪い話じゃないと思うけど、とはカロルやユーリを見やった。
協力という形なら、ノードポリカに連れて行ってもらえるし、一石二鳥ではないか。
ユーリはカウフマンとを交互に見ると、溜息を吐き、しぶしぶ頷く。
「分かったよ。けどオレたちはノードポリカに行きたいんだ。
遠回りはごめんだぜ」
「構わないわ。魚人が出るのは、ここの近海だもの。
こちらとしてはよその港に行けさえすれば、それでいいの。
そしたら、そこからいくらでも船を手配できるから。
「さすが幸福の市場・・・・・・」
カロルの呆れたような、感心したような声にカウフマンは「契約成立かしら?」と頬に手をあて微笑んだ。
ユーリ達が返事に困っていると、カウフマンはもう一押しと見て、もう一つ話を提案する。
「もし無事にノードポリカに辿り着いたら、使った船を進呈するわ」
「ほ、ほんとに!?」
カロルが目を丸くして、その話に飛びついた。
カウフマンの横にある船はすこし年季が入って入るものの、手入れは行き届いていて立派な物だった。
自分達が使う分には十分すぎるもので、破格の条件には間違いない。
カウフマンがここまでするぐらいの魚人の群れとはいったいどんだけ厄介なものなのか。
しかしこれ以上考えていても仕方がないので、ユーリとカロルは顔を見合わせるとカウフマンに頷いて見せた。
「素敵!契約成立ね。
さ、話はまとまったんだから、仕事をしてもらうわよ!」
その言葉にユーリ達が慌てて船に乗り込むと、船は錨を揚げ、大海原に向かって進んでいった。
カウフマンの心配をよそに、目の前に広がる海は平穏そのもので、は堪らず欠伸を漏らす。
以前船に乗ったときはラゴウの一件のときで、船が転覆するわ何やらで息のつく間もなかったのだが、今回は順風満帆そのものである。
海といえば、こんな歌があったなとは思い出し、それを口ずさむ。
「うーみはーひろいーなーおおきいなー」
「、おまえ何歌ってんだよ・・・・・・」
「海の歌」
「いや、そうじゃなくてな・・・・・・」
仕事の最中だというのに、呑気に歌を歌いだすに声をかけたが、その意図は察してもらえず、ユーリは呆れて肩を落とした。
「だって〜ヒマなんだもの。
行けども行けども、目の前に広がるのは海海海。
でるならさっさと魚人出ろ〜!!!」
「そんなこと言ってると本当に出るぞ・・・・・・」
しまいには足をじたばたさせて暴れだしたにユーリは半眼で返すが、ふと海の表面が泡立っているのに気付き、船の縁に駆け寄ると、
次の瞬間、水飛沫を上げて魚人が姿を現し、船の甲板に次々と飛び乗ってきた。
その数は尋常でない多さで、あっという間に甲板が魚人で埋め尽くされてしまう。
その光景に、ユーリがほらみろ、というような目でを見つめてきたが、
はそれにあははーと笑って返した。
「やだなぁ。働けば良いんでしょ働けば!」
「期待してるぜ」
が珍しくやる気を出したので、ユーリはその背に檄を飛ばし、自分も剣を構え、魚人に向かって走っていった。
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