「・・・・・・見あたりません・・・・・・」
「結局逃がしちゃったみたいね」


エステルのしょんぼりとした声にはそう応える。
走ってきて上がった息をやっと整えたカロルはキョロキョロ周りを見回し始める。


「ここはどのあたりなんだろう?」
「・・・・・・トルビキアの中央部の森ね。トリム港はここから東になると思うわ」
「ヘリオードに戻るよりこのまま港行った方が良さそうだな」


ユーリはジュディスの言葉に、頭に地図を思い浮かべる。
距離的にはヘリオードよりトリム港の方が近い。
そろそろ日が沈む時刻に差し掛かってくるし、夜を過ごすとなると、やはり宿屋に泊まれるほうが安心できるであろう。
そう思い、ユーリは皆にひとまずトリム港に向かうという事を提案した。


「え?キュモールはどうするんです!?放っておくんですか?」


しかし、エステルがその提案に異議を唱えるかのように、声を上げた。


「フェローに会うというのがあなたの旅の目的だと思っていたけど」
「そ、それは・・・・・・」
「あなたの駄々っ子に付き合うギルドだったかしら?凛々の明星は」


ジュディスが肩を竦めて呆れたようにエステルに言葉をかけると、エステルは言葉を詰まらせ、俯いた。


「・・・・・・ご、ごめんなさい。わたしそんなつもりじゃ・・・・・・」
「ま、落ち着けってこった」


見かねたユーリは、腰に手をやり、二人のそのやり取りに口を挟む。


「それにフレンが来たろ。
 あいつに任せときゃ、間違いないさ」
「ちょっと、フェローってなに?凛々の明星?説明して」
「そうそう、説明してほしいわ」


リタは訳が分からないと、ユーリ達に説明を求めたが、突然後ろから聞こえてきた声に驚き、振り返る。


「ちょ、ちょっと、何よあんた!?」
「レイヴン!!」
「なんだよ、天才魔導士少女。もう忘れちゃったの?レイヴン様だよ」


いつのまにかに現れたレイヴンはリタにそう言うと、顎に手をあて、摩った。
リタはじと目でレイヴンを見ると、両手を腰にあて、挑むように体を屈ませる。


「何よあんた」
「だから、レイヴン様・・・・・・」


リタの凄みのあるその姿に、レイヴンは声を窄ませ、リタに背を向けると、額に手を当て俯いた。


「・・・・・・んとに。怖いガキんちょだよ・・・・・・」
「んで?何してんだよ。
 ・・・・・・というか、も何してんだよ・・・・・・」


ユーリはレイヴンを振り返り、声をかけるが、がレイヴンに抱きついているのに気付き、尋ねた。
先ほどレイヴンの名前を呼んだときから彼にしがみ付いていたは、不思議そうに目を瞬かせる。


「何って、抱きついてるの」
「だから、なんで・・・・・・」
「まあまあ、青年、細かい事は気にしないの。
 おっさんとちゃんの仲なんだから。ね?」


はレイヴンのその言葉に、うんうん、と頷いてみせる。
二人のその平然とした姿に、ユーリはあまり釈然としなさそうに首を捻った。


「ま、トリム港の宿にでもいってとりあえず落ち着こうや。
 そこでちゃんと話すからさ。
 おっさん腹へって・・・・・・」


レイヴンはの頭をぽんぽんと軽く叩きながらそう言った。
ユーリはその言葉に、すこし目を伏せ考えると、頷く。


「いつまでもここに居てもしゃあねぇしな。
 とりあえずトリム港へってのはオレも賛成だ」
「では、トリム港かしら。それでいいわね?」
「はい。構いません。
 ごめんなさい。わがまま言って」


ジュディスが話を取りまとめると、エステルはジュディスに向かって頭を下げた。


「じゃ、行くか」
「おー!」


はユーリの言葉にレイヴンにしがみ付いたまま応えた。















カプワ・トリムに着き、軽い夕食をとると、ユーリ達はレイヴンの話を聞くために、一つの部屋に集まっていた。
ユーリは部屋の壁に寄りかかり、腕を組みながら話を聞いていた。
エステルはその右隣に立っていて、ユーリとエステルの間の床にはカロルが座っている。ジュディスは扉の横だ。
リタは扉よりのベッドに座って話を聞いているが、は奥のベッドに胡坐をかいて座ったレイヴンに引っ付いたままだ。


「なるほどな。ユニオンとしては帝国の姫様がぶらぶらしてるのを知りながらほっとけないって訳か」


ユーリはレイヴンとから目を逸らすと、そう呟いた。


「ドンはもうご存知なんですね、わたしが次の皇帝候補であるってこと」
「そそ。なもんで、ドンにエステルを見ておけって言われたんさ」
「監視って事?あんま気分よくなくない?」


カロルは嫌そうな顔をしてエステルを見上げる。
エステルはその表情を受け止めるが、分からないというように目を瞬かせる。


「そんなものです?」
「あれ・・・・・・?ボクだけ?」


カロルはエステルのその言葉に、信じられないとユーリの方を見上げる。
ユーリはその視線をうけ、肩を竦めた。


「ま、ともかく、追っかけて来たらいきなり厄介ごとに首突っ込んでるし。
 おっさんついてくの大変だったわよ」
「・・・・・・でも、どうしてエステルを?」
「帝国とユニオンの関係を考えたら当然の事かもね」
「腹を探り合ってるとこだからなぁ。動きを追っておきたいのさ」


レイヴンはやれやれと、深く息をつきながらそう答える。


「んで、あんたらはフェローってのを追ってコゴール砂漠に行こうとしてると」
「はい」


エステルがリタにこれからの事を指折り説明するが、リタはエステルの話の内容にだんだん眉を顰め、顔を俯かせていくと、額に手を当てた。


「・・・・・・ツッコみたいことはたくさんあるけど・・・・・・。
 お城に帰りたくなくなったってことじゃないんだよね?」
「えと・・・・・・それは」


エステルは言い淀んだ。
レイヴンは頭をぽりぽりと掻きながら、エステルの顔を見る。


「おっさんとしては城に戻ってくれた方が楽だけどなぁ」
「ごめんなさい。わたし、知りたいんです。フェローの言葉の真意を・・・・・・」
「ま、デズエール大陸ってんなら好都合っちゃ好都合なんだけども」
「どうしてかしら?」
「ドンのお使いでノードポリカへ行かなきゃなんないのよ」


レイヴンは懐から一通の手紙を取り出すと、それをひらひらと振った。


「ベリウスに手紙を持ってけって」
「うわっ、大物だね」


その手紙の宛先に、カロルは驚いて立ち上がった。

ノードポリカのベリウスとは、ノードポリカの街を治めるギルド--戦士の殿堂の統領で、その名は天を射る矢のドンに負けず劣らず、大陸に響き渡っている。
確か、ドンとは旧知の仲で、ユニオンに所属していないながらも、たまに協力し合い、お互いの力を高めあう、よい好敵手であると記憶している。
はレイヴンから手紙を奪いとると、その中身を覗いた。


「これは・・・・・・フェローの事に関する手紙ね・・・・・・」
「ん。ベリウスならあの魔物のこと知ってるって事だ」


レイヴンはに手紙を奪い取られても気にせずに、頭の後ろで腕を組むと、ユーリ達に説明した。


「こりゃ、オレたちもベリウスってのに会う価値が出てきたな」
「ですね」


エステルがユーリの言葉に頷くと、レイヴンはカロルの方に顔を向け、


「っつーわけで、おっさんも一緒につれてってね」


と、言った。
カロルはレイヴンの顔を見つめ返し、頷く。


「わかったよ。でも一緒に居る間はちゃんと凛々の明星の掟は守ってもらうよ」
「了解。了解〜」


レイヴンは手をひらひらさせながらそれに応える。


「んでも、そっちのギルドに入る訳じゃないからそこんとこもよろしくな」
「どうして凛々の明星に入らないのです?」
「同時に二つ以上のギルドに所属する事は禁止されてるんだ。
 レイヴンだって一応、天を射る矢の人間だしね」
「一応ってなんだよ」


カロルの非情な言葉にレイヴンは目を細め、肩を落とした。
エステルは不思議そうに唇に人差し指をあて、レイヴンとを交互に見る。


「あれ、ではは?
 天を射る矢には入っていませんでしたよね?」
「私は入らないわよ」


はレイヴンに手紙を返し、エステルの顔に目を据えると、きっぱりと否定した。


「どうしてです?」
「私は何にも属さないと決めているの。
 たとえ、それが天を射る矢であっても、帝国であってもね。
 ドンもそれが良いと言ってくれたし、きっとずっとこのままね」


エステルが首を傾げ、ユーリが目を伏せ考え込み、レイヴンがじっとを見つめると、部屋にはしんとした空気が流れる。
リタはその空気を断ち切るようにベッドから立ち上がると、声を上げた。


「話は終わり?じゃああたしそろそろ休むわ」
「はい」


女性陣が退出しそうな雰囲気を察したは、眠そうに目をこすると、レイヴンに抱きつく。


「んじゃ、レイヴン一緒に寝よ〜」
「あ、あんた何言ってるのよ!」
「そ、そうですよ」


の突然言い出した言葉に、リタとエステルが顔を赤くさせて引き止めた。
レイヴンはの頭をぽんぽんと叩き、肩を竦める。


「そうそう、そんなことしたらおっさんあいつに殺されちまう・・・・・・」
「あいつって・・・・・・誰の事?」


カロルが訝しげにレイヴンに尋ねるが、その声はの不満そうな声に遮られる。


「えぇ〜!じゃあ、リタ一緒に寝よ〜」
「ちょ、ちょっと、離しなさい!」
「あら、かわいいわね」


が上目遣いで目をうるうるさせながらリタに抱きつくと、リタは先ほど赤くなった顔をさらに耳まで赤くさせて慌てだす。
ジュディスはそんな二人の姿を見て、ぽつりと感想をもらした。


「む〜・・・・・・・じゃあやっぱりレイヴンと・・・・・・」
「と、とりあえず向こうの部屋行くわよ!!」
「は〜い」


リタは引っ付くをずるずると引きずって部屋の外に向かった。





「・・・・・・、どうしちゃったの?」


カロルはリタ達が部屋から出て行ったのを確認すると、不安げに今まで疑問に思ってたことを尋ねた。
その言葉に、レイヴンはカロルに顔を向けると、顎に手を当て摩る。


「ん〜・・・・・・。ちゃんが小さい頃の話なんだけどさ。彼女、辛い事があるとそれを溜め込む癖があってね。
 それを溜め込みすぎて堪えきれなくなると、不意にそれが爆発して、幼児退行化するというか・・・・・・
 人の温もりを感じていないと眠れなくなるらしいのよね」
「で、今がそれだと?」
「そうね〜。おっさんがいない間になんかあったの?
 ちゃんのあんな姿、久しぶりに見たんだけど」
「どうだったかな・・・・・・」


そう答えるユーリの脳裏には、ダングレストやヘリオードでの出来事が浮かんでいた。


「ま、暫くして落ち着いたら元に戻るし、そっとしといてあげようや」


今日は嬢ちゃん達が一緒にいてくれるみたいだし、任せておけば大丈夫でしょ、とレイヴンは続ける。
ユーリは自分のベッドに仰向けに倒れこみ、天井をじっと見つめた後、「そうだな・・・・・・」と返した。