ユーリ達がキュモール達を追って労働者キャンプに降りると、そこでは街の人達が想像以上に過酷な条件で働かされていた。
辛うじて雨風が防げるといったテントに、明らかに一人が食べるには少ない食事、疲れてしゃがみこむ人々を騎士が無理やり立ち上がらせる。
中には無理がたたって亡くなってしまった者もいるようだ。
昇降機の横の壁にはふざけた労働者規則なんて物が貼ってあり、リタが怒ってそれを剥がして捨ててしまった。
ユーリ達全員が、労働者キャンプの有様に憤りながら、この原因となるキュモールを探しに奥に進んでいくと、一際大きいテントの横にキュモール達の姿が見えた。
「あら?さっきの人たちよ」
「それに赤眼の一団も・・・・・・!」
「キュモールが赤眼の連中の新しい依頼人って事みたいだな」
イエガーが部下である赤眼の集団に何か指示を出すと、赤眼の男達は一様に頷き、どこかへ走り去っていった。
ユーリ達はイエガー達の死角にあるテントの後ろに隠れると、遠巻きにそちらの様子を探る。
キュモールの横で、大きくて重そうな箱を運び積み重ねていた男が、突然苦しそうに胸を押えて倒れるのが見えた。
それを見たエステルが慌ててそちらに駆け寄ろうとするのをユーリは押える。
「落ち着け」
「でも・・・・・・!」
「あれ、ティグルさんだよね・・・・・・」
カロルがテント裏から大きく身を乗り出し、倒れた男の素性を確認した。
「サボっていないで働け!この下民が!
お金ならいくらでもあげる、ほら働け、働けよっ!」
「う、うう・・・・・・」
キュモールが目を鋭く釣りあがらせ、ティグルに向かって足を踏み鳴らした。
ティグルはそれをうけ、立ち上がろうとするが、それは叶わず、苦しそうに呻き蹲った。
ユーリは顎に当てていた手をはずすと、険しい目をしてテントの裏から歩いて出て行った。
その手には地面から拾った小石が握られている。
その姿を見たカロルは慌てて引きとめようとするが、ユーリはその石をキュモール目掛けて投げた。
「だ、だれ!」
ユーリが投げた小石は見事にキュモールの額に当たり、キュモールは驚いて額に手を当て周りを見渡す。
ユーリは不敵な笑みを浮かべて小石を手の中で弄びながら、キュモールを見据えた。
キュモールはそんなユーリの姿を見つけると、拳を握り締めて叫ぶ。
「ユーリ・ローウェル!どうしてここに!?」
ユーリに続いてエステルもテントの裏からでると、「ひ、姫様も・・・・・!」と、キュモールはさらに驚きに目を見開き、体を仰け反らせた。
「あなたのような人に、騎士を名乗る資格はありません!
力で帝国の威信を示すようなやり方は間違ってます。
その武器を今すぐ捨てなさい。
騙して連れてきた人々もすぐに解放するのです!」
エステルはキュモールを見据えると、片方の手を腰にあて、もう片方の手をぴんと伸ばし、指差した。
その姿は皇族の持つ気品と威厳が感じられる態度であった。
しかし、キュモールはエステルのその言葉にも動じずに、すこし考えると、皮肉げに笑みを漏らす。
「世間知らずの姫様には消えてもらった方が、楽かもね。
理想ばっかり語って胸糞悪いんだよ!」
身を大きく乗り出し、エステルに向かってそう叫ぶとキュモールはこちらに背を向けた。
戦闘の気配を感じ、達もユーリ達の元に駆けつける。
「騎士団長になろうなんて、妄想してるヤツが何いってやがる」
ユーリがキュモールを牽制してる間に、エステルはティグルの傍にしゃがみ、治癒術をかける。
「あ、あなたは・・・・・・」
「もうだいじょうぶですよ」
治癒術をかけ終えたエステルは、ティグルに頷いてみせると、立ち上がり、ユーリの隣に並んだ。
「イエガー!やっちゃいなよ!」
「イエス、マイロード」
ユーリ達側の増えた人数に少し怯んでいたキュモールだったが、イエガーを振り返ると彼に合図を出す。
イエガーは自身の武器である銃型の兵装魔導器を構えると、キュモールに応えた。
それを合図にどこからか赤眼の一団が出てきて、ユーリ達を囲みだす。
「ユーに恨みはありませんが、これもビジネスでーす」
イエガーがそう言い、持っていた銃の先が鎌に変形すると、赤眼たちがユーリ達に攻撃を仕掛け始めた。
はユーリ達に襲い掛かる赤眼達に応戦しようとしたが、ふと、強い視線を感じ、そちらを振り返る。
振り返った先には、先ほど鎌に変形させた武器を再び銃に戻したイエガーが、こちらをじっと静かに見つめていた。
「私に何か用?」
はイエガーに視線を返し、そう尋ねた。
イエガーは目を閉じると、説明するかのように片手をあげ、こちらに近寄ってくる。
「聞いた事がありマース。
3年ほど前まで、ドンの傍には常に銀狼と呼ばれる狼がいたと。
その狼は白銀の毛を迅雷のごとく翻し、地を駆け、
その鋭い紫玉の眼光は、魔物をも怯えさせ、
その爪は強靭な肉体の者をも地に臥せさせたと・・・・・・」
の正面に立ったイエガーはの顎を掬い上げ、彼女の紫翠の瞳を見つめる。
「・・・・・・その銀狼とはユーのことデスヨネ?」
「何の事かしら?」
はイエガーにとられた顎をそのままに、彼を鋭く見つめ返し、薄く笑みを湛えた。
ユーリがこちらの様子に気付き、駆けつけようとしたが、は大丈夫だと手で制す。
イエガーはくすりと笑うと、残念そうに目を伏せた。
「・・・・・・確証はありませんでしたが・・・・・・」
「キュモール様!フレン隊です!」
「フレンが・・・・・・!」
キュモール隊の騎士が、キュモールの傍に駆け寄ると、イエガーの言葉を遮り、叫ぶ。
エステルは騎士の言葉に口に手をやり、後ろを振り返った。
ヘリオードの上層階から労働者キャンプへの入り口にあたる昇降機から、幾人かのフレンの部下であろう騎士達がこちらに走ってくるのが見える。
キュモールは忌々しげに拳を握り締める。
「さっさと追い返しなさい!」
「ダメです、下を調べさせろと押し切られそうです!」
「下町育ちの恥知らずめ・・・・・・!」
イエガーはその光景を見て、これ以上の長居は無用だと悟ると、の顎にかけていた手をはずし、彼女を一瞥する。
はその視線を黙って見返すが、「またお会いしましょう、銀狼?」というイエガーの囁いた言葉に、ほんの僅かに眉顰めた。
イエガーはのその表情に満足げに微笑むと、部下の二人を呼ぶ。
「ゴーシュ、ドロワット」
「はい、イエガー様」
「やっと出番ですよ〜」
イエガーの呼びかけに、二人の少女が応え、どこからか軽やかに降りてくる。
少女達は立ち上がると、こちらに向かって戦闘態勢をとった。
「ここはエスケープするがベター、オーケー?」
というイエガーの声に、ユーリは逃がすか、とイエガーに向かって走り出す。
しかしドロワットと呼ばれた少女が何か白くて丸い物を地面に投げつけると、そこから大量の煙があふれ出し、視界を覆った。
「うわ・・・・・・これ、なに!?」
「さあ、こちらへ」
イエガーは煙が立ちこめる中、キュモールを奥へと促す。
イエガーの一番近くにいただが、頭の中は別の事で一杯で、それを追うことは出来なかった。
「逃げろや、逃げろ〜!すたこら逃げろ〜」
「今度会ったら、ただじゃおかないからね!」
「お決まりの捨て台詞ね」
キュモールが吐いた言葉にリタは肩を竦めて返した。
「早く追わないと!」
「待って、ティグルさんたちを放ってはいけないよ!」
「でも・・・・・・」
カロルの引き止める声にエステルはユーリを振り返る。
ユーリが思案げに顎に手を置き考えていると、脇をキュモール隊の騎士達が通り抜ける。
それを追って後ろを振り返ると、フレン隊の騎士達が武器を構え、キュモール隊を押えているのが見えた。
「おとなしくしろ!そこまでだ!」
「お、いいとこに来た」
フレンがその後から駆けてきて、こちらに向かって厳しい視線を投げかけた。
ユーリはフレンを見て指をぱちんと鳴らす。
「ユーリか・・・・・・!?」
「立てるか?」
「あ、ああ・・・・・・」
ユーリはテントの中で倒れていたティグルに手を貸すと、その体を起き上がらせる。
「悪いが最後まで面倒みれなくなった。自分で帰ってくれ。
嫁さんとガキによろしくな」
「あ、ありがとうございました」
ティグルがお礼を言うと、ユーリはキュモール達が逃げた先、労働者キャンプの奥を見据えた。
「追うのね」
「ああ。もうここはフレンが片付けるだろうしな。
カロル、それでいいだろ?」
「そうだね。エステルが今にも行っちゃいそうだもん」
「すみません」
「もう!追うことになったんならさっさといこ!」
いつまでも動こうとしない皆に痺れを切らしてリタが怒鳴る。
「大丈夫か、?」
ずっと上の空であるを不審に思ったのか、いつのまにかにの傍に寄ったユーリはそう尋ねる。
はその声にはっと顔をあげ、状況を見て取ると、思考の渦を断ち切り、ユーリに頷いて見せた。
「待て、ユーリ!」
ユーリ達が走って労働者キャンプの出口に向かおうとすると、フレンの声が後から追いかけてくる。
しかし、ユーリは構わずに、「後は任せた」とフレンに言うとその場を走り去った。
後に残されたフレンは苦しげに目を瞑り、胸の前で拳を握り締めると、「くっ・・・・・・」と呻き声を漏らした。
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