「はぁ、はぁ、街を出なきゃはわかるんだけど、正直へとへと〜」


ダングレストの橋から走り詰めだったからか、カロルは荒い息を整えようと、苦しげに胸を上下させながら俯いた。
横を見ると、ジュディスは平然としていたが、エステルもカロル同様に、息を荒くしていた。
ユーリはカロルのその声に立ち止まり、振り返る。


「朝から良い運動しちまってるからな。
 でももうちょっとだ。踏ん張れ、カロル」
「どこまで踏ん張ればいいのかしら」
「そうだな・・・・・・ここから近いのはヘリオードか。とりあえずそこまでかな」
「え〜ッ!
 ―――ってか、は・・・・・・?」


カロルは辺りを見渡すがの姿はどこにも見当たらない。
確かに先ほどから姿が見えないようだ。
どこいったんだか・・・・・・・とユーリは小さく溜息を吐く。
目を離すとすぐにいなくなる、どうにも放っておけないやつだ。
そう考えたユーリの脳裏に、ラゴウの一件の時に見たの悲しげな瞳が浮かんだ。


「もしかして、あいつ・・・・・・」
「何か言いました?」


エステルはユーリを振り返る。


「いや・・・・・・・」
「あ、!!!こっちこっち!もう、どこいってたんだよ!」


きょろきょろ周りを見回しながら、こちらに向かって歩いてくるに、カロルは手を振った。


「ごめんごめん、ちょっとフレンに用があって、ね。
 ―――ユーリ?どうかした?」


はカロルに詫びたが、じっと自分を見つめたまま動かないユーリに首を傾げた。
その声にユーリははっとしてから目を逸らす。


「いや、それで、用事は終わったのか?」
「うん、もう大丈夫。
 それで次はヘリオードに行くのかな?」


は手のひらを合わせ、申し訳なさそうに頭を下げると、次の目的地の方に顔を向けた。


「その前に少し休憩しようよ〜!」
「では、町を出て少ししたら休憩します?」
「そ、それ賛成〜」


もう無理とばかりにカロルはしゃがみ込んだが、エステルの提案に重い腰を上げ、歩き出した。
ユーリはカロルを励ましながら歩いていくの後姿をじっと見つめると、ドンの元へ戻ったかと思ったが、自分の思い違いだったか・・・・・・、と息を漏らした。










ダングレストとヘリオードのちょうど中間地点に来ると、再びカロルが音を上げた。
あたりはすっかり暗くなり、雨もちらついてきたようであった。


「そろそろ休憩しようよ〜」
「そうね。もう何も追ってこないようだし」


ジュディスは上を見上げると、カロルにそう答えた。


「・・・・・・どうしてわかるんです?」
「勘、かしら」
「勘・・・・・・?」


ジュディスの言葉に皆、首を傾げる。


「ま、ここなら大丈夫だ。とりあえず休もう。
 ―――っ!?」


ユーリは皆を振り返ろうとしたが、目の端でがふらふらと倒れそうになっているのに気づき、声をあげた。
は地面に膝をついたが、大丈夫、といって立ち上がろうとした。
ユーリがの傍に駆け寄ってその腕を取ると、その腕は異常なほど熱かった。


「おまえ、これ・・・・・・!」
「大丈夫、だから・・・・・・」
「大丈夫じゃねえだろ!!」
「・・・・・・・・・・・・」


はそうユーリに言ったが、堪えきれず、ついに崩れ落ちる。


・・・・・・!!!」


うすれゆく意識の遠くでユーリ達の叫ぶ声が聞こえた―――















―――いつのまにかは靄の中に立ちすくんでいた。
周りを見渡しても靄がすべてを白く染め、自分以外は何も見えなかった。
ここ、どこ?とは一歩、一歩、手探りで歩みを進めるが、行けども、行けども、変わらぬ白い景色ばかり。
それでも彼女は歩き続けたが、ついには心身ともに疲れ果て、途方にくれた。
そんな時、ふと、人の話し声のようなものが遠くから聞こえてくるのに気づく。
は何故かその声に懐かしい雰囲気を感じ、そちらに向かって歩き出した。


「すぐ、戻ってくるから、待ってて。ね?」
「ぜったい?ぜったいだよ!?」


白い靄の先には、女性と男性の二人が、今にも泣きそうな小さな女の子に縋り付かれて、困ったような顔をしていた。
は見たことのある光景に目を瞬いた。

===二人は、私の両親だ。
彼らは二人とも仲がよく、いつも二人揃って私と遊んでくれた。
私は彼らの浮かべる笑顔が大好きで、彼らを見つけるとすぐに、遊んでと縋りに行ったものだった。
そんな彼らが、何時だったか、私を彼らの前に呼び、すこし出かけて来ると言った。
彼らが揃って出掛けるのはそんな頻繁ではなかったにしろ、珍しい事でもなかったので、私はいってらっしゃい、と彼らに返した。
彼らはそんな私をじっと見つめた後、突然強く抱きしめた。
私は幼いながらも、彼らの真剣な表情に何かがあるのだと悟り、彼らに言っちゃダメだと駄々をこねた。
しかし、彼らは困ったような顔して、すぐ戻ってくるから、と言った。
私はそれ以上彼らを困らせたくなくて、涙をこらえ笑顔を見せた。
彼らは私に頷いて見せると、私に背を向けた。
彼らの背がそのまま消えてしまいそうに見えた私は、泣きながら彼らを追いかけたが、その手は届かず空を切った===

そう、それ以来彼らは戻ってこなかった。
自分を置いてどこかへ行ってしまったのだ。
しかし、以前は追いつかなかった彼らの背が、今目の前にある。
は今度こそ手を伸ばせば間に合うと、彼らの背を追いかける。


「待って・・・・・・!!!お願い、置いていかないで・・・・・・!」


は彼らに必死で手を伸ばした。
しかし彼らの背は遠ざかるばかりで、やはり無理なのかと立ち止まり、目を瞑ると、誰かがぎゅっと手を握ってくれる温もりを感じた。
その温もりに、私は彼らに追いつくことが出来たのだ、とは涙を流し、目を開けた―――















―――目を開けた次の瞬間、に見えたのは両親の優しい笑顔ではなく、見知らぬ白い天井であった。
は見覚えのないその光景に、体を起こそうとしたが「無理すんな」とすぐ近くで聞こえた声に驚き、目を向けると、ユーリがベッドの傍の椅子に腰掛けこちらを見つめていた。


「ユーリ?」


何故私はベッドに寝ているのだろう、先ほど自分は白い靄の中で両親を追いかけ、確かに彼らの手を握ったはずだ。
その証拠に、未だ自身の手は温もりを感じている。
はそれを確かめようと、自分の手を持ち上げたが、その手は心配そうな顔をしたユーリの右手につながれていた。
驚きに目を見張り、ユーリの顔をみると、彼は「大丈夫か?」とに小さく笑いかけた。
混乱しながらも、が頷くと、ユーリは手を離し、椅子から立ち上がり後ろを向いた。
その背中から「おまえぶっ倒れた後、三日三晩眠り続けたんだぞ」という声が聞こえる。
はその言葉を聞きながらも、今まで感じていた温もりが名残惜しく、自身の手をもう片方の手のひらで包み込んだ。


、おまえほんと、大丈夫か?」


無言のままのを不思議に思ったのか、ユーリが再びこちらに向き直り、顔を覗いてくる。


「だいじょぶ、だいじょぶ!
 ・・・・・・それよりここは?」


はそれ以上ユーリを心配させまいと、笑みを浮かべ、握りこぶしを上に突き上げた。


「・・・・・・・・・・・・ヘリオードの宿屋だよ」


ユーリは何か言いたそうにしていたが、溜息をつくと、の見知った地名を述べる。
ヘリオード・・・・・・とは反芻していたが、ふと、他の皆の姿がみえない事に気がついた。


「あれ、そういえば他の皆は?」
「カロルとエステルは回復剤の買出し。
 ジュディスとラピードはそこら辺を散歩でもしているんじゃないか」
「そっか・・・・・・。ありがとユーリ。私のこと見ててくれたんでしょ?」
「そんなんじゃねえよ。たまたま通り掛かっただけさ」
「そう?」


ユーリの手の温もりはまだ自分の手に残っているのだが、ユーリの顔が心なしか赤く見えたので、は追求しない事にした。
んじゃ、皆のところに行こうか、とは立ち上がろうとしたが、上手くいかず体をふらつかせる。
それを見たユーリはの腕をつかむと、座ってろ、と彼女の体をベッドに押し込んだ。


「でも、ユーリ!」
「あいつらはオレが呼んで来るから大人しくしてろ」


が不満の声を漏らすが、ユーリはすこし怒ったような声音でそう言い、部屋の外に出て行った。










「ったく、あいつ、無茶しすぎだろ・・・・・・」


部屋の外に出て、扉の前に立ったユーリは、扉に寄りかかり、小さくそう呟く。
ユーリはあんなになるまで何も言わなかったに恨み言の一つも言いたかったが、それに今まで気がつかなかった自分にも腹を立て、拳を握り締めた。

が倒れたあの時、ユーリの掴んだ彼女の手は燃えるように熱かった。
それに気づいたユーリ達は急いでヘリオードに向かい、をベッドに押し込んだが、その容態は芳しくなく、彼女は三日三晩眠り続けた。
時々苦しげに呻き声をあげる彼女を看病する為に、ユーリはじっとベッドの傍に佇んでいたのだが、彼女が突然何かを叫び、宙に手を伸ばした。
その手は虚しく空をきるばかりで、見ていられなくなったユーリは、その手に自身の手を差し伸べた。
ユーリが手を握ると、は笑顔を浮かべ、涙を流すと、閉ざすばかりであったその瞼をやっと開けたのであった。

ユーリは爪の跡がつくまで強く握っていた拳をゆっくり開くと、さてあいつら呼びに行くか、とその場を後にした。















がしばらく部屋で大人しくしていると、部屋の外から騒がしい足音が聞こえてくる。
ユーリ達かな?と思い、扉に目を向けると、バタンと扉が開く音と同時に、エステルの心配そうな顔が目の前に迫ってきた。


!!!もう大丈夫なんです?」
「うん、もう平気だよ」
「いつから具合悪かったのかしら?」


ジュディスは腕を後ろで組みながら、そうに尋ねた。


「・・・・・・え〜っと・・・・・・ここの結界魔導器が暴走した次の朝ぐらいから・・・・・・?」
「だいぶ前じゃないですか!!」
「ったく、おまえ、無茶しすぎ」


ユーリは怒りの制裁とばかりに指での額を小突いた。


「あいたっ」


はユーリのでこピンに赤くなった額を押えながら、口を尖らせる。


「だって、ダングレストに入ったぐらいには熱も引いたし大丈夫かな〜って、
 でもガスファロストで暴れまわったらぶり返したとかなんとか・・・・・・」


最後の方はごにょごにょ言っていて聞き取り辛かったが、無茶をしたことには変わりはない、ユーリは再びにでこピンを食らわした。


「仲間を頼れって言ったの、おまえだろ?」
「あっ・・・・・・」


はカプワ・トリムでユーリに言った自分の言葉を思い出し、俯く。
そのの姿にユーリは深く溜息をついた。


「何の話です?」
「一人で無茶すんなってことさ」
「そうね。今日はもう、安静にしてなさい」
「え、でも、ユーリ達先を急ぐんじゃ・・・・・・」
「こんな状態のを放っておけないよ!!!」


でも・・・・・・となおも言い募ろうとするの頭を、ユーリはわしゃわしゃ撫で回した後、軽くぽんっと叩く。


「しょうがねえな・・・・・・。朝までに治ったら、すぐに出発する。
 治んなかったら、ベッドに縛り付けて暫く安静にさせる。
 ・・・・・・これでいいだろ?」
「そうですね」


皆が一様に頷いたのを見て「んじゃ今日はもう寝るぞー」とユーリは声をかけ、ソファに転がった。