駐屯地から戻ったは、静かに橋の上の一部始終をじっと見つめていた。
その視線の先には二つの影があった。
ラゴウが橋の上で部下に何かを指示しているのを見たは、また何か企んでいるのだろうかと、武器を取り出し、走りかけた。
しかし、その遥か前方に、黒い影が走るのを見て、その足を止めた。
その影はラゴウの部下を一閃し、逃げるラゴウを一歩一歩、橋の縁の方に追いやっていく。
ラゴウがその影に背を向け、「来るな!」と叫んだ瞬間、黒い影は剣を振り抜きラゴウの背中を切り裂いた。
切られたラゴウはその勢いのまま橋の上から落ちていった。
は光の宿らない、暗い瞳でそれを見届けると、同じく似たような目をしてこちらにやってくる黒い影--ユーリに声をかける。
「私の両親、人間に殺されたの」
ユーリはに気づいていたが、そのまま何も言わずに通り過ぎようとしたところ、声をかけられ、その内容に目を見開き、後ろを振り返った。
「信じていた人間に、裏切られたのよ。
・・・・・・彼らは最後まで人間を信じ、私に必ず戻ってくると告げ、旅立った。
けれど彼らは戻ってこなかった。
私は彼らが約束を違えたことを悟り、彼らを恨んだ。
しかし本当に憎いのは、彼らを殺した人間だった・・・・・・」
はそこで一先ず言葉を切り、ユーリの顔を覗きこむ。
「私は人間を憎んだ。人間を憎んで憎んで人としての生き方を捨てようとした。
けれどデュークが、彼が、おまえはそれではダメだと言い、私をドンに預けた。
それから私は人の優しさと温もりを知った。人間も捨てたものじゃないと思った」
じっとこちらの目を見つめ返し、静かに自分の話を聞いているユーリには笑いかける。
ユーリにはその笑顔がとても物悲しいものに映った。
「だから、ね。今でも人は許せない、けれど皆を信じることは出来る。
・・・・・・でもラゴウみたいな人を見ると、昔を思い出すんだぁ・・・・・・」
私が殺ろうかと思ったんだけど、ユーリに先を越されちゃった、とはそう続ける。
ユーリはのそんな姿を見つめると、の頭を撫で回した。
はくすぐったそうに身をよじらせた後、「ね、抱きついていい?」とユーリの顔を見上げた。
ユーリは逡巡したが、は構わずユーリの胸に飛び込んで、その胸に顔を埋もれさせた。
「ユーリ、暖かいね」
ユーリはその言葉を聞きながら、の背中をぽんぽんと叩いた。
次の日は朝になってもユーリとの二人は各々のベッドに寝転んでいた。
ユーリは寝たふりなのか、自身の腕を枕にして、時折、寝返りを打つ。
はここ最近色々あった所為か、再びぶりかえした熱に、小さく唸りながら目を瞑る。
しばらくそのまま過ごすと、ぱたぱたと軽い足音が部屋の外から響いてきた。
カロルであろうか、は重い頭を扉の方に向けようとしたが、その行為を断念し、顔を枕にうずもれさせる。
「ユーリと、起きてる?」
カロルの呼ぶ声には手だけ振り、「私は寝てるー」と返した。
ユーリはカロルの声に反応せず、再び寝返りを打つ。
「もう、は!!エステルもリタも行っちゃったんだよ!!」
「そっか」
カロルの言葉にユーリがやっと反応し、起き上がる。
はかわらず枕に突っ伏したまま、話の続きを聞いた。
「今、追えば、まだ間に合うかもしれないよ」
「その気になりゃ、いつだって会えるさ」
ユーリの煮え切らない態度に、カロルは地団駄を踏み、「ユーリのバカ!」と言って部屋を出て行った。
しばらく、しんとした空気が部屋を流れたが、外から轟音と喧騒のようなものが聞こえてくるのに達は気づく。
ベッドの下で伏せていたラピードも起き上がり、耳をぴんと立てた。
ユーリはとラピードに頷くと、そのまま部屋の外に向かって駆け出した。
3人が外に出ると、街は以前ダングレストを魔物が襲ったときのような騒ぎになっていた。
再び魔物が襲ってきたのかと、ユーリが辺りを見渡すと、上空を火をまとった大きな鳥のようなものが飛んでいるのに気がついた。
「あれは・・・・・・!」
も同様にその存在に気づいたようで、声を上げる。
ユーリはその声に、知っているのか?と尋ねようとしたが、大きな鳥が、街に下りてくるのを見てそちらに駆け出した。
途中でカロルも発見したので、拾うのを忘れずに声をかけると、カロルも慌てて後をついてきた。
魔物が向かった先、橋の先にたどり着くと、帝国の騎士たちはすべて地に臥し、フレンはそこまで傷は酷くないものの、地面に膝をつき苦しそうにしていた。
その光景を見たユーリ達は、急いでフレンの傍に駆けつける。
「なんて、ザマだよ」
ユーリがフレンに声をかけると、フレンは苦しさに肩を上下させながらも顔を上げる。
「ユーリか、頼む・・・・・・エステリーゼ様を・・・・・・」
フレンがそう言いながらも剣を杖代わりにして何とか立ち上がろうとするのを見て、はフレンの前にしゃがみ治癒術をかけ始めた。
しかし、おもったより傷が深いのか、なかなか傷がふさがらない。
それを見たユーリはとフレンに頷いてみせると、橋の奥に走り出した。
「ユーリ!あれ!」
カロルが指差す方向を見ると、エステルが倒れた騎士に治癒術をかけているのが見える。
そのすぐ横を大きな鳥の魔物が飛んで行き、エステルの前に止まると、そのままエステルのその姿をじっと見つめた。
ユーリはそれを見て、魔物はエステルを狙っているのだと悟り、走りかけたが、後ろから複数の足音が迫ってくるのに気づき、振り返った。
そこにはアレクセイとその指揮下の兵が立っていた。
騎士団長がどうしてここにいるのかと、ユーリは目を瞬く。
アレクセイは素早く回りを見渡すと、「やむを得ない、か・・・・・・」と呟き、ヘラクレスでやつを仕留める、と部下に合図を送った。
アレクセイが何を仕掛けるかは分からないが、それを待っていられないユーリ達はエステルの元に走り出す。
「ローウェル君、待ちたまえ!もう手は打った!」
「冗談!エステルが食われるのを、黙って見てられるか!」
アレクセイの制止の声が聞こえるが、ユーリはそれに叫んで返すと、構わず走り続けた。
フレンの傷を治癒術で癒し続けていたは、頭の奥でキィーンと鳴り続ける音に気づき、額に手をあて俯いた。
最初は小さかったその音は、どんどん大きくなり、それに耐えられなくなったは頭をおさえ、蹲る。
の様子がおかしいことに気づいたフレンは慌てて彼女に声をかける。
「、大丈夫か!?」
「これ、は・・・・・・」
はフレンに肩を貸してもらい、立ち上がると、ダングレストの向こうの空を見据えた。
その空の先には巨大な移動要塞があり、今正にその体から、主砲を発射させようとしている所であった。
はそれに気づき、唇を噛み締めると、フレンに断りをいれ、頭痛を振り切って走り出した。
「ユーリ!エステル!皆無事!?」
はそう言ってユーリ達の元に走りながらも、ヘラクレスの主砲が発射され続ける様を横目で見る。
その攻撃の先は、の見知った人物、フェローのようだ。
フェローがなんなく攻撃を避けているのを確認し、はユーリ達の元にたどり着くと、
ここは危ないから行くよ、とユーリ達を急かしたが、その瞬間大砲が近くに当たり、煙が辺りを立ち込めた。
大砲の直撃を受けた橋ががらがらと崩れ始めるのに気づくと、ユーリ達はダングレストの出口側のほうに走った。
街の出口に走る途中で、フェローとジュディスが何か話し込んでいる姿が見え、は立ち止まる。
エステルもそれに気づいたらしく、踵を返すと、「危ないことしないで!」とジュディスに声をかけた。
その声を受け、ジュディスはフェローと話すのを止めると、後ろを振り返る。
「心配ないわ。あなたたちは先に」
「さぁ、早く!」
「あら、強引な子」
エステルが自分の手を掴んで離さないので、ジュディスは諦め、それに従う。
それを見たフェローは上空に飛び上がり、一声鳴くと、どこかへ飛んでいってしまった。
がそれを黙って見届けていると、後ろの方から、フレンの声が響いた。
「待つんだ、ユーリ!それにエステリーゼ様も」
「面倒なのが来ちまったな」
ユーリ達が振り返ると、フレンは向こう側の壊れた橋の先端近くにたってこちらを見ていた。
エステルはこちら側の橋の先端近くまで歩くと、まだ帝都には戻れません、とフレンに告げた。
フレンは何とかして、エステルを帝都に連れ戻そうと声をかけるが、エステルは頑として譲らなかった。
ユーリはその光景を目に映すと、フレンに魔核を放り投げた。
「フレン、その魔核、下町に届けといてくれ!
帝都にはしばらく戻れねえ。オレ、ギルド始めるわ。
ハンクスじいさんや、下町のみんなによろしくな」
フレンは飛んできた魔核を受け取り、しばらくそれを見つめるが、ユーリのその言葉を聞いて顔を上げる。
「・・・・・・ギルド。それが、君の言っていた君のやり方か」
「ああ、腹は決めた」
「・・・・・・それはかまわないが、エステリーゼ様は・・・・・・」
「頼んだぜ」
ユーリはフレンの言葉を受け流し、彼に背を向けると、手をひらひら振り別れを告げた。
フレンは身を乗り出し、ユーリを止めようとするが、ユーリは構わず歩き始めた。
他の皆もそれに続く。
フレンの姿が見えなくなるまでしばらく歩くと、ユーリはカロルを振り返った。
「言うのが逆になっちまったけどよろしくな、カロル」
「うん!」
カロルは嬉しそうにユーリの顔を見上げると、手を高く差し出した。
ユーリはそれに応え、手をぱちんと当てると、
「さぁ、とっとと街を出ようぜ。ウダウダしてると騎士どもが追っかけにきちまうぞ」
と、言い、街の出口に向かって走り出した。
ユーリ達は街の出口に向かって走っていったが、はその場に立ち止まると、後ろを振り返った。
その視線の先にはひっそりと、デュークが佇んでいた。
すぐにはデュークに駆け寄ると、フェローが来たことや、ヘラクレスのことを説明した。
デュークはそれに頷き返し、おもむろにの手を掴んだ。
「なに?デューク?」
は吃驚してデュークの顔を見つめる。
「熱、あるのだろう?」
「あ〜・・・・・・・えへへ、やっぱりデュークにはばれちゃうか」
デュークのその言葉に、は罰が悪そうに笑った。
「やつらは、知っているのか」
「ん〜多分知らないと思うよ、言ってないし」
「・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫だよ。この前もすぐ治ったし、たいしたことないって。
デュークは心配性だなぁ・・・・・・」
デュークの心配そうな顔にはそう言うと、デュークに近寄り、その頬にキスをする。
「・・・・・・・・・・・・!」
「ま、そんなデュークが好きなんだけどね!」
デュークが吃驚しての手を掴む力を緩めた隙に、デュークの手を振り解くと、はその言葉を彼に残して走り去った。
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