「君はここにいてくれ」
「オレ、身代わりかよ」
「おまえ、オレを見捨てる気まんまんだろ」
「そうだな、もし戻ってこなかったその時は・・・・・・僕の代わりに死んでくれ」
「ああ・・・・・・」


は取調室の柱の陰に身じろぎもせず、じっと立っていた。
牢番を騙し、鍵をもらって、ユーリの後を追っては来たものの、ユーリとフレンの、彼らが命を失いかねないこの危機的な状況において、
互いに命を預けあうという、その信頼の深さ、その絆の固さを見せ付けられ、は深く息を吐き、目を閉じた。
本当に、何も心配はいらなかったようだ。
ユーリとフレンなら、なんでも二人で乗り越えていくだろう。
その二人の固い絆が、にはとても羨ましく思えた。
信じていた者に裏切られる事が、どんなに辛く、悲しく、切ない事か。
は遠く、辛い過去に想いを馳せると、閉じていた目を開き、その場から踵を返そうとした。


・・・・・・?」


しかし、しまった、と思ったときはもう遅く、ユーリとフレンは既に会話を終えていたらしく、
はちょうどフレンと鉢合わせする形となってしまった。


「フレン・・・・・・・」
「どうしてここに?」


はフレンの問いに、手に持った鍵を見せることで答えた。


「そうか・・・・・・」
「ねぇ、フレン・・・・・・。
 ・・・・・・絶対、戻ってくるよね・・・・・・?」
「ああ」
「絶対、絶対よね?」
「はなからあいつを見捨てるつもりはないさ」
「そう、そうよね・・・・・・」


は憂いと希望の入り混じった眼差しでフレンの目を見つめると「いってらっしゃい、フレン」と言い、彼を見送った。
フレンはのその悲しげな瞳を見て一瞬躊躇したが、大きく頷くとユニオン本部から出て行った。

がフレンと別れ、ユニオン本部の中央、首領の部屋へ続く道の柱の陰に立ち尽くしていると、ドンが本部の入り口からやってくる。
ドンはの目の前に立ち、彼女の不安げな顔を見ると、「ちょうどいい。おめぇも来い、」との背を軽く叩き、一緒に歩かせた。










「友の代わりに牢に入る、か。そいつはどんな酔狂だ、小僧」


ドンは牢屋の中にユーリがフレンの代りに入っているのを見て、豪快に笑った。


「わざわざ見張りをなくした大間抜けなじじいに言われたくないね」


ユーリはそれを受けても、決して振り返らずに、声だけを返した。
その姿を目に映したドンはにやりと口の端で笑った。


「ふんっ、騎士の坊主に秘密の頼みがあったんだよ」
「フレンに?」
「こんな茶番を仕掛ける連中だ。その辺で高みの見物としゃれ込んでるだろうよ」
「茶番だってわかってんならギルドを煽んなよ」
「やる気見せねえと、黒幕が見物にこねえだろうが。
 それに、こうでもしなけりゃ、血の気の多い連中が黙っちゃいねえよ」


ドンは腕を組むと、自分の少し後ろで立ち止まって俯いてしまったにちらりと目を向けたが、すぐにユーリの方に向き直り、


「まあ、そういうわけだ。騎士の坊主が戻らなけりゃあ、当然、てめぇの命をもらう」


と、言った。
はドンの後に続いたユーリの、「わかってるよ」という言葉に顔をあげ、ドンの顔を見つめる。
ドンはの頭をポンポンと叩くと、大きく頷いてみせる。


「そうそう。うちの大切な人質を逃がした責任はとれよ」
「身代わり以外に、まだなんかやれっての?」


ドンの言葉に、ユーリは呆れた声を上げた。


「茶番を仕切ってる黒幕が待ちにまぎれてるはずだ。
 あの騎士の坊主に探させるつもりだったんだがな」
「それ、オレに探せって?」
「責任の取り方はてめぇに任せる。
 つれの娘っ子だってケガ人相手に、駆けずり回ってんだ。
 てめぇだけのんびりってのは性にあわねえだろう」
「・・・・・・エステルがね。ま、あいつらしいか」


ドンはユーリの呟きを聞いた後、踵を返そうとしたが、「それと、うちの娘をおめぇに任せるぞ」と言い、の背をユーリの方に押した。
その力の引力に押される形で、がユーリの前に立つのを見届けた後、ドンは外に向かって歩き出した。


、どうした・・・・・・?」


ドンの言葉を聞き、驚いて振り向いたユーリは、の悲しげな横顔に気づくと、すぐに牢屋の扉を開けて出て、彼女の顔を覗きこんだ。
はなんでもないよ、とユーリに笑い、彼の目を見つめた。
ユーリは何か言いたげに手を彷徨わせたが、そのままその手での頭を撫でると、外出るぞー、との手を引っ張っていった。















「どけどけドンのお通りだぞ!」
「あのじじい、本気で帝国とおっぱじめるつもりか」


中央広場にユーリとが出ると、すでにドン率いるユニオンの連中は集まり、臨戦態勢を整えていた。
その中央に位置する場所に、ドンが立っていて、その傍にはレイヴンが控えていた。


「俺らを見下し侮辱した帝国クソやろうどもに思い知らせてやろうじゃねえか!」


ドンの怒声が町中に響き渡る。
しばらくユーリはその様子を眺めていたが、自分の名前を呼ぶ見知った声に気づき、そちらに振り向く。
ちょうど、中央広場から右手に当たる、道の端っこの方にカロルが立っていて、ユーリ達を手招きしていた。


「どうしたんだ?」
「ユーリ!大変な事になってんだよ!」
「見りゃ分かるって」
「そうじゃなくて」


ユーリがカロルに声をかけると、カロルはユーリに叫び、拳を握り足を地面に打ちつかせ、地団駄を踏んだ。


「他にもあんの?」
「見たんだよ!」
「見たって何を」


カロルの的を射ない話に、ユーリは若干溜息をつきかけたが、エステルがカロルの話を継いでくれた事で、状況を理解する事が出来た。
要するに、この街で紅の傭兵団の一団を見かけたので、リタとラピードがその後を追っているということであった。
あいにくバルボスはいなかったという話ではあったが、内情を探るに越した事はない。
ドンの狙い通りに事が運びつつあるのを感じ、ユーリは強く拳を握った。










先程の場所から右手に進み、紅の流星群という酒場の前に行くと、リタとラピードが物陰から出てくるのが見えた。


「この中か?」
「そう」
「・・・・・・行くぞ」


リタが頷くのを確認すると、ユーリは皆に合図をかけた。










酒場の中に入ると、その中は意外にも広く、中央にある、大きな机の椅子にどっしりと座ったバルボスと、
その横に控えた紅の傭兵団、その後方に縮こまるように隠れたラゴウとを一辺に見て取ることが出来た。
一番に酒場の中に入ったリタは、バルボス達に向かって叫ぶ。


「あんたら!」
「悪党が揃って特等席を独占か?いいご身分だな」


ユーリは皮肉げに声を出す。
丁度、この酒場の裏側は大きな吹き抜けになっていて、そこには、ユニオンと騎士団とが睨み合う戦場の姿が克明に映し出されていた。
はその光景に眉を顰める。


「その、とっておきの舞台を邪魔するバカはどこのどいつだ?」


バルボスはそう言うと、ユーリ達の方を振り返った。


「ほう、船で会った小僧どもか」
「この一連の騒動は、あなた方の仕業だったんですね」


バルボスが鋭い目でこちらを睨むが、エステルはそれに動じず、ぴんと腕を伸ばし、その指でバルボスを差した。


「それがどうした。所詮貴様らにワシを捕らえることはできまい」
「はあ、どういう理屈よ」
「悪人ってのは負けることを考えてねえってことだな」


バルボスの傲岸不遜な態度に、リタが不平を漏らしたが、ユーリは事も無げにそう言ってのけた。


「なら、ユーリもやっぱり悪人だ」


カロルはユーリの言葉に笑いながら冗談を言う。
ユーリもその冗談にのると、「おう。極悪人だ」ときっぱり断言した。
その二人の微笑ましいやりとりに、はくすくすと笑い、今まで強張らせていた顔を少し和らげる。


「ガキが吠えおって」


バルボスがそう怒鳴り、周りの部下に合図をすると、敵がユーリ達の周りを囲んだ。
ユーリ達は顔を引き締めると、各々の武器を手に取り、構える。


「手向かうか?前に言ったはずだ。次は容赦しないと」
「その方が暴れがいあるってもんだ」
「とっとと始末しろ!」


バルボスの怒鳴り声と共に、外から大砲の音のような、轟音が聞こえ始めた。
ついに開戦してしまったのだろうか。
は目を瞑り拳をぎゅっと握り締める。その拳はかたかたと震えている。
ユーリはそんな彼女の姿を見て、「フレンの奴、まだかよ・・・・・・」とフレンに恨み言を零した。


「バカどもめ、動いたか!
 これで邪魔なドンも騎士団もぼろぼろに成り果てるぞ!」
「騎士団とユニオンの共倒れか。フレンの言ってた通りだ」
「ふっ、今さら知ってどうなる?どうあがいたところで、この戦いは止まらない!」
「それはどうかな」


バルボスの吐いた言葉は、ドンとフレンが考えていた通りであった。
しかし、外から聞こえてきた音に、黒幕の思惑を叩き潰すという、彼らの思惑の方が勝った事を確信し、ユーリはにやりと笑った。
外から、ユニオンと騎士団との戦場に向かって駆ける、馬の足音が聞こえる。
はそれに気づくと、吹き抜けに向かって走り出した。


「ったく、遅刻だぜ」
「・・・・・・フレン・・・・・・」


一人の騎士が馬を駆けながら、ユニオンと騎士団、双方に向かって何かを叫んでいる。
騎士は一触即発な双方の間に割り込むと、持っていた書状を高く掲げ声を張り上げた。


「私は騎士団のフレン・シーフォだ。ヨーデル殿下の記した書状をここに預かり参上した!
 帝国に伝えられた書状も逆臣の手によるものである!
 即刻、軍を退け!」


一人の騎士--フレンは約束通り戻ってきた。
夕闇に映える、彼のその眩しい金髪を目に映すと、は口に手をやり目を伏せた。
ドンは事を成し遂げたフレンに近寄ると、彼にこっそり囁く。


「戻ってこねえかと思ったぜ」
「あいつを見捨てるつもりは、はなからありませんので。
 それに・・・・・・と約束しましたから・・・・・・」
「そうか」


ドンはフレンのその言葉に一瞬目を閉じると、次の瞬間にはフレンに背を向け、ユニオンの連中に向かい、引き上げるぞ、と怒鳴った。


「ラゴウ、帝国側の根回しをしくじりやがったな!!」
「ひっ」


バルボスは自分の思惑通りに事が進まなかったことを悟り、ラゴウに怒鳴った。
その声に、隅で縮こまるように小さくなっていたラゴウは、さらに体を小さくさせて悲鳴をあげる。
バルボスは舌打ちすると、部下に向かって合図を送った。
合図を受けた男が、兵装魔導器を構える、その気配をいち早く察したはそちらに向かって走り出す。


「ユーリ!あの人、フレンを狙ってます!」
「させないわよ!」


エステルの声と共に、は叫び、何かを敵に向かって投げた。
それは見事に兵装魔導器を持った男の腕に当たり、その攻撃を受けた男は呻き声をあげ、魔導器を取り落とした。


「ナイスだ、!!」
「ガキども!邪魔はゆるさんぞ!」


それを睥睨したバルボスは自身の銃型の兵装魔導器を構えると、それをユーリ達に向かって放つ。


「きゃあ!」「うわわわっ!!」「くっ・・・・・・!」


そのあまりの威力に、ユーリは仲間に向かって「出口に向かって走れ」と叫び、自身はバルボスに向かって走り出した。


「ユーリ、危ない!」


はユーリに手を伸ばし、止めようとした。
しかしその手は虚しく空を切り、ユーリはバルボスの目の前に躍り出る。
バルボスは目の前に現れたユーリに、再び魔導器を構え、放とうとしたが、
目の前が不意に陰ったのを不思議に思い、上を見上げると、 大きな竜が尻尾を振り、バルボスを薙ぎ倒そうとしていた。
竜の尻尾は見事にバルボスに当たり、バルボスは床に引っ繰り返る。


「また、出たわねバカドラ!」
「リタ、間違えるな、敵はあっちだ・・・・・・!」
「あたしの敵はバカドラよ!」
「今はほっとけ!」


リタはここであったが百年目とばかりに、竜使いに向かって術を放とうとしたが、ユーリに止められたのでしぶしぶその詠唱を止める。


「ちっ、ワシの邪魔をしたこと、必ず後悔させてやるからな!」


バルボスは舌打ちして起き上がると、今まで持っていた魔導器とはちがうチェーンソー型の兵装魔導器を構えた。
その魔導器は自身を回転させ、浮力を発生させると、バルボスの体を浮かし、窓の外、空に向かって飛び立って行く。
その様子を見ていた竜使いは、バルボスの後を追おうとしたが、ユーリの呼びかけに、踏鞴を踏んだ。


「やつを追うなら一緒に頼む!羽のはえたのがいないんでね。
 オレはなんとしても、やつを捕まえなきゃなんねぇ。
 ・・・・・・頼む!」


ユーリのその必死な声に、承諾したかのように、竜はその高度を落とすと、窓の枠に体を寄せた。


「助かる!」
「待って!ボクたちも・・・・・・!」


ユーリが竜に飛び乗ると、カロルが声を上げた。
しかし、どうみても竜の体は小さく、全員乗るには無理がある。


「こりゃどう見ても定員オーバーだ!」
「でも、ボクたちも・・・・・・!」
「おまえらは留守番してろ!」
「そうそう、お留守番よろしくね」


突然自分の後ろから響いた声に、ユーリは驚いて後ろを振り返った。


!?」
「私、軽いから平気よ」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ」
「だいじょぶ、だいじょぶ、さ、行きましょ」


のその言葉を合図に、竜は高度をあげ、夕闇に向かって飛び上がる。
ユーリはじっとの顔を見つめると、もう大丈夫なのか?と彼女に目で尋ねた。
が小さく頷くのを確認すると、ユーリは彼女の頭を撫でながら、バルボスが向かった先、砂嵐の舞う向こうを睥睨した。