翌朝、エステルを見送るために宿屋の外に出ると、すっかり雨はあがり、空には晴れ間が広がっていた。
は空を見上げ、太陽の、その光のまぶしさに、すっと目を細めた。
昨日はあれから労働者の様子を見て回り、色々と調べていたら、せっかく借りたケープも湿ってしまい、すっかり身体が冷え切ってしまった。
部屋に戻ってすぐにシャワーを浴びたものの、一夜明けると、身体は少し熱を帯び若干ふらふらする。
まあいつもの事だしと、風邪をひいた事をユーリ達には悟られないよう、は平静な振りしてユーリ達の会話を聞いていた。
「ま、帝都までの道中は気をつけてな」
「はい」
「忘れ物とかないだろうな?後から思い出して、また迷惑かけんなよ」
「忘れていったら、ユーリが届けてください」
ユーリがエステルの母親みたいなことを言っている。
エステルは内心帝都に戻りたくはないのだろう、沈んだ面持ちで、ユーリに言葉を返していた。
カロルはカロルで名残惜しそうにエステルを見ているが、リタは腕を組んで何かをずっと考え込んでいるようだった。
「バカ言ってんな。さっさとフレンとこ行くぞ。そこまでは送ってやっから」
「あ、あの、ユーリたちはこのあとどうするんです?」
「そうだな・・・・・・。
紅の絆傭兵団の足取りも途絶えちまったし、どうすっか・・・・・・」
「だったら、この先にあるダングレ・・・・・・スト・・・・・・はだめだ」
カロルが良い事を閃いたかのように顔をあげ、そう提案したが、すぐに何かを思い出したのか、それを否定して俯いた。
「ダングレストっていうと、確かギルドの街だったよな?」
「う、うん。だから、紅の絆傭兵団の情報もみつかるかもな〜って・・・・・・」
ユーリは逆に興味を持ったのか、詳しくカロルに説明を求めると、カロルは顔をあげてユーリを見る。
「ここからだと、どっちだ?」
「西に行けばつくけど・・・・・・」
「なら、行くか。ギルド作るにしても、色々と参考になるだろうし」
カロルはその言葉に目を見開いて、ユーリに駆け寄ると、ギルドのためなら行こう!と嬉しそうに笑った。
はギルド?と不思議に思ったが、頭が痛くて考える気力もないし、じゃあまずはフレンのとこだな、とユーリが言ったのでそのままついて行く事にした。
結界魔導器の所にフレンが迎えに来るという約束になっていたので、達はそこで彼を待っていた。
しかし、約束の時間をすぎても、フレンは現れなかった。
なにか急な事情があったのか、なんなのか、せめて手紙かなにかよこして貰えればこっちとしても行動のしようがあるのだが、
特にそういうものもなく、待ちくたびれたは噴水の宿屋側の縁に座り、足をぶらぶらさせていた。
「フレンって騎士、こないじゃない」
「時間はきっちり守りそうなタイプに見えたけど・・・・・・」
がそうフレンについての感想を述べると、ユーリが頷いたので間違ってはないらしい。
やはり急用でもできたのか、とは顎に手をあて首を傾けると、騎士団本部へ続く道の方をずっと見ていたカロルが、エステルを見上げた。
「このままボクらについてくる?」
「そうですね。そうしてもいいです?」
「カロル、お姫様をたぶらかすな」
ユーリの諭すような声に彼の方を見やると、ユーリは大儀そうに壁に寄りかかり、カロルを見つめていた。
カロルが何か言いたそうに口を開けたが、その時、達の間を厳格的な、しかしよく響き渡る男の声が通り抜けた。
「勝手をされては困ります。エステリーゼ様には帝都にお戻りいただかないと」
不意に響いた声に驚き、振り向くと、そこに現れたのは赤を主体とした豪奢な団長服に身を包む、
帝国中の騎士の憧れの的、帝国騎士団団長アレクセイ・ディノイア--まさにその人であった。
アレクセイはそのままエステルの目の前--噴水の手前まで来ると、立ち止まった。
その傍にはアレクセイの秘書であり、帝国の特別諮問官でもあるクロームが付き従っているのが見える。
はやばっ、と小さく呟くと、噴水の縁から素早く立ち上がり、ユーリの陰に隠れた。
ユーリが訝しげな目で見てくるが、しー、しーとは唇に手を当てユーリに目配せを送る。
「フレンは別の用件があり、既に旅立った」
アレクセイはエステルに向けていた体をユーリに向きなおし、そう言い終えると、リタの方に歩いていった。
はその動きに合わせて、ユーリの回りをくるくる回る。
「さて、リタ・モルディオ、君には昨日の魔導器の暴走の調査を依頼したい」
「・・・・・・あれ調べるのはもう無理。あの子、今朝少しみたけど、結局何も分からなかったわ」
アレクセイが見ていない事を確認し、がユーリの陰からリタの方を見ると、彼女は降参というように、横に手を広げて見せていた。
「いや、ケーブ・モック大森林に行ってもらいたい」
はアレクセイのその言葉に、首を傾げた。
ケーブ・モック大森林とは、ダングレストの南西にあり、最近植物の異常が確認されている地域だ。
そんな所に、騎士団長直々に何の用なのか。
しかもフレンの代わりにエステルを迎えに来てまで、だ。
はそれを見極めようと、アレクセイに気づかれない程度に鋭い視線を送った。
「最近、森の木々に異常や魔物の大量発生、それに凶暴化が報告されている。
帝都に使者を送ったが、優秀な魔導士の派遣にはまだまだ時間を要する」
「あたしの専門は魔導器。植物は管轄外なんだけど?」
「エアル関連と考えれば、管轄外でもないはずだ」
エアル関連、アレクセイのその言葉にはあるものを思い浮かべる。
それが本当にそこにあるのなら、アレクセイはそれを狙っていると考えられる。
これはデュークに知らせるべきか否か、は額に手を当て唸った。
「―――エアルが関係しているのなら、わたしの治癒術も役に立つはずです」
「それは、確かに・・・・・・」
「お願いです、アレクセイ!わたしにも手伝わせてください」
「しかし、危険な大森林に、姫様を行かせるわけには」
「それなら・・・・・・」
考えているうちにいつの間にかに話は進んでいたらしい、エステルがこちらを振り向く気配が感じられる。
それを感じたは体を縮こまらせ、いや、こっち見ないで、と呟く。
「ユーリ、一緒に行きませんか?」
「え?おれが?」
「ユーリが一緒なら、かまいませんよね?」
「青年、姫様の護衛をお願いする。
一度は騎士団の門を叩いた君を見込んでの頼みだ」
「・・・・・・なんでもかんでも勝手に見込んで押し付けやがって」
会話をよく聞いていなかったので、成り行きがよくわからず、が顔を上げると、ユーリの呆れたような声が聞こえてきた。
「その返答は承諾と受け取ってもかまわないようだな」
「ただし、オレにも用事がある。森に行くのはダングレストの後だ」
「致し方あるまい」
どうやら話は終わったらしい、アレクセイが立ち去ろうとする仕草が見える。
はその動きに合わせて、再びユーリの回りをくるくる回った。
アレクセイ達が立ち去るのを確認し、やっとは息をついたが、不意に視線を感じ顔を上げると、
そこには立ち去ったと思ったアレクセイがいて、彼はこちらをじっと見つめていた。
ぎょっとしてはすぐに顔を背けたが、アレクセイはすぐにこちらに背を向け、騎士団本部の方へ歩いていったようだ。
今度こそアレクセイの気配を感じなくなったが、あれ、絶対気づいてるよね・・・・・・と、は溜息をついた。
こうしていてもしょうがないと立ち上がり、ユーリ達の方を見れば、
ユーリはの一連の行動に不審そうな顔をしているし、リタは気難しげな顔をしてそっぽを向いていた。
そんな微妙な空気の中、
「よし、じゃあ、ダングレストの森経由で、ケーブ・モック大森林だね!」
という、カロルの妙に明るい声が辺りを木霊した。
「で、、おまえさっきから何してんだ」
「え、いや、あはははは、気にしない気にしない」
ついにユーリが尋ねてきたので、は片手を振り笑って誤魔化した。
ま、いいけどな、とユーリは言うとそのままダングレスト方面の出口に向かって歩いていった。
エステル達もその後に続いていくのを見届けると、は後ろを振り向き、結界魔導器の方を見据えた。
さきほどからそちらに気配を感じていたが、待っても出てくる様子がなかったので、はユーリ達の後を追った。
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