は暗い部屋の中で眼を覚ました。
どこからか花びらが舞い込んできて、手の平に落ちる。
ふんわりとやさしい風が頬をくすぐるのも感じられる。
窓でも開いてるのだろうか。
が窓の方を見ると、確かに窓は外側に向かって開いていて、
そしてその窓の縁には、寄りかかるようにして黒髪の青年が座っていた。
その傍に、蒼い毛並みの見事な犬が寝そべっているのがみえる。
「ん、起きたのか?」
視線を感じたのか、黒髪の青年が立ち上がり、こちらへと歩いてくる。
部屋には灯りが一つも点いていなかったが、窓から差し込む月の光のおかげで不便は感じていないようだ。
ベッドがぎしりと鳴ったかと思うと、額に青年の大きな手のひらが当てられていた。
少し紫がかった黒色の瞳が、こちらを覗きこんでいる。
綺麗な色だな、とは思う。
「綺麗な色だな」
「・・・・・・え?」
「髪」
青年の手にはいつの間にか、の髪が一房掬い取られていて。
一瞬こちらの考えを読み取られたのかと焦ってしまったが違ったようだ。
はありがとう、とお礼を言う。
「そう言ってくれたのはあなたで3人、・・・・・・いえ4人目かしら」
「へぇ、そうなのか」
心底意外そうに青年は言うが、世界広しといえども、銀の髪は早々お目にかかるものではない。
大抵の人間は驚くか、奇異の眼で見る。
旅を続けていた中で、それは日常的な光景だった。
かといってには髪を隠す気など、更々ない。
銀の髪はという存在を証明する証でもあるのだ。
だからそれを褒められたことは素直に嬉しかった。
「もう大丈夫そうだな」
そう言われて、ははっとした。
ハルルの樹の前では倒れたのだ。
倒れる前に交わした言葉通り、青年は宿屋へと運んでくれ、しかも介抱までしていてくれたらしい。
枕元には水差しと、水の入った桶が置かれていた。
「えぇ・・・・・・。ご迷惑をおかけしました」
「気にするなって。エステルもうるさかったしな」
「エステル・・・・・・って、あの治癒術の・・・・・・?」
「あぁ、あいつはエステル。オレはユーリ。
こいつはラピード、一緒にいたちっこいのはカロル、・・・・・・は知ってるんだっけか」
あと敬語はいいぜ、という青年―ユーリの言葉には頷く。
もとより敬語は使い慣れていないのだ。
ユーリの申し出は願ったり叶ったりである。
「エステルにユーリにラピード、ね。私は。
運んでくれてありがと、ユーリ。
―――それで後の二人はどこに?」
ベッドの傍まで寄ってきてワン!と一声鳴いたラピードに目を落とすと、は部屋を見渡した。
どうやら部屋の中にはを含め3人しかいないようだ。
「エステルは治療するって聞かないから、隣の部屋で大人しくさせた。
カロルも隣」
「そう・・・・・・せっかくの二人旅なのにお邪魔しちゃったね」
「オレとエステルはそんなんじゃないって」
「そう?仲良さそうだったのに」
ユーリに水をもらい一息つくと、はユーリを見た。
再び窓枠に座ったユーリは手持ち無沙汰なのか、剣を磨いていた。
同じく手持ち無沙汰になってしまったは、思い切ってラピードに近寄ってみることにした。
ラピードはユーリ同様窓付近へと戻って床へ寝そべっていたが、寝てはいないらしい。
が傍にしゃがみこむと、閉じられた片目がピクリと動く。
避けられないところ、嫌われてはなさそうだ。
恐る恐る触った体は思ったよりもふかふかであった。
「ユーリ達はこの後どこに?」
「アスピオに行こうかと思ってる」
「ふぅん・・・・・・」
アスピオとは学術閉鎖都市とも呼ばれる街の名前で、世界各国の魔導士達が集う場所である。
この世界では、結界魔導器しかり、武醒魔導器しかり、用途は様々あるが、
魔導器という存在が、社会を支える技術として人々の生活に根付いている。
しかしそれらは現代の技術で作られたものではなく、古代の遺産で。
魔導士とはその魔導器の研究をする人々の総称である。
もともとアスピオは魔導器が多く発掘された現場に人々が移り住み、都市へと発展したもの。
住人のほとんどが魔導器研究やその関連事業に従事しているので、その知識に関しては並ぶべくもない。
真っ先にフレンが魔導器を直すのに向かったのは、それが理由なのだ。
事情はわからないが、ユーリたちはフレンを追っているとのこと。
ハルルから北東に進んだ山沿いの洞窟の中にアスピオはあるが、距離はそう遠くはない。
「私もついて行っていいかな?もうハルルは心配ないみたいだし、
フレンに結界魔導器が直ったことを知らせなきゃ」
「フレンのこと知ってんのか?」
「うん、ちょうど魔物の襲撃の後に知り合って」
「へぇ・・・・・・」
がフレンに会ったくだりを説明すると、ユーリはちらりとこちらを見る。
どうしようかと決めかねている顔だ。
「アスピオって通行証が無いと入れないし。通行証、もって無いでしょ?
私、知人があそこにいて通行証持っているから、役に立つと思う」
「通行証か・・・・・・ないな」
そこが閉鎖都市と呼ばれる所以である。
魔導器に関する知識が結集してるが故、アスピオは帝国の厳しい管理下に置かれているのだ。
「ね、決まり!!よろしくね、ユーリ」
ダメ押しとばかりにユーリに向かって手を差し出す。
ユーリはまだ考えあぐねていたようだが、の諦めない様子に観念したのだろうか。
剣を鞘に収めると、こちらの手を握り返した。
「わかった。よろしくな」
「よろしく!!」
昨日までの光景が嘘のようにハルルの花は咲き乱れていた。
例年にない見事な満開である。
ひらひらと舞い、地面に一面に散る花びらは、まるで雪のようで。
数えるほどしか雪は目にしていないけれど、すごく幻想的だったのを覚えている。
は窓を開けてハルルの樹と結界魔導器の様子を確かめると、身支度を終え、部屋の外へと向かう。
「あ、おはよう、ユーリ」
宿屋の階下にいたユーリに、は腕をぐっと伸ばし、背伸びをしながら挨拶した。
階段上からは見えなかったが、ユーリの隣にエステルもいたらしい。
が階段下に下りると、エステルがにこやかな顔で、おはようございます、とお辞儀をする。
見るからに育ちの良さが窺える挨拶であった。
は丁寧にエステルにお辞儀を返す。
その時、が出てきた隣の部屋の扉がばたんと音を立てて開いた。
はそちらに向かって手を振る。
現れたのは昨日別れたままのカロルだ。
「!!もう大丈夫なの?」
「そうです、もう大丈夫なんです?」
カロルがこちらに気がつき、走って階段を降りてくる。
エステルも昨日のことを思い出したらしく、に心配そうな顔を向ける。
二人分の視線を浴びたがとった行動は、
腕をぐるぐると振り回して元気をアピールするというものであった。
「ご心配おかけしまして、もうこのとおり元気元気」
「元気だからもついてくるってさ」
ユーリが実にいい加減な説明をする。
しかし他の二人は何故かそれで納得していた。
アバウトな人達だ、とは内心思う。
「そうなんです?うれしいです!よろしくお願いしますね」
「うん、よろしくね」
どうしてか、エステルの勢いが増していた。
少々たじたじしながらも、はエステルに握手を返す。
4人と1匹、向かうはアスピオだ。
|