「ま、こんなもんかな・・・・・・」
フレンがアスピオに向かうのを見届けた後、は傷ついた町人達の治療にあたっていた。
苦労のかいあって、見渡す限りではもう重傷者はいないようだ。
治療も一段落着いたし、ハルルの樹も気になる。
少々様子を見に行っても大丈夫だろう。
汗を拭うとはハルルの長に一言断りを入れ、ハルルの樹へ向かった。
町の中心にそびえ立つ大樹、ハルルの樹。
満開の花が咲けばそれは見事な光景になるのであろう。
どっしりとした幹に、大振りの枝、手入れの行き届いた下生えは、
この樹が街の人々にいかに大切にされているのかが窺えた。
「やっぱり元気が無い・・・・・・これ、土のせいかな・・・・・・」
樹の周辺は異様なほど静まり返っていた。
長の話では、魔物はこの付近にまでも進入してきたとのこと。
その中に毒を持った魔物がいたのかもしれない。
真下の土を手にとって見てみれば、どす黒く変色していて、すでに樹の枝の先の方は枯れかかっていた。
毒を直す薬はなんだったか、が思い出せずに額に手をあて唸っていると、坂の下から賑やかな声が響いた。
大きな武器を背負った子供が二人、こちらに歩いてくるのが見える。
「待って、ナン、待ってよ〜」
「ついてこないで!あなたさっきまた逃げたじゃない。
首領達がいないから私達がちゃんとしなきゃいけなかったのに・・・・・・」
「だって、あれは・・・・・・その・・・・・・」
「・・・・・・っもう知らない!!!」
話の内容と外見からして、どうやら二人は魔狩りの剣のメンバーのようだ。
魔狩りの剣とは各地に出没する魔物討伐を専門に行うギルドである。
世界各国に存在する様々なギルド、その中心となる5大ギルドには及ばないが、
一般の知名度は勝るとも劣らない。
特に魔物に関する知識は一番といってもいいだろう。
魔物の襲撃のときに何かあったのだろうか、口論したあげく彼らのうちの一人、
女の子のほうが、男の子をおいてどこかへ行ってしまった。
もちろん男の子もそれを追いかけはしたが、殊の外女の子の歩みが速く、
すぐに姿が見えなくなってしまう。
「ナン・・・・・・ど、どうしよう。
・・・・・・そうだ、満開のハルルの樹を見れば・・・・・・そうすれば、きっと・・・・・・」
「もしもし少年?」
魔狩りの剣のメンバーなら結界について何か知っているかもしれない。
なにか考え込んでいる少年には申し訳ないが、は男の子に近づき声をかけた。
「・・・・・・お姉さん何やってんの」
「あ、これ?樹を治そうかと思って」
「なんだ、そのこと・・・・・・」
「うん、でもどうしても薬の名前が思いだせなくって・・・・・・」
「それならパナシーアボトルだよ」
「あ、それだ!!」
ぱんと手をはたくと、こびり付いた土がポロリと落ちた。
質問を質問で返されはしたが、薬の名前がわかったのでよしとしよう。
はうんうん、と頷きながら本題に入った。
「ところで、少年?もしかしてその武器、魔狩りの剣のメンバー?」
「うん、ボクはカロル・カペル!魔狩りの剣のエースさ!」
「私は。エースだなんてカロルすごいんだねぇ・・・・・・」
「そんなことないよ!」
得意げに胸を張るだけあって、予想以上にカロルの知識は豊富であった。
魔物の襲撃、結界、ハルルの樹について聞いたところ、
魔導器の故障はやはり土の腐食でハルルの樹が枯れかかっているのが原因のようだ。
町人によると、パナシーアボトルは売切れてしまっているらしい。
どうにかならないものかとは考えたが、再びカロルの、ハンマーのような大きな武器に眼を留める。
小さな体に似合わず、立派な武器だった。
「物は相談なんだけど。カロル、パナシーアボトルの材料とってこれないかな?」
「え、えぇ!?!?」
「だめ、かなぁ・・・・・・?私、フレンにこの街のこと任されてしまったし、
魔狩りの剣のメンバーなら大丈夫だと思ったのだけど・・・・・・」
「そ、そんなことないよ!ボクにまかせてよ!!」
カロルの声は若干どころかだいぶ上擦っていた。
足りない材料を補うには身の丈以上のエッグベアを狩らなければいけないのだから、無理もない。
けれど魔狩りの剣は魔物退治を生業とするギルド。
そしてカロルはそのメンバーの一員である。
問題はないはずだ。
「ほんと?ありがと、カロル。
これ、少ないけどつかって」
せめてもと、はカロルの手にグミセットを置く。
食べようとちょうど買っておいた物だ。
しばらくカロルはなにか言いたそうにその場を動かずにいたが、やがて諦めたのか、
しぶしぶといった感じで街の出口へと向かっていった。
それを見送ると、はもっとよくハルルの樹を見るために根を伝い樹の裏手に回った。
「ん・・・・・・あれ・・・・・・私寝ちゃったのか・・・・・・」
空にはすでに太陽が無く、あたりは闇の静間に沈んでいる。
樹の幹から伝わる温かさが気持ちよくて、つい腰掛けたまま寝てしまったらしい。
は眠い眼をこすりながら顔を上げた。
なんだか表がざわざわと騒がしい。
夜中だというのに、広場に大勢の人々が集まっているようだ。
「・・・・・・っ!?」
様子を探ろうと根を伝い表に出ようとしたその時、突然、の胸に激痛が走った。
「・・・・・・っく・・・・・」
幹に触れていた手の血管が、どくりと脈を打つ。
心臓が、どくんどくんと早鐘のように鳴り響く。
もはや激痛は立っていられないほどになっていた。
「なに、これ・・・・・・」
樹に縋り付きながらも、は気力を振り絞り空を仰いだ。
ハルルの樹が、幹、枝、葉や蕾に至るすべてが、光を帯び始めていた。
いや、樹どころかその周辺の空気までもが柔らかな光を帯びている。
光の発生元はどうやら樹の前に立っている桃色の髪の少女のようだ。
強い光が彼女を中心として湧き上がったかと思うと、その光はハルルの樹へと注ぎ込まれていく。
あれは―――・・・・・・。
光が収束を迎えると、枯れかかっていたはずのハルルの樹は・・・・・・見事、蘇りを果たしていた。
普通一般的に傷を治す術と言うと、ファーストエイドという治癒術ではあるが、
せいぜいがすり傷きり傷をふさぐ程度である。
しかし、たった今少女の治癒術は巨大なハルルの樹をも癒してしまったのだ。
驚きの声がそこかしこからあがっていた。
重い身体を引きずりつつ、がやっとの思いで広場にでると、
目の前に、はらり、はらりと小さなピンク色の花びらが、まるで雪のように舞い落ちてきた。
咲くにはまだ少々時期の早い、ハルルの花。
その幻想的な花びらを掬い取ろうとは手を差し出す。
しかしそれがいけなかった。
気を抜いた瞬間、の体は意思に反してその場に崩れ落ちてしまう。
「おい、どうした!?」
「今治癒術を!!」
ばたばたと二人分の足音が響いたかと思うと、蹲るの足元にすっと影が差した。
桃色の髪の少女と一緒にいた黒髪の青年のようだ。
「大丈夫か?」
背に手を宛がわれ、支え起こされる。
暗がりにいるので青年の表情は窺い知れないが、
労わるようにの背を摩る手は思いのほか優しかった。
頭上の梢が風によってざぁっと騒めいた。
遮るもののなくなった月の光が、真下の二人を淡く照らし出す。
「銀色の・・・髪・・・・・・?」
小さく呟かれた言葉は、にしか聞こえなかった。
ついで駆け寄った桃色の髪の少女がすぐさま治癒術を唱え始める。
しかしはそれを手で遮った。
「大丈夫、です・・・・・・今の光、あなたのでしょう?
あなたも顔色悪いわ、私なら大丈夫だから、無理しないで」
「でも・・・・・・!」
「どうしたの?・・・・・・あれ、!?」
「ん、カロル、知り合いか?」
「うん。さっき、ちょっとね」
エステルが心配そうにの傍にしゃがみこむと、訝しげなカロルが向こうからやってきた。
ハルルの樹を癒した青年たち二人といるところを見ると、彼は無事にやり遂げて帰ってきたらしい。
はカロルにお礼を言おうとしたが、声が出ず、苦しげに俯くはめになる。
「やっぱり治癒術を!」
「大丈夫っていってるんだし、放っておいたらどうだ?」
「ユーリ!でも・・・・・・!」
「ま、宿屋に運ぶくらいはやっても断られないだろ?」
「そうです!やらせてください!」
黒髪の青年は尚も言い募ろうとしている桃色の髪の少女を押える役に回ってくれたようだ。
よく気の回る青年である。
提案された妥協案には、それなら・・・と、も頷くしかなかった。
「任せとけって」
その声をどこか遠くに聞きながら、の意識はそこでぷつりと途絶えた。
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