デイドン砦の北、ペイオキア平原の南街道の辺りは、のどかな景色が広がっている。
とはいっても、北と南をつなぐ唯一の大きな街道である。
本来ならば往来する商人や旅人の姿が絶えないはずなのだが、
先ほどの騒ぎのせいか、まるで見当たらなかった。
そんな中、一人の女がのんびりとした足取りで街道を北上していた。
腰まである銀の髪がさらりと風に靡く。
澄んだ紫の瞳に、すらりと伸びた白い手足。
どこか人間離れした風情に、魔物も近寄りがたさを感じているのだろうか。
きれいな花が咲くのを見ては立ち止まり、鳥の鳴き声を聞いては耳を澄ませ、
仮にも魔物の蔓延る世界での一人旅だというのに、その女の様子は全くといっていいほど緊張感がなかった。
「さて、と。まずはハルルかな・・・・・・」
また一つ、小さな花を見つけてその場にしゃがんでいた女が、ようやく立ち上がり顔を上げた。
太陽の光を浴びて何かがきらりと輝く。
「寄り道ばっかりしてるとまたデュークにどやされちゃうわね」
今は彼女の髪に隠れて見えないが、光ったのは耳元にある金色のイヤリングであり、
女―はそれを弄りながらくすりと笑った。
デュークと別れて一刻ほど、未だは街道の三分の一の地点にいた。
少しのんびりしすぎたようだ。
進む足取りを大幅に速める。
目指す場所は街道を北上すればすぐだ。
「あれ・・・・・・結界がない・・・・・・?」
花の街ハルルはその名が示す通り、ハルルの樹を中心とした街であり、樹が結界魔導器の役割をしていたはずである。
しかし今、頭上に広がるのはどこまでも青い空のみで。
街をぐるりと守るように覆っているはずの結界の輪は、その姿を忽然と消してしまっていた。
花が満開になる季節は花を咲かすために力を使ってしまうのか、
結界が弱くなるとは聞いていたが、結界が消えてしまうとはいったいどうしてしまったのだろうか。
「すいません、ここって結界あったはずですよね?」
「あ、ああ・・・・・・。
さっき魔物の大群が押し寄せてきて、結界魔導器が壊れてしまったんだ・・・・・・」
たった今ハルルに辿り着いたばかりのは、事情を聞くために道端に座り込んでいた男に声を掛けた。
疲れきった顔をした男はを見ると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに状況を説明してくれた。
結界魔導器、それはこの世界にはなくてはならないものである。
主だった街は全て結界魔導器を中心として作られており、
魔導器によって作り出される結界は街へ凶暴な魔物が侵入するのを防いでくれているのだ。
その街の中に魔物が進入してきたとなると、それだけで一大事である。
考えにくい話ではあるが、結界が弱まった隙を魔物たちが狙ってきたとしか思えない。
それほど頭が良い魔物はこの近辺にはいなかったはずだが・・・・・・。
しかし確かに魔物が来たのは間違いなさそうだ。
広場には人が横たわり、街のあちこちが煤けていて、男の服も見るからにぼろぼろであった。
「その魔物の大群はどこに・・・・・・?」
「巡礼の騎士様たちがちょうど来て、助けてくださったんだ」
暗くなっていた男の顔が少し明るくなる。
助けてくれた騎士を救世主のように思っているのだろう。
まぁ正にこの街を助けたのはその騎士なのだから間違いないのであるが。
「ふぅん・・・・・・巡礼の騎士、ね・・・・・・」
帝都で偉そうに踏ん反り返っているばかりの"騎士"はが一番嫌いな人種である。
その"騎士"が人助けとは何かの間違いでは、と思う。
けれども逆に興味が沸き始めたのも事実だ。
は男にその騎士がどこに行ったのかを聞き、探してみることにした。
「貴方が巡礼の騎士様?」
ハルルの樹の下で目的の人はすぐに見つけることが出来た。
金色の髪に整った顔立ち、青を主体とした鎧。
確かにこれは目立つ。
「ええ、フレン・シーフォといいます。
・・・・・・貴方は?」
「・・・・・・なるほど」
「?」
一言言葉を交わす、それだけでその騎士の人となりは知れた。
誠実そうな顔つきは、確かに困っている人がいたら放っておけなさそうだ。
いまどき珍しい騎士もいたものだ。
それきりが返事をしないでいたものだから、フレンが不思議そうな顔をこちらに向けていた。
「いえ、なんでもないです。
私はといいます。
魔物を追い払ったのが貴方がたと聞きまして・・・・・・」
「ああ、そのことですか・・・・・・。
いや、しかし・・・・・・」
「何か問題が?」
「・・・・・・魔物は掃討したのですが、この襲撃で結界魔道器が壊れてしまったようで、いつまた魔物が来るか・・・・・・」
言い難そうに紡がれた言葉は、この街が直面していた問題だった。
仰ぎ見たハルルの樹は心なしかくすんで見えた。
「先程街の人から聞きました。
それで、結界魔導器は直りそうなんです?」
「それが・・・・・・原因が分からないのです」
何度もその方法を模索したのだろう。
フレンの様子があまりにも気落ちしているように見えて、次にの口から出たのは助力の言葉だった。
フレンは騎士ではあったが、の嫌いな"騎士"ではなかったからだ。
しかし、即座にフレンは首を振った。
旅人の格好をしているとはいえ、は一見丸腰に見えるし、その白く細い腕は今にも折れそうで、ひ弱に見える。
彼にとって彼女も街人と一緒で守るべき対象なのであろう。
「私、これでも腕に多少の覚えがあるので大丈夫です」
髪をかきあげると、耳元についたイヤリングが露わになる。
このイヤリングは旅をするにあたりが持ち出した武醒魔導器だ。
装着主の身体能力をアップさせる魔導器の存在は一般に知られているが、帝国が管理しているため手に入り辛い。
武醒魔導器を持っているということ、だからこそそれはが並みの旅人ではないということを証明していた。
それを見つめ、フレンはやっと決心したらしく、に手を差し出しながら言った。
「・・・・・・では、私たちはアスピオに結界魔導器を直せる魔導士を探しにいくので、
その間この街を任せられますか?」
「任せてくださいな」
はフレンの手をぎゅっと握り返した。
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