「・・・・・・平和の礎である帝都ザーフィアスより願う
 『世界が穏やかであるように』、か・・・・・・」


最後の一文を読みきると、は立って背伸びをした。
その拍子に、閉じた本がぽろりと足元に落ちる。
もう、何度も何度も繰り返し繰り返し読んだからか、
本の背表紙は表に書かれたタイトルが見えないほど、擦り切れてしまっていた。

ぱらぱらと、本のページのめくれる音がする。

帝都ザーフィアスと花の街ハルルとを結ぶ街道の要所、デイドン砦。
その砦の、所謂屋上にあたる場所に、はいた。
この場所は見晴台にもなっていて、心地よい風がよく吹き込んでくるのだ。
外壁の縁に手を掛け少し身を乗り出せば、遠くの空まで良く見えた。


「デューク、あれが例の子?」
「そうだ」


ふと、下を見た瞬間見えた、桃色の髪の少女。
彼女を指差しは隣へと問いかける。
特徴的な髪の色だ。
彼女のことをは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。

の隣でじっと静かに佇んでいた彼、デュークはの指差す方向をちらと一瞥するが、
たった一言、返しただけで、それきり興味がなさそうに背中を向けてしまう。


「ふぅん・・・・・・」


確かに、デュークにとってはさほど重要な事柄でもないのであろう。
溜息ともとれる息を一つ、小さく漏らすと、
しかしもそれきり興味を無くし、外壁へとそのまま寝そべった。
ぽんと軽く地面を蹴っただけで、の体はもう、頑丈そうな外壁の上だった。

青い空、白い雲、隣には無愛想なデューク。
・・・・・・実に今日もいい天気である。
しかし久しぶりに本なんか読んだから、眠くなってきてしまった。
なんだかこのまま寝たらいい気分で寝られそうだ。

そんなことを考えていると、はデュークの視線を感じ、顔をあげた。


「なに??」
「落ちるぞ」


どうやら外壁に寝そべっていたのが気になったらしい。


「私がそんなへますると思う?」


大丈夫大丈夫と言いながら、さらにが外壁の上に立とうとした、
まさにその時、


どぉーーーん
と、砦に何かがぶつかったような轟音と振動が砦中に響き渡った。


「・・・・・・っ!」


その衝撃は立ち上がりかけのバランスを崩すには十分なもので。
思わずは外壁からずり落ちそうになる。
しかし浮遊感を感じたのは一瞬のことだった。


「ありがと」


デュークの腕の中に、の体はすっぽりと収まっていた。
勿論、彼が助けてくれたからではあるが、は罰が悪げに顔を上げた。
とすればやはり、返ってくるのは物言いた気な目である。
とても非常に視線が痛かった。


「・・・・・・私が悪かったわよ。もうしませんっ」


先ほどの轟音と振動の原因、平原の主のことをはすっかり忘れていた。

この世界、テルカ・リュミレースには大小様々な魔物が当たり前のように生息している。
平原の主とは、デイドン砦を悩ませる、一際巨大な魔物のことだ。
どういう訳か、この砦を敵と思い込んでいて、決まった時期に毎回体当たりを仕掛けてくるのだ。
しかも主一体だけでなく、主をリーダーとした群れが集団で襲ってくるというのが厄介なところである。

けれどもその時期はまだ先のはずであった。
だからこそ、油断していたんだと眼で訴えにかかったが、まるでとりあってはもらえなかった。

デュークの無言の圧力に耐え切れず、はついに眼をそらす。
そらした先、外壁の下では、ちょうど黒い髪と桃色の髪の二人連れが、砦の外へと歩いていくところであった。


「私、ちょっと行ってくるね」
「・・・・・・」


返事がないデュークに念を押すように、は再び声をかける。


「デューク、またね」
「・・・・・・気をつけろ」


それにやっとデュークが言って返した。
は大丈夫、と手をひらひら振って返すと、その場を後にした。